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81 思索と暴露の交歓会

後悔先に立たず、という言葉が有るそうです。

 あの時、私たちは派手に暴れすぎてしまったかも知れない。


 領都ご自慢の戦力を、いち冒険者と行きずりの旅人が凌駕してしまった。

 幸い冒険者は比較的善良で、旅人は領都防衛に貢献した。


 私に言わせれば、結果そうなっただけなのだが。


 しかしいずれも根無し草。

 いつ何処へ流れるかも知れず、領都どころか、領、ひいてはこの国の戦力として数えるには心許ない。


 ならば。


「まあ、(カネ)屋敷(いえ)でも与えて、(てい)良く縛り付けてしまえば良いってなモンだろうさ。騎士爵くらいなら、くれるかも知れないね。興味有るかい?」


 笑い飛ばして済ませたいが、案外真面目に言い出す輩が居ることは否定出来ない。

 平和に見える世界だが、100と数十年前までは戦乱が続いていて、今だって火種が無い訳ではない。

 隣国の、トアズから見ればほぼ南のアルバレインという街では双子の天才魔導師が睨みを効かせている形だし、東では聖教国が訳の判らない策謀を巡らせている。

 透けて見える思惑に、私は(かぶり)を振る。


「私達が人と関わるのは、基本的には通り過ぎるか殺す時です。大体、私の正体は明かした筈ですよ? 悪名高いザガン人形を取り込もうだなんて、自殺願望を越えて破滅願望が有るとしか思えませんが?」


 思うことをそのまま述べる事で、アリスへの返答とする。

 それを受けて、アリスは肩を竦めて目を閉じ、苦く微笑む。

「アンタが人と関わる云々に関してはともかく、それ以外は全く同感だね。昨夜チャールズもギルマスに話してたし、その現場には私も居て、証言もした。ギルマスは領主様に隠したのか、それとも」

 言い終えて目を開けたその顔には、もう笑みは浮いていない。

 私は逆に天井を見上げてから、諦めたように目を閉じる。


「そうと知っても、私とアンタ達を抱え込みたい理由が有る、って事か。そう思ってね」


 心底鬱陶しい話である。


 トアズでは積極的な情報収集は出来ていなかったが、少なくとも数ヶ月前、ベルネで聞いていた状況は、周辺にきな臭い国は聖教国のみ。

 逆隣国の双子の姉妹は、冒険者ながらアルバレインという交易の街に居を構えクランまで設立し、なんとかいう貴族の養子に迎えられ、かの国の戦力としての地盤を固めつつあったが、だからと言ってこちらに戦争を仕掛けるような物騒な気配は見られなかった。


 南は農業を中心とした小国、更に南には峻厳な山脈。

 北も同じく天険と称される山脈を隔てて、帝国を名乗る大国がほんの100数年前まで周辺国を戦火に巻き込み、平和と思われる現在も完全に油断できる状況では無い。

 私が北の帝国を気にも留めて居なかったのは、私自身が何処の国に属する心算(つもり)も無く、ただただ旅を続けるだけの予定だったからだ。

 何処で厄介事が始まろうとも、私には関係ない。

 火の粉が降りかかるなら全力で振り払うが、関わりのない火事は全くの他人事だ。


 気まぐれの人助けをすることは有るかも知れないが、それだってその場凌ぎである。

 根本の改善に力を尽くす気など無いし、私が立ち去った後に悲劇が訪れたとしても知ったことでは無い。


「国際情勢など興味も無いですが、そんなに悪い状況なのですか? 悪名しか無い人形に頼りたくなる程に?」


 図書館に寄ることも新聞ひとつまともに読めなかった事も合わせた恨みがましい視線をエマに送ってから、アリスにそれを向け直す。

 エマは当然笑顔以外の反応は無いが、とばっちりのアリスは居心地が悪そうに頬を掻く。

「いんや、今んトコ北とは友好的だし、西だって交易の関係で対抗心が有るらしいけど、それ以上に事を荒立てる何かは無いよ。問題は東さ」

 北の帝国との関係悪化を疑った私だが、アリスはそれを否定する。

 情勢は私が知っているものと大差はないらしいが、殊更に東が問題だと言い切った事が気になった。

 私は黙ったまま、アリスの言葉の続きを待つ。


「元々嫌われてたんだけどね、聖教国のやり方は。治癒師(ヒーラー)の抱え込み、治癒(ヒール)系スクロールの独占。そもそもそんな事、どうやったってキナ臭い想像しか出来ないのにさ」


 この国、と言うよりこの大陸では、治癒師(ヒーラー)は、ほぼ聖教国認定の者しか居ない。

 ほぼ、と言うのは、他の大陸からやってきた少数の冒険者や、聖教国のやり方を嫌ってひっそりと身を隠している者達が居る為だ。


 ちなみに、聖教国に登録していない治癒師(ヒーラー)が活動すると有形無形の妨害を受け、最悪消される、そんな噂も有る。


 私には関わりの無い事だが、冒険者のみならず、街で治癒院等を開設したい場合は相当面倒であろう。

 私も治癒魔法持ちでは有るが、自分には効かないし、今まで使ったことは数える程しか無い。


 結果隠匿している形に近いが、妙な噂の発生源になる趣味も無いのだから構わないだろう。


「まあ、信用には程遠い国ですからね、あれは」


 元は戦争で荒れ地となった沿岸に、難民が集まって出来た街が始まりだったという。

 度重なる戦争で疲弊した各国が平和という盾の下、外交で鍔迫り合いしながら内政を立て直している間に、気が付くと街が出来、更に押し寄せた難民を纏め、周辺国が一息ついた頃には宗教国家として当たり前の顔で領土を主張したのだという。


 当然他国は良い顔をしないが、それぞれがうっかり自国の領土だと主張するには、周辺国が黙っていられない程度には土地が大きい。

 この国の当時の王も北の皇帝も他周辺小国も、なんでもっと早く国土として押さえておかなかったと歯噛みしたと想像出来る。

 その時点で既に、聖教国を作ろうとしている者達の暗躍があったのだろう。


 無い方がどうかしている。


「聖なる教えとか、そんなモンとは程遠いからね。上に行けば行くほど生臭いってのは、何処に行っても変わりはしないだろうけどさ」


 アリスの嘆息に、召喚者の当たり外れの話を思い出す。

 召喚と称して狩られる異世界の魂。

 召喚時点でレベル100を越えていると「当たり」として優遇され、「外れ」は勇者として戦力化し、それすら(ふるい)に掛ける。

 本当の「当たり」は誰で「外れ」とは何か、己がどうして()()に居るのか、それすら想像出来ない愚か者が積み重なる、(いびつ)なピラミッド。


 それに加えて、この場では私とエマしか知らないが、ザガン人形が関わっている疑惑まで有る。


「で? その聖教国が、今度は何をやらかしたのですか」


 うんざりした私の声に、やはりうんざり顔のアリスが辟易とした答えを寄越す。


「……治癒師(ヒーラー)の登録を避けている連中の引き渡しと、闇市での治癒(ヒール)系列のスクロール取締の強化を訴えて来てね」


 いよいよもって、呆れて言葉も無い。

「まだ各国に未登録……野良の治癒師(ヒーラー)が多数いる、そういう連中をきちんと取り纏めたいから各国に巡察官を送る、とか偉そうに」

 現状ですら反発が有るのに、まだ強行する心算(つもり)らしい。

 それだけでも溜息がダース単位で零れ落ちるというのに、アリスの言葉は止まらなかった。

「ついては、各国の教会を拠点とするのは勿論、更に細かくフォローするから教会を増やしたい、ってさ」

 呆れ果てたと思っていたのに、まだ呆れる事が有るとは思っていなかった。

「……用地はどうするのですか。まさか無償で提供しろとでも?」

 まさかとは付けたが、その程度は言い兼ねない。

 そう訝しんだ私に、意外にもアリスは首を横に振った。


「いや、流石に資金(カネ)は出すってんだけどさ。その用地ってのが、各国に元から有る教会だったり神殿だったりでね」


 もう、表情を動かすのも疲れる。

 アリスも同様だったようで、無気力な無表情をこちらに向けている。

 ちらりと隣を見れば、カーラですら、呆れたような疲れた顔をしていた。


「土着の信仰やらなにやら、纏めて踏み躙るとは。正面から喧嘩を売っていますね。戦争でも起こしたいんでしょうか」

「そうなんじゃないか?」


 私がどうでも良い気分で言葉を押し出すと、アリスは投げ遣りに答え、エマは顔を輝かせる。

 戦争は娯楽では無いので、そう言う反応は控えて欲しいのだが。

「でまあ、前置きが長くてどうでも良くなったけど、そんな裏もあっての抱え込みなんだろうけどさ?」

 前置きというよりはただの脇道だと思うが、口を挟まずに先を促す。


 その脇道に逸れた話題に乗ってしまったのだから、余計な事を言えないという理由も無くはない。


 私の内省など気付く筈もなく、アリスは言葉を続ける。

「つまりは厄介事に担ぎ出そうって(ハラ)だろう? 表向きそんな文言はひとつも無かったけど、考えりゃ判るだろ、そんくらい」

 言葉で返さず、私は頷くことで同意を示す。

 アリスはそれに軽く頷き返すと、更に言葉を重ねる。

「で、嫌だ、駄目だ来い、で埒が明かなくてね。領主様の使いってのも高圧的だしギルマスまで躍起になるし、好い加減頭に来たからさ」

 なるほど、理解出来た。

 そんな状況は私だって嫌だし、アリスがその後どういう行動に出たか、ここまでくれば想像するまでもない。


「冒険者プレート叩き付けてさ。もう冒険者は辞める、こんな国、すぐに出ていってやる! ってね」


 アリスが一息ついて、漸くパスタを口に含むのを確認し、私はグラスの水を口に含む。

 短絡的と言えばそうだが、それも性格故か。


 斯く言う私も、アリスの気持ちは良く理解(わか)る。


「んで、それでもまだギャーギャー五月蝿いからさ。お前らはアレがザガン人形だって知っているのか? って指を突き付けてやったんだ」


 まだ話は終わって居なかったらしい。

 領主様の使い相手になんと無礼な事をしているのか、そう思ったが、私なら、と考えてすぐに思考を放棄した。


 短気を起こして暴れる想像しか出来なかったからだ。


「まあ、私が自分から正体を明かしましたし、言い訳に利用されるのは問題ありませんが。先方はなんと?」


 自身に対する呆れを隠して質問を放つと、アリスは憮然とした顔を作る。


「知ってるってさ。知っているが、大人しいなら問題ない。英雄を遇するのに身分がなんの障害になろうか、なんて格好つけてさ」


 今度はその使いの(ほう)に呆れを感じながら、グラスを持ち上げる。

 マスター・ザガンの怨念のたっぷり詰まった殺人人形(わたしたち)を、英雄とは。

 実機を知らねば、そんな物なのだろうか。

 悲しいかな、食欲の湧く話題ではない。

「綺麗事言ってるんじゃないよ、って思ったらいよいよ我慢出来なくて」

 この話題の中で、アリスは何回怒ったのだろうか。

 怒っていない時間の方が少ない、寧ろ皆無では無かろうか。

 そんな呑気な事を考えながら、グラスの水を再度、口に含む。


「私もさ……正体、明かしちゃったんだよね」


 含んだ水を吹き出してしまった。

 辛うじて顔を背けたので誰にも被害は無いが、とんだ失態である。

 エマはケラケラと笑い、アリスも「汚いなあ」等と言いながら笑う。


 カーラはただオロオロと、私の醜態になす術も無いのだった。

動揺で醜態を晒すのは、心持ちが弱い証拠です。

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