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79 まわる世界

虜囚の扱いには、細心の注意を払いましょう。

 意識を取り戻すなり怯えるカーラに食事と金属類のインゴットを渡し、大人しくしているようにと強く言い含めて、私はエマを伴い、昨日の爆破現場の畔に立っていた。


 指向性の爆発の跡地の場合、爆心地と言ってよいのか出発点と言うべきなのか判断に迷う。


「さて。待てと言われましたが、いつ来るんでしょうね」


 エマに向けての言葉では有るが、エマにしてもアリスがいつ来るか等判りはしないだろう。

「どうだろうねぇ? 近くに人間はいないみたいだけどぉ?」

 エマは特に興味も無さそうな口調で答えてくれるが、意外な事に、周辺に探知か探査を走らせたらしい。

 言われて気付いた私が探知を出来る最大範囲で掛けてみるが、確かに周辺に人間ないし人間大の反応は無い。

 警戒を怠るとは、私はどうも余計な事に考えを向けすぎたらしい。


「ところでさぁ、マリアちゃん。アリスちゃんはともかく、あのカーラって子、この後どうするのぉ?」


 ポツリと、エマが質問を口にする。

 言われて顔を向けた私は、しかし明確な回答を持ち合わせていない。


 エマの中では、アリスと共に行動することは、もはや決定事項であるらしい。


「……そうですね。実は持て余しているのです。最初は資材にしてしまおうと思っていたのですが」

「マリアちゃんって案外冷酷だよねぇ」


 私が素直に心情を吐露すると、すかさずエマが言葉で斬り付けて来た。

 特に責めるような眼差しではないが、目を逸らすこと無く真っ直ぐに発せられた言葉は思いの外痛い。

「返す言葉も無いです。とは言え、敵対行動された相手を、それも危険な人形を野放しにするのも気が引けますし……」

「敵対行動ってぇ、暴れたって事かなぁ? 私、マリアちゃん相手に大暴れした危ない人形知ってるんだけど、マリアちゃんはどう思ってるのかなぁ?」

「……」

 真っ直ぐに私の目を捉えたまま、エマは言葉も真っ直ぐに突きつけて来た。

 うん、私もその人形には凄く心当たりが有る。


 当の本人がそういう言い回しをするのはどうかと思うが、寧ろと言うかだからこそと言うべきか、なるほど考えさせられるモノは有る。

「……では、エマはどう思いますか? 私としては、アリスが顔を出したら現状を説明した上で、アリスが同意したならあの人形を処分しようと思っているのですが」

 はぐらかそうにも材料もなく、その理由もない。

 エマに負けじと真っ直ぐに意見を口にするが、受け手は表情を動かすことも無い。

「こっちじゃなくて、相手次第じゃないかなぁ? どうしたって敵でしか無いなら、壊しちゃうしか無いけどぉ」

 思いも掛けないエマの回答に、私は驚愕を禁じ得なかった。


 敵対したなら殲滅が基本、そんなエマが。

 それだけの理由で、実際に少なくとも2体はザガン人形を破壊したエマが。


 相手の降伏を受け入れるなどと、とても信じ難い事を口にしている。


「……マリアちゃん? 凄く失礼な事考えてないかなぁ?」


 驚愕が顔に出ていたのだろう、エマは半眼になって非難がましく口を尖らせた。

「いえ、だって『爆殺(ばくさつ)』エマが、姉妹人形をも破壊した貴女(あなた)が、縁もゆかりも無い人形を見逃そうなんて、そんな事を言い出すなんて思わないじゃないですか」

 私は驚きすぎて早口になりながら、身振りに手振りまで添えて、思っていることを素直に並べる。

「酷い事言うよねぇ? エリちゃんとソフィアちゃんは、私に反撃してきたから仕方がないよぉ? マリアちゃんみたいに私に勝てたなら違うけど、私と遊んで負けて、それで生き延びたいって言うのは我儘だよぉ?」

 不機嫌顔のエマは反論らしきを展開するが、色々と理解出来無い。


 エリとかソフィアとか名前を出されても、私どころか先代ですら面識のない人形の為人(ひととなり)は知らないし、と言うか「反撃した」と言うことは、やはりエマから仕掛けて居るではないか。

 仕方ないという意味が理解(わか)らない。

 エマと遊んで、と言うのは戦闘行動を行って、と言う意味だろうとは思うが、相手が誰であろうが生命(いのち)が惜しいと思うのは不思議な事では無い。

 それを我儘と言われてしまえば、生物の大半は我儘ということになるし、結論だけなら納得出来るが、そこに至る理屈には首を傾げざるを得ない。


 そもそもその理屈では、私と遊んで負けたカーラは、命乞いなど以ての外と言うことになるのだが?


「カーラは私に負けた訳ですが……それを見逃すのは良いのですか?」

「あの子はマリアちゃんと遊んだのであってぇ、私は関係ないモン。私は自分の考えを、マリアちゃんに押し付けたりしないよぉ?」


 絞り出した言葉に、エマはあっさりと答える。


 え?


 私が相手したのだから、別に破壊することもないだろうと言う事なのか?

 あと、さっきの物言いで、私に考えを押し付けていない心算(つもり)なのか?


 ……押し付けていない心算(つもり)なのだろうな……。


「……アリスと合流したら、改めて相談しましょう」


 理解出来ない事が重なりすぎて、私は考える事を放棄した。

 そんな私を見上げるエマは、何故か笑顔で頷いていた。




「……悪かったって。その不機嫌な無表情、やめてくれないかな」


 アリスがバツの悪そうな顔で頭を掻き、エマに手土産代わりのクッキーを手渡して言う。

 懐かしく聞き覚えの有る台詞だが、特に嬉しくもなんとも無い。

「いえいえ、時間の指定はありませんでしたからお気になさらず。ああ、でも確か昼には来ると言っていた気がしますが……私の勘違いでしたね」

 表情を変えず姿勢も崩さず、つまりは飾りの笑顔のひとつも浮かべておらず、声の冷たさも2割増しで私が答えると、アリスは目を逸した。


 私の勝ちだ。


 何が勝ちなのかは、私にとってもどうでも良いが。

「いやホント悪かったって。私だって、ギルドに報告したら終わりだって思ってたんだよ。昨日詳しい話はしてた訳だし」

 様子を見れば、アリスが心底悪かったと思っているのは判る。

 私の目もまともに見れない程度には、やらかした自覚を持っている事も見て取れる。

 昼、というアバウトな待ち合わせ時間だった事も考慮するべきだと、私だって思う。


 だが。


「おや、太陽もだいぶ傾きましたし、夕食の準備をしないとですね。エマ、何か食べたい物はありますか?」

「ホントに悪かったって、ゴメンってば!」


 泣きそうな顔で取りすがるアリスを無視して、私の表情は凍りついたままだ。

 4時間も待たされた無為な時間を返せとは言わないが、この程度の罰を与えるくらいは許されるだろう。




「……で? 私達を待たせたそもそもの理由はなんですか?」


 夕刻から移動を開始した所で、どうせすぐに夜が来る。

 アリスもこちらに話したいことは有るだろうし、後回しにしても長引くだけで良いこともない。

 それに、アリスは私達の正体を知っている訳だし、今更隠すのも意味があるのか判らない。


 以上の事を考え、私は魔法住居(コテージ)へとアリスを招き入れた。


 だと言うのに、招かれた方は私の案内も半ば聞き流し、ついてくる足音も遅れがちな体たらくである。

「……え? あ、ああ、そりゃ話があるから、なんだけ、ど……」

 軽く振り返って見ると、アリスはエントランスのあちこちを見回しながら呆けた顔を晒していた。

 私の言葉への反応も遅れる有様だ。

「……なんだこりゃ、私の知ってる魔法住居(コテージ)と全然違うんだけど? ホントは宮殿(パレス)魔城(キャッスル)じゃないのか?」

 そんなアリスの口から溢れる感想に、またも懐かしい記憶が刺激される。


 イリーナは、ついでに顎髭と部下2人は元気だろうか。


「そんな大げさなものでは無いですよ。広いだけの魔法住居(コテージ)です。特にリクエストが無ければ夕食はパスタにしようかと思いますが、アリスもエマも、それで良いですか?」

 郷愁を振り払い、顔を前に向ける。

 懐かしくは思うが、イリーナとの別れはなんと言うか、まあ、褒められたものでは無かったので、とても顔を出しに行き難い。


 そんな微妙な困惑顔を見られたくなかっただけで、意固地になっているとか、そんな事は特に無い。


「へぇ、パスタかあ。思ったよりまともなごはんが食べられそうで、なんだか楽しみだね」

「マリアちゃんはねぇ、お料理上手なんだよぉ? 時々炭の塊が出てくるけどぉ」

 アリスの軽口に、エマが楽しそうに応える。

 笑い合う2体だが、物事には告げなくとも良い事は有ると思う。


 2体(ふたり)で楽しく、私のこと以外の話題に興じれば良いではないか。


「ああ、そう言えば、私もアリスに相談したいことが有るのです。食事しながら話したいと思いますので、食堂でお待ち頂けますか? 準備でき次第、私も向かいますので」


 エントランスから廊下へ入り、ちょうど食堂前についた所で、私は振り返って告げた。

 そこでエマと談笑していたアリスは、私に顔を向けて軽く答える。

「ああ、判った。手伝わなくて良いのか?」

 ごく普通の、気軽な返答。

 アリスの私に対するスタンスを測りかねるが、まあ、今はどうでも良い。

「今回は結構です、寧ろエマの相手をお願いします。ウロチョロされると、私の服が減ってしまいますので」

 私の回答に意味不明という表情を浮かべ、しかし頷いてアリスはエマと共に食堂へと消える。

 その背がドアに遮られるのを律儀に確認してから、私は廊下を先へと進む。

 キッチンはこの先、だが食堂からも入れる。


 しかし、私の目的地はそこでは無い。


 なんとは無しに溜息を()いて、私はその部屋のドアを軽く叩いた。




 出来上がった料理を載せたワゴンを押し、キッチンから食堂へと入る。

 ワゴンは2台。

 当然、押すのも2名。


 ()()()を見て笑顔のエマと、ぎょっとした顔のアリス。

 素知らぬ無表情の私の隣には、黒髪ゴシック喪服ですっかりと傷の癒えた、元気一杯の筈の。


 死にそうな顔色で、処刑場へと向かうような足取りのカーラが並んでいた。

お客様のもてなし方は、もっと指導すべきだったかも知れません。

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