78 思考整理、或いは閑話
いつものやらかしですが、今回は上手く逃げられそうに有りません。
目下、頭痛の種が増えるばかりで如何ともし難い。
冒険者ギルドに関わるのは構わないし、寧ろある程度は友好的でありたいと思う。
だが、冒険者になりたい訳では無い。
せいぜい旅の途中で狩った獣なり魔獣の素材を買い取ってくれれば文句は無いし、その為に冒険者登録は不要なのだから、現状で何の不満もない。
素材の買い取りで貢献値とやらが入らないとか、少しだけ安く買い叩かれてしまうとか、そんな事はどうだって良いのだ。
そんな私に、人形のクセに冒険者なんてやっているアリスが、何故か急接近してきた。
初対面時から私は随分嫌われていた筈なのだが、急な態度の変化である。
……いや、良く思い出してみれば態度そのものはそれほど軟化していないな。
普通に考えて冒険者ギルド側がアリスに何か働き掛けたのだろう。
恐らく、アリスがギルドに私とエマの事を伝えた結果――どの程度の職位の人間に話したのかは想像するしか無いが――ザガン人形だと判明したなら、誰であれ、相応に対応を練る他無いだろう。
アリス自身も人形なのだし、私の正体に関して余計な事は言わないだろうと思ったのだが、私の予想は随分と甘かったらしい。
……もしかしたら、アリスは自分の正体を、ある程度の範囲に話していたのかもしれない。
斯くして、私にはアリスという名の首輪が嵌められそうになっているらしいのだが、それならそれでとっとと逃げてしまえば良い……のだが、ややこしい事に、それを身内である筈のエマが許してくれそうにない。
アリスや冒険者連中からなら余裕で逃げられる自信が有るし、いざとなれば壊すなり殺すなりしてしまえば良いのだが、エマ相手では勝手が変わる。
行動を共にするようになって、近くで過ごすようになればなるほど、私が一度はエマに勝利出来た事が信じられなくなった。
こと戦闘に関わるスペックでは私と互角か、下手すると凌駕するエマ。
そんな化け物を相手に逃げるどころか、もう一度戦闘なんて御免である。
そのエマがアリスをなにやら気に入っている様子で、私の逃走を阻むのだ。
諦めて魔法住居へと戻ってみれば、顔面の火傷が随分と癒えたカーラが上半身亀甲、手足はやっつけで縛られているという半端な有様で転がっている。
意識は戻っていない様だが、コイツの処分も考えなければならない。
私にとって見れば貴重な魔法銀と人工筋繊維の塊なのだが、こいつは尊大な態度だった割にトアズの虐殺には直接関わっていない。
止めなかった責任を追求しようにも、ヘクストールが廃棄人形を「操作」で操っている間は惰眠を貪っていたらしく、寧ろヘクストールが勝手なことをしたと知って怒っていた。
だからと言って完全に無関係とは言えない、私などはそう考えるのだが、元人間だけ有って人情派っぽいアリスがどう考えるか不明だし、エマは私よりもアリスの考えに賛同する予感が強くある。
現に、カーラを見つけたエマは「これなに?」とは聞いてきたものの、私の簡単な説明だけで興味を失った。
それだけで、破壊しようとか斬ってみたいとか、そう言う物騒なことを口にすることは無かったのだ。
非常に面倒だが、カーラの処分も、アリスの意見を一度は聞いてみなければなるまい。
……こうも面倒事が重なると私の行いが悪かったのかと考えてしまいそうになる。
そして実際に考えてみると、どれもこれも私が原因だったりするので始末が悪い。
挙げ句の果てには何を血迷ったのか、私は冒険者ギルドの職員に対して正体を明かし、恫喝さえしている。
自分で逃げ道を塞いでいたら世話がないと言うものだが、あの時はそれで相手が引くと思ったし、実際チャールズは腰が引けていたし、その勢いで逃げ出せると信じて疑わなかったのだ。
浅はかと言われれば、その通り過ぎて反論も出来無い。
問題はひとつひとつ、丁寧に解かねばなるまい。
単身逃げ出せば全て解決なのに。
そんな夢想に囚われながら、私は意識のないカーラを引き摺り、エマを伴ってエントランスを離れるのだった。
気が付くとメイド服を一式、またエマに奪われてしまった。
どうにも集中力が失われているようで良くない。
「あの子、なんて名前なのぉ?」
器用にメイド服をバラし、サイズダウンさせていくその手腕は見事という他ない。
しかし、元に戻す事は不可能なので、私は一着諦めざるを得ない。
「カーラと名乗っていましたよ。かの精霊医術師、ドクター・フリードマンの最後の作品だとか」
私が返事しても手を止める事も無く、エマはスカートを縫い上げていく。
ブラウスのサイズダウンは既に完了している。
「あー。マスターも尊敬してたお人だねぇ。人を信じて、裏切られてぇ? 人を遠ざけて人形師になった偉大なる先人、だっけぇ? 同族共鳴ってやつぅ?」
エマは心底どうでも良さそうに針を操り続ける。
こんな有様で、実はマスター・ザガンを敬愛していると言うのだから、天邪鬼にも程があろう。
「そんな四字熟語、初めて聞きましたよ。まあ、どちらの思いも私は知りませんので……エマは、マスター・ザガンとはお会いした事は有るのですよね?」
エマの適当過ぎる物言いに溜息混じりで応え、続けた言葉はエマの手を止めさせた。
「うん。でも、すぐに放り出されたけどねぇ」
エマの呟きは、その声量とは無関係に私の鼓膜を強く打つ。
思わずまじまじとエマを見下ろしてしまうが、針仕事の関係で俯いている格好の、その表情を伺うことは叶わない。
「私は完成品だから、問題は無いんだって。私の前に出来た子たちは調整が必要だからって、その子たちはみんなマスターと一緒だったのに」
手を止めたエマの声は、暗く染み込むように私の心に広がって行く。
「私は魔法戦仕様の完成品だから、調整も必要無いし最初から強いんだって。だから『旅をしなさい、愉しみなさい。そして人間を殺しなさい』って」
ああ、そう言う事か。
「申し訳ありません、エマ。……エプロンのデザインも、少し変えてみたらどうですか?」
私は謝罪の言葉を口にしながらエマの傍に歩み寄り、その頭をそっと撫でる。
エマは、確かにマスター・ザガンの作品、2シリーズの最初の完成品だったのだろう。
完成したから、マスターは喜び勇んでエマを野に放ったのだろう。
生まれたばかりの人工精霊が、製作者に甘える時間も無いほど、性急に。
そんなエマの目に、「再調整」と言う名目でマスターと共に居る他の人形達は、どう映ったのだろうか。
その願いを叶えるためにマスターの最期まで寄り添った「マリア」と言う名の人形を、エマはどう見ているのだろう。
「くすぐったいよぉ、マリアちゃん。そうだねぇ、エプロン、ちょっと変えちゃおうかなぁ」
エマは顔を上げず、しかし素直に答える。
エプロンどころか、まずはスカートがエライことになっている事実には私も目を伏せる。
巫山戯るにも時と相手を選ぶのだ。
今のエマをからかう元気は、私の中には湧いて来なかった。
エマの独白に、私やアリスに懐いた理由の一端を見た訳だが、それに関する感想はどうかと問われれば、気まずいとしか言い様がない。
上手く利用できそうな気もするが、状況に追われて弱り気味の今の私では、不要な罪悪感が首を擡げて邪魔をする。
利用して捨てる気で拾った壊れかけの人形だった。
それがまさか、私の心情に訴える攻撃を放ってくるとは、思いもよらなかった。
その様な過去、事情が有ればこそ……魔法戦主体で設計されたからこそ、エマは魔法主体の戦闘を忌避したのか。
以前、私はエマについて「自身の設計に反逆した」と表現したが、あれはあながち間違っても居なかったらしい。
私はキッチンでひとり、溜息を漂わせる。
個を知れば駒として使い難くなる、私の弱さだ。
エマの思いの欠片を覗いてしまえば、無碍にも出来ない。
そして恐らく、それはエマに限った話ではない。
アリスの身の上を聞けば同情を完全には禁じ得まいし、カーラですら、下手に話を聞いてしまえば。
いや、もう既に知りもしないカーラの過去を想像し始めている有様だ。
私はもう人間では無いし、地球に、日本に戻る手段も無い。
この世界で人形として生きる他無いのだから、徹底して利己的に生きる、そう決めた筈だったのだが。
機能不全に陥ったカーラがいつ意識を取り戻すか不明だが、それほど遠くの事でもあるまい。
猪肉のブロックを適当に切り分け、いつかエマに振る舞った時よりも幾分腕を上げていた私は、あの時と同じくステーキを作ろうと心に決める。
生肉の方が変換効率は良いのだが、食事という物は形から入っても悪くはあるまい。
思えば、エマに初めてステーキもどきを振る舞った際には、何を考えて調理していたのだったか。
ただの打算だけだったと思い込んでいたが、もしかしたら。
私は軽く頭を振ってから、調理作業に集中するのだった。
相手を思いやる心算になっているようですが、それはただの逃げです。