7 森を抜けて
短い旅路の終着は、すぐそこです。
少女の様子はほぼ変わらないまま、しかし特に問題もなく森を抜けた。
見かけたフォレスト・ボアやウフォレスト・ウルフ、野ウサギなどの野生動物や、襲いかかってくる首刈り兎やその他魔獣化した狼・猪等は狩って、毛皮や肉、一部臓器は「素材」として確保した。
慣れない作業で毛皮は少し傷んでしまったかも知れない。
手加減はなかなか上手く出来ていないが、頭を狙って攻撃することで、素材すべてを台無しにする事を回避した。
というか、首刈り兎なんて物騒極まる魔獣が出てくるとか、この森は実は世界の果てか何かなのだろうか。
攻撃用の魔法を用いなくても、案外戦えるものだ。
どうしても攻撃した部位――つまり獲物の頭部――は爆散してしまうので、毎回血塗れにはなってしまう。
その都度使用する浄化の魔法の練度は無駄に上がったように思う。
狩りの後は、大体例外なく少女に怯えられた。
旅の中で身を守るため、或いは路銀の確保のためにも、こうした狩りは必要なのだ。
今はまだ幼さの残る少女だが、旅を続ける心算なら、少しは慣れたほうが良いとは思うが。
まあ、少女の旅の目的が判らないので、強制する気もしないし、勿論説教する事もない。
街に帰るだけ、かも知れないし。
この期に及んで少女の名前はおろか、旅の目的も聞いていない事を私は思い出す。
いや、会話の機会は勿論有ったのだが、私はどうにも怯えられているらしく、変に問い掛ければ尋問と捉えられ兼ねない。
下手に質問した挙げ句、泣き出されては私としても対処に困る。
好い加減、怯えられる事にも慣れてきた訳だが。
お姉さんとは簡単な会話しかしないけど、だんだん慣れてきたような気がする。
怖い顔、というか終始無表情だけど、ご飯を作ってくれるし、最近はご飯を作るお手伝いもさせてくれる。
すぐに放り出されたり、殺されたりとかの心配は、昨日くらいからしなくなった。
森を歩くのもそろそろ飽きてきたな、なんてのんびり考え始めた頃、私達は森を抜けた。
もう、あの村に帰ることは無い。
村の人達に恨みなんてないし、むしろ今まで暮らさせて貰った事には感謝している。
あの村に居たくないと思ったのは私の我儘で、飛び出したのは私の勝手。
他の誰かの所為ではない。
冒険者の半分は無謀な依頼か冒険で死んで終わる。
もう半分は仲間に騙されて死んで消える。
更にその半分は適当な所で引退する。
残った半分の半分の半分くらいが、成功して「英雄」と持て囃される。
死んだ父が、まだ小さかった私に言った言葉。
言って、「だから冒険者にはなるな、冒険者には惚れるな」と、私の頭を撫でて笑った。
そんな父は母と共に、村の為に無謀な戦いを挑み、刺し違えて死んだ。
適当な所で引退しても、結局死んじゃうんだね。
私は泣いていた私を思い出し、お姉さんに見えないように顔の角度を変えて、唇を噛む。
私は、生きるために、その冒険者になろうとしている。
父は母に出会い、引退できたことを「幸運」だったと言った。
仲間にも恵まれたのだと。
冒険の話はあんまりしてくれなかったけど、昔の仲間の事は楽しそうに話してくれた。
私は、そんな仲間に出会えるのだろうか?
そっと気配を探ってから、視線を巡らせる。
……お姉さんは、冒険者なんだろうか?
そんな風には見えないけれど、でも、獣も魔獣も、臆すること無くすべて撃退してくれている。
全部、メイスで頭を叩き潰して。
凄く強いのは判ったけど、それ以上は分からない。
もしも、冒険者だったとして。
話したら、仲間にしてくれるだろうか?
3日前だったら、絶対に無いと断言出来ただろう。
見上げる顔は無表情で、何を考えているのかは理解らない。
だけど、なんとなくだけれども。
私が考えていたような、冷たいだけの人では無い、そんな気がしてきていた。
ご飯の用意をしてくれる様子や、その他、あの不思議なドアの向こうでの生活を、そして、旅の道行きでのさりげない気配り、自分を助けてくれる様子を思い返せば、その思いは強くなる。
仮に私の予感が当たっていた所で、お姉さんが仲間にしてくれるかどうかはまた、別の話だ。
私はリュックを背負い直す動作で視線を向けていたことを誤魔化し、遠く――街が在る筈の方向へ目を向け直した。
森を抜け街道に出てしまえば、目的地の街はもうすぐだ。
具体的には、1泊挟めば到着するだろう。
森を抜けてこれほど街に近いとは思っても居なかった。
森の中で、特に目印らしきを確認する様子もないのに、やけに自信の有りそうな足取りで進む少女に、若干の危なげを感じていたりしたのだが。
まあ、私自身は急ぐ理由もないし、危険は私が排除すれば問題ないのだし、好きに進ませようと進路は任せていた。
それが、結果的には森を最適なルートで踏破したことになる。
偶然と言うには少女には迷いというものがなかったし、様子を観察していても、なにか地図とか、そういった物を確認している風でも無かった。
私が方向音痴気味なだけで、普通はそんなものだろうかと考えかけたが、いや、そんな事はないだろう。
この世界の人間が皆こうなのか、それともこの少女が持つ特殊能力なのかの判断がつくほど、私は人と接してきていない。
と言うか、この少女が、この世界で出会った初めての人間だったりする。
これが異世界と言うモノか、と、納得してしまうべきなのか。
脳内の地図と太陽の傾き加減、そして街道を行く旅人らしき幾人かと行く手の遥か先から此方に向かってくる馬車らしき小さな影を見ながら、私の感想はあくまでも呑気だ。
これから向かう街は、同じ方向へ歩を進める旅人の数が思ったより多いことから、それなりに賑わいが有る様子だった。
この先はどうするのか。2人の思いはすれ違うばかりです。