75 荒屋哀歌
能力的には問題無さそうですが、何をしているのでしょう。
私に低レベルと断じられた黒髪ゴシック人形は、驚愕から覚めると唇を噛んで私へと鋭い視線をぶつけて来る。
その隣で、先程まであれほど顔を真っ赤に染めていたヘクストールが、何故か真っ青な顔を私に向けている。
「私を格下扱いとは……隠蔽を使って引っ掛けようとしているのか知らんが、随分大きく出たものだな」
尖った視線を適当に受け流していると、カーラは焦れたように声を押し出す。
余裕を保ちたいらしいのは理解るが、頼みの「操作」が通用せず、恐らく「鑑定」も通らなかったのだろう。
だからこそ私達が「隠蔽」の魔法を使っていると疑ったのだろうが、「隠蔽」では「操作」に抵抗出来まい。
操作魔法などに掛かったことが無いので断定も出来ないが、私達の誰にも掛かっていない辺り、そう言うことなのだろう。
レベルにマイナス補正が掛かっているのだが、カーラもその事に気付いていない筈がない。
だからこそ、不機嫌な表情を作ることで内心を隠したのだ。
「残念ながら、そう断言せざるを得ないのです。素体の出来が良くても、それを制御する人工精霊が……何をすればレベルにマイナス補正なんて掛かるんですか」
呆れきった言葉を同情の口調で発すると、カーラの顔色が変わる。
マイナス補正までバレると思わなかったのだろう。
さり気なくマイナス補正付きなんて見たことが無いような表情を保っているが、実は私は、他のマイナス補正付きの存在を2名ほど知っていた。
涼しい顔して人様に糾弾の指を突き付ける私自身が、先代のレベルに追いついていない関係でマイナス補正が掛かっている。
人工精霊を取り込んで魂の方のレベルが上った所為で、素体の微妙な出来の悪さで僅かにマイナス補正が掛かっているアリスが、バツの悪そうな顔をカーラに向けている。
人間はどうか知らないが、自律人形は案外些細な事でレベルが下がってしまうのだ。
「……ヘクストール、何をしている。早く私の手足を呼び戻せ。アレらさえ有れば、幾ら格上だろうが何とでもなる」
筈だ、小さく呑み込んだ言葉を、残念ながら私達は聞き逃していない。
この期に及んで、カーラの言う手足とは何か、そんな事を問うたりはしない。
カーラが求め、恐らくヘクストールが無断で使用したであろうモノ。
私とアリスは、気の抜けた顔を何度目か向け合う。
「……全て反応が切れた。街を襲わせた物も、ここを護らせていた物も、私のお気に入りもだ。いずれも、コイツらが相手したのだ」
ヘクストールが、苦々しげにカーラに告げる。
先程まで無駄に怒りを露わにし、私達に刺々しい対応をしていたのは、廃棄人形を通して私達と交戦したからこそ、だったのだろう。
お気に入りとは、あの頭付きの事だろうか。
私達と擬似的にでも戦闘を行い、それでもやけに強気な対応を崩さなかったのは、カーラの存在が有ったから、だったのか。
ヘクストールが尊敬して止まないドクター・フリードマンの最後の作品を、口では色々言っていようとも、信頼していたのだ。
そのカーラが、手足となる人形が無ければ対抗出来ない、そう断じた事は、彼にとってそれなりに衝撃だったらしい。
ヘクストールの声には、先程までの覇気が失われている。
「……はあ? 全て? 街を襲った? お前は勝手に何をしているのだ!?」
一方で、休眠と称して惰眠を貪っていたカーラは自身を取り巻く状況をようやく知った。
元のレベルは250。
人間などとても相手になる筈も無く、そのレベルが168まで下がった所で、同レベルの人間が現れても素体の基本性能が良いので負ける筈も無い。
余談だが、私達と個人で、同レベルで渡り合うには、人間種を含む人類側は自律人形のざっくりと2倍はレベルが必要だろう。
さておき、ヘクストールが勝手に廃棄人形を「操作」して街を襲った挙げ句全てを失うだとか、その結果自分以上の格の自律人形が襲撃してくるとか、そんな事を予測出来た筈もない。
纏めると、冒険者ギルドを襲ったのはヘクストールの独断で、黒幕っぽい立ち位置のカーラは今回の件は何も知らなかったらしい。
眼の前で繰り広げられる寸劇でその事を悟ったアリスは、見たこともない冷めた表情を浮かべていた。
その胸中を推し量る術を、私は持ってない。
凍りつくような目で、だが、その手の「人形斬り」の柄は固く握りしめられている。
「……手足が無くては已むを得まい。直接、私が相手をしてくれ――」
カーラもまたナイフを握りしめ、それでもまだなんとかなると思っているらしいセリフを、言い終わる前にアリスが動いた。
カーラを完全に無視し、刹那でヘクストールへと間合いを詰める。
あまりの速さにヘクストールどころかカーラでさえ反応出来ない。
アリスは表情を変えること無くヘクストールの襟首を捕まえ、持ち上げ、振り回し、壁へと叩きつけた。
安普請の荒屋、その壁は加速されたその質量に耐え切れず、ただ半端にクッション代わりになってヘクストールを受け止めるフリをしながら次々と崩れる。
ヘクストール本人は屋外の木立に激突して漸く停止した様だが、探知の反応から見るに、どうやら息は有るらしい。
探査まで使ってやる気は無いので、どの程度の有り様かは知らないが。
「――る? ……え? 何が? なんで?」
カーラはナイフを構えたまま、隣に立つ者が突然入れ替わった事を受け入れるのに苦労している。
無駄に尊大だったその口調さえも崩れている有り様だ。
アリスの素体の出来が悪いと言っても、それは私達やカーラと比べての話だ。
正確な話をすれば、アリスの素体は出来が悪いのでは無く、単にザガン人形に比べて設計が古いというだけで、出来そのものはすこぶる良い。
そして冒険者としての活動の中で、己の鍛錬も欠かさなかったのだろう。
性能差を補うレベルで、カーラの反応速度をも越えて見せたのだ。
私は単に口と性格に少々難が有るので、素直に認めなかっただけで。
カーラはアリスを知らないというだけの理由で、その存在をほぼ無視した。
思えば、事情を知らない人間以外では、エマだけがフラットに対応していたのだ。
思わぬ所で、エマとアリスの仲が良い理由の一端が見えたが、まあ、どうでも良い事だ。
先程までは憎々しげな表情だったカーラが腰砕けになり、ベッドから飛び降りることも出来ずに傍らのアリスへと青褪めた顔を見せている。
ドクター・フリードマンの集大成にして失敗作は、なるほど、服装にさえ気を使えば、人の中に紛れても暮らして行ける程、その表情は自然だ。
外骨格式と内骨格式のハイブリッド。
頭部まで外骨格式では、表情どころか口もまともに動かせまい。
妙な感心を抱えながら、私もまた一息で距離を詰め、カーラの鳩尾に、突き上げるようなセスタスの一撃を叩きつける。
「げうっ!?」
無論本気の一撃などではないが、まともに反応も出来ない所に丁寧に肩を掴んでの一撃だったので、衝撃を逃がすことも出来ずにカーラは悶絶する。
逃げ場を求めた空気が器官を遡り声帯で妙な音を上げたが、私はとても優しいと人形界隈では有名なのでその事は無視し、尚も苦しげに呻くその姿に、感情のない視線を向けるだけだ。
人形師の大多数は、人形を作るのに当たって拘りが有るらしい。
中には妙な設計思想の変わり者も当然居るだろうが、少なくとも文献で見た限り、そう断言しても良いと思った。
人工精霊は頭部に、各機関へ酸素なり魔素なりを送るための空気を溜め込むための肺は人間と同じく配され。
心臓に当たる位置には、魔力炉が収められている。
その魔力炉に強い衝撃を受けたカーラは、身を護る為に総動員で魔力炉の保護に努めているのだろう。
身体からは力が抜け、入れ替わるように魔力の反応が強くなる。
防御障壁でも張って、外敵から身を護ろうとしているのだろう。
だが、私がとても優しくて性格が良いのは、もはや世間の常識と言って差し支え無い事実だ。
私自身の障壁でカーラの障壁を阻害しながら、セスタスを外した右手でカーラの顔を鷲掴みにする。
セスタス越しの左手で肩を、素の右手で顔面を掴まれたカーラはナイフを振り回し暴れるが、ロクに力も入っていない刃など、痛くも痒くもない。
刃が当たった部分の服が切れ、皮膚を浅く裂いて行くが、疑似皮膚組織や疑似脂肪が傷付いた所でどれ程の事も無いのだ。
服が破れたのは素直に頭にくるが、表情には出さない。
「どうしたのですか? てんで無力では無いですか。そんなザマで私の相手など、出来るとお思いですか?」
私は表情を固定させ、カーラをそのまま持ち上げる。
左手に、肩部の外装が砕ける感触が伝わる。
彼女の頭部内骨格は私の右手の中で悲鳴を上げているが、一息で壊してしまってはつまらな……反省を促せないので、加減は怠らない。
元よりその身体を制御する力は減少していたのに、右肩を破壊されたカーラはもはやナイフを振り回すことさえ出来ず、言葉も覚束ない様子だ。
申し訳程度に両足をバタつかせ、左手で私の右手を払おうと躍起になっているようだが、どれも効果を発揮する事は無い。
防御障壁で私を弾く事も出来ず、抵抗すらロクに出来ないカーラに、私は。
「貴女が街を襲った首謀者ではない、それは理解しました。ですが、それはそれとして」
魔力操作は得意ではない。
表情に出さず、静かに呼吸を整え、可能な限り心を静かに。
苛々した心はなかなか静まってはくれないが、表面上冷静に見えるならそれで良い。
私の悪意に良く似た電撃を、カーラの顔面に叩き付けた。
密着状態で電撃とか、あんまりお勧め出来ませんね。