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74 格下認定

古い人形ですが、出来はとても良いです。素体の出来は。

 茹で上がった自称天才人形師は、正直脅威でもなんでも無い。

 味方の筈のカーラにさえ無視されている様は、どこか物悲しくも滑稽だ。


 そんな事を考えていると、またもや、カーラが不可思議な魔法を発動させる。

 先程よりも強めの不快感を覚えるが、特に影響も無い。

 念の為に自身の状態を確認する為に「検査(スキャン)」を掛けて見るが、素体(からだ)にも精神的な面でも、なにひとつ異常は無い。

 エマ戦での影響で、両腕と腰部に若干の歪みが生じている程度で、直ちに故障に繋がるようなものでも無い。


 面倒だし集中力が必要だが、アリスにも鑑定を掛ける。

 ……フレームに若干のガタが見られる以外は、結果は私と同様だった。

 エマは、私が無事である以上、大丈夫だろう。


 ちょっと離れてて鑑定を掛けるのが面倒とか、エマの許可なく掛けても抵抗(レジスト)されて不愉快だとか、そう言った事は一切無い。


 そんなあれこれをごく短時間で無表情でこなした私と、その隣で緊張感も無く剣を握っているアリスに、黒髪人形は不快そうに眉根を寄せる。

「どうなっている? お前達は間違いなく人形だ、それは感覚で理解(わか)る。だが」

 私達が人形で有る事を、私達の自己申告ではなく感覚で理解出来たと言うカーラ。

 それはただの勘なのでは、そう思うが、実際に人形である私がそれを指摘するのも妙な塩梅である。


「人形で在るなら、私が()()出来ないのは可怪しい。どうなっているのだ?」


 続けて発した言葉も、ヘクストールは驚いているようだが私にとっては意味不明である。

 その判断基準の是非は置いても、それでは私とアリスは人形ではない、と言うことになって終了だと思うのだが。


 というか聞き流したが、操作ってなんだ。


「先程の魔力の発露と貴女(あなた)の言動を鑑みるに、それは魔法の様ですが――」

 何故か憎々しげなカーラの様子に全く心当たりの無い私は、そんな事よりも気になる単語についての質問を飛ばしてみる。


「聞き慣れないその『操作』という魔法は、その名前から連想する通りの効果ですか?」


 私の問い掛けに虚を突かれた、そんな表情を浮かべたカーラだったが、少し考え込んですぐに得心がいったようだ。

 残念ながらそんな様子を見せられても、私には何のことやら判らない。


「そうか、人形でこれを使えるのは珍しいか……」


 言いながら、その視線は何故かヘクストールに向けられ、ヘクストールは何故か無言で頷くことで応えている。

 全く要領を得ない遣り取りに私の中に冷めた疑問が湧き上がってくるが、取り敢えずは黙して先を促すように、ただ耳を傾ける。

「文字通り、人形を操作するための古い魔法だ。古の人形師はこれを使って人形を自在に操った。自律人形が――人工精霊技術が確立するまでの、擬似的に、自律的に動いているように見える魔法。今どきでは忘れられた魔法だが」

 喧しく騒ぐ事をしない私と、特に興味も無さそうなりに静かに聞いているアリス。

 そんな私達の様子に気を良くしたのか、カーラはやや饒舌に言葉を紡ぐ。

「使用できる対象は人形、或いはゴーレムだけだが、対象を選ぶだけにその効果は強大だ。どんな人形であっても、操作から逃れる(すべ)は無い――筈なのだ」

 相変わらず歌うように、朗々と言葉を並べるカーラは、はたと言葉を切る。


「だと言うのに、なぜお前たちには通用しないのだ?」


 じっと私の目を見て、黒髪人形は問うてくる。

 アリスの存在は無視か。

 そんな事を考えつつ、私は馬鹿馬鹿しさに欠伸を噛み殺す。


 カーラの話から導き出される答え、それは2つしか無い。


「だから、こいつらは人形では無い、そう言う事だろう! 生意気に『隠蔽』なぞを使っているが、人形であれば、少なくともお前の『操作』に抗える訳が無かろう!」


 急に静かになったと思ったヘクストールが、再び怒号を上げる。

 こいつは普通に喋ることが出来ないのか。


 とは言え、言いたい事はとても良く判る。

 私とて逆の立場なら、まずそれを疑うだろう。

「普通に考えたらそうなりますね。寧ろ、初対面の私達の自己申告を信じるほうがどうかと思うのですが、それは些事なので置いておきましょう」

 そんなヘクストールの言い分をあっさり受け入れた私に、アリスは驚いた顔を向けてくる。

 私達が人形かどうかなど、この場面ではさして重要では無いというのに、何に驚いているのだ。


「そんな筈は無い。内部骨格(フレーム)の軋み、人工筋肉の独特の収束音。そして、魔力炉の稼働音……特にお前のそれは、私の物に比べても濁りの無い、洗練されたモノだ。嫉妬してしまう程にな」


 しかし、カーラは真っ直ぐに私に向かって指を突き付け、断言する。

 久々に人様に指差されるという失礼な目に遭っている私だが、その指をへし折る云々を考える前に、思わず感心してしまっていた。


 なるほど、内部骨格(フレーム)やら筋肉、魔力炉、そう言った物の音など考えたこともなかったが、それらが人間のそれ、もしくは似た物と同じ音を出す筈が無い。


 そんな小さいでは済まない音に気付いたなど、純粋に気持ち悪いが、少しだけ見直しても居た。

 私はそんな方法で相手が人形かどうか、判別しようと思った事も無い。

 彼女が「感覚で理解(わか)る」と言ったのは、そう言う意味だったか。

 もっと曖昧な勘のような物かと思ったのだが、思ったより根拠が有った事に驚く。


 初対面の存在が人間かどうか、心音を聞いてみよう、そんな事を考える方がどうかしているとも思うが。


 アリスも私と似たような心持ちのようで、その横顔は少しばかり引き気味だ。

 流石にそんな方法で判別していると知らされたヘクストールも納得など出来ないだろう、そう思ったが、彼は驚愕した視線を私とカーラ、双方の間を行き来させている。


 あ、信じるんだ。


「……まあ、私も使えませんし、使われたこともない魔法なので推論になりますが」


 人形か否かの議論はどうやら終わった(ふう)なので、私は遠慮がちに口を開く。

 カーラとヘクストールの視線が私に固定されるのは理解(わか)るのだが、なんでアリスまでもが興味深そうに私に視線を投げてくるのか。

「古い魔法、そう言っていましたが、人形相手に使うとなれば物体操作系、そういった魔法ですか? いずれにせよ、それは本当に古い……ドクター・フリードマンですらあまり使わなかった、そんな魔法ではないですか?」

 私の推論とも言えない粗雑な感想を述べると、カーラは何かを考え込む様に押し黙り、ヘクストールからの返答も無い。


 今どきの自律人形は人工精霊があるし、土木作業用や軍事用のゴーレムも、音声入力……人間の声に依る命令で動く。

 どちらもその様に造られているので、態々魔法を使って操る理由が無い。


 人工精霊の性格と、マスターだったりドクターだったり、人形師の()()を元に勝手に動くからこその「自律人形」なのだし、ゴーレムも特定の人間の声にしか反応しないからこそ、兵器としても利用されている。


 ゴーレム相手だったらまだ有用かも知れないが、自律人形相手には、その魔法は少し厳しいのでは無いだろうか。

 レベル差が有れば、強引に動きを止めるとか、その程度は可能かも知れないが。


「いや、ドクター・フリードマンは『操作』を使って……いや待て、あの方は素体のテストくらいでしか使って居なかった……?」


 カーラは私の言葉を否定しようとしたが、どうやら往時の記憶を掘り返したらしい。

 後半はブツブツと小さくくぐもってしまっているが、私の耳にはきちんと届いている。

「でしょう? 人工精霊が開発され、それらが改良されて行く事により、自律人形は人間のように振る舞うことが可能になった訳です。さて」

 私はそんなカーラに推論の続きを投げ掛け、そして掌を打ち合わせる。

 乾いた音が荒れた室内に響き、黒髪人形はハッとして顔を上げた。


「ただの無機物にせよ他の意思の有る物体を強引に操作するにせよ、そういった魔法というモノは、彼我の実力差によって効くかどうかが変わります。この事はご存知ですね?」


 ゲームだったり漫画だったり、様々な物語で良く見る話だ。

 ステータス、或いは単純にレベルの差で、魔法が効かない。

 魔法効果が恐ろしい、或いは鬱陶しいので、抵抗(レジスト)出来る様になるまでレベリングに励む。


 まあ、中にはレベル差無視で確殺、なんて言う魔法が出てくる作品も有ったが、ああいうのは例外としておこう。


 その「操作」と言う魔法が例外で無いのは、私とアリス、それにエマが全く操られる気配が無い事、そして。

 カーラのレベルを見て、判断出来た。

「人工精霊として貴女(あなた)もかなりの完成度ですし、その素体(からだ)の性能も相まって、貴女(あなた)が人間を凌駕している事は間違いありません、が」

 自律人形、レベル250。

 素体との補正により、レベル値マイナス82。

 つまり、実質的にはレベル168。

 伝説とも言えるドクター・フリードマンの作品であるのなら、同じレベルの人間と比べても遥かに強いだろう。


 そんなレベルの人間など、そうそう居る筈も無いが。


 しかし、時代の古さが悪かったのだろうか。

 当時であれば比肩するものが有ったかどうか、その程度には完成された人形であった筈のカーラ。

 私達がこの部屋に踏み込んでも、ヘクストールにベッドを蹴られるまで休眠を解除しなかった無精者。

 レベルにマイナス補正が掛かる程度には、己の鍛錬というものを欠かせて来たのだろう。


 息を呑む、そんな表情のカーラに、私は満を持して、右手人差し指を無遠慮に突き付ける。


貴女(あなた)如き低レベル人形が、エマや私はおろか、アリスですら『操作』出来る筈が無いのです!」


 私に低レベルと断言されたカーラは驚愕に目を見開き、口までも開けて愕然と私に顔を向けている。

 ヘクストールはカーラが低レベルと断言された事に驚き憤った様子だが、その一方で魔法が効かなかった事にある程度納得が出来た、そんな複雑な顔で歯噛みしている。


 そしてアリスは、カーラにさえ出来の半端さを言外に指摘され、私にナチュラルに格下扱いされ、見て判る程度には不機嫌な表情を浮かべるのだった。

アリスの素体も、出来は悪くないですよ? 思ったよりは。

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