72 後片付け序章
マイペースなエマですが、仕事はこなした様子です。
頭付きを切り刻んで満足したエマを下げ、私とアリスが並んで荒屋の前に立つ。
探知魔法にははっきりと、この中に何者かの反応が2つ。
エマは暴れる気配を収めたし、私自身はこの場で殺してしまっても構わないとは思うのだが、アリスがギルド職員を連れて来たということは、なるべく法に則って裁きたいという所だろう。
中の反応はどちらも白、しかもひとつは微動だにしない。
ここはアリスに任せても、不覚を取る事はないだろう。
アリスに顔を向けると、私と目が合った彼女は頷いて見せた。
……今一つ理解が及ばないが、察するにアリスが先に動くという事で良いのだろうか。
私は黙ってアリスが動くのを待つと、アリスは少し私を眺めた後、少し苛立った様子で口を開いた。
「……おい。アンタが先に行くんじゃないのか」
思いがけない言葉に、私は呆気に取られてぽかんと口を開けてしまう。
「……貴女が先に行くから、と言う意味かと思いましたが……」
ようよう声を絞り出すと、今度はアリスが面白顔を晒す。
「……考えてみりゃ、アンタが先に行ったら黒幕を殺しちまうか。しょうがない、私が先に行くよ」
酷く失礼なことを呟いて頭を掻き、アリスは改めて戸口に立つ。
貧相なドアごと攻撃されてしまえば不意打ちを喰らいかねない位置取りだが、生憎と相手はそんな事をする心算は無いらしい。
ドアを軽々と蹴破って薄暗い屋内を確認し、振り返ったアリスに、私は戸口から奥を指差す。
そこに有るドア、その先は恐らく廊下。
その廊下の先、複数ある部屋のひとつ。
一番奥まった部屋に、目標が居る。
肩を竦め、無造作に踏み込むアリスの背を追って、私も屋内へと侵入を果たす。
背中越しにちらりと伺えば、エマはこちらを見てはいるが、私達が進む先に興味を持っている様子は無い。
そこそこにでも、遊べるような相手はこの奥には居ない、そういう判断なのだろう。
非常に遺憾では有るが、探知魔法を使用している私の感想も、エマと同様だ。
ある意味で安心して、私はアリスの後ろ姿を視界に収めながら、屋内の外見よりは整頓された様子にちらちらと視線を走らせる。
一応は板張りの床は、踏み出すたびにギシギシと音を上げた。
前を歩くアリスは一度私の方を振り返り、その割には警戒しているようには見えない動作で奥へと続くドアを開ける。
念の為に探査魔法まで使用したが、探知で反応の有った部屋以外には、廃棄人形の一体も無い。
そこいらにパーツ類は転がっているが、当然私とは規格が違いすぎる。
外装には魔法銀が混ぜられているだろうと思ったが、転がっているパーツには殆ど含まれていない。
街を襲い、この屋敷を護っていた廃棄人形と頭付き、そして荒屋の奥で微動だにしない一体が、まともに魔法銀が使用されたものだったのだろう。
……もしかしたら、冒険者ギルドのあとは領軍の施設等を襲い、街の防衛力を奪った後で魔法銀の有りそうな所を襲い、強奪でもしようとしていたのかも知れない。
アリスが居て、私達が居たから、ただの意味不明なテロで終わってしまっただけで。
当然同情等無いし、事情を考慮するにも手口が杜撰で後を考えていなさ過ぎなので、もはや言葉も無いが。
廊下を進み、幾つかのドアを確認したアリスは振り返り、奥のドアを指差す。
私は頷き、念の為、室内では振り回し難いメイスを武器庫に仕舞い、セスタスを引っ張り出して装備する。
セスタス装備のメイド服銀髪女子。
既に何処かで見たことの有る気がするヴィジュアルだが、文字通り世界が違うのだと言い訳し、ドアノブに手を掛けて引っ込め、右足を振り上げるアリスの後ろ姿を眺めていた。
アリスの蹴りを受けた朽ち掛けのドアは爆散するように吹っ飛び、板切れとして使用するのも少々難のある状態になって散らばる。
吹き荒れるホコリや木屑に眉を寄せていると、咳き込む音の後、室内から怒号が飛んできた。
「ドアは手で開けるモンだろうが! お前ン家の躾はどうなってんだこの馬鹿モンが!」
なかなかのご挨拶である。
アリスの表情は背後からでは伺えないが、背中に浮かぶのは脱力と疲労感だ。
反射的に文句を並べようかと思った私だが、そこはぐっと堪え、アリスに先手を譲る。
それに気が付いた訳でも無いだろうが、アリスはホコリの舞う室内へと、落ち着いた様子で声を投げ返した。
「人形けしかけて冒険者ギルド襲って、人死まで出した馬鹿野郎が、人様の躾に口出ししてんじゃないよ」
言葉に続けて無遠慮に室内へと踏み込むアリスは、すでに抜剣状態である。
相手が脅威になる存在では無いとは言え、もしも手向かってくるとしても、後れを取ることは無いだろう。
……無い、筈だ。
「育ちの悪い冒険者風情が、この私に説教とは! 身の程を少しは振り返るが良い、このボンクラが! この私はな! 偉大なるドクター・フリードマンの後継者! 貴様らでは覗くことも出来ない深淵のその先! 生物の限界を越えた究極の人形を創り出す、至上の頭脳の持ち主! それがこの私! 畏敬の念を込めて、ドクター・ヘクストールと呼ぶが良い!」
どうでも良い事を考え込んだ私は、なにやら張り切って声を張るその長台詞の大半を聞き流してしまった。
聞き流したのだが、取りこぼす訳には行かない単語に気が付き、思わず相手をまじまじと見詰めてしまう。
ドクター・ヘクストールとは聞かない名だが、ドクター・フリードマンの方は知っていた。
勿論直接の面識は無いのだが、文献に残る名であるし、我がマスター、サイモン・ネイト・ザガンを始め、数多の人形師がその著書に学んだ、人形製作者の祖、その一角を占める存在である。
現在ではやや古いタイプとなっている外骨格式自律人形制作の大家で、タイプが違うとは言え彼の作り上げた技術は、実は私やエマ、恐らくアリスにも流用されているのだ。
特に彼の晩年の作品群は、人間により近づける為に内骨格式の研究を行い、それが内骨格式人形の発展にかなり寄与したとも言う。
私はそこまで思い起こし、そして疑問に気付いて首を傾げる。
「あの、ミスター・ヘクストール。宜しいですか?」
私が口を開くと、語る内に陶酔してしまったのか、何処か遠い目をしていたヘクストールが機嫌を損ねた様子で私へと目を向けてくる。
「なんだ、無粋なメイド風情が。お前に私の崇高な研究が理解出来るとは思えんが、私は寛大だ。質問を許そう」
こんな荒屋生活なのに何故か恰幅の良いその腹を突き出し、ふんぞり返るその姿に素直な殺意を抱きながら、私は取り敢えず質問を、なるべく当たり障りのない表現を心掛けて述べる。
「トアズの冒険者ギルドを襲った出来損ないは、ヘクストール氏の作品ですか? あんな中途半端で自律人形とも呼べないモノが、フリードマン氏の作品とはとても思えないのですが?」
室内が私の言葉の余韻を吸い取り、暫し、静寂が踊る。
振り返ったアリスはなにか呆れたような顔をしているし、ヘクストールはみるみる顔が赤くなっていく。
「人工精霊が作れなかったのですか? 内骨格式の頭部を、外骨格式の胴体に接続する方法はフリードマン氏が編み出した技術だった筈ですが、それを模倣することすら出来なかったのですか? 後継者の意味ってご存知ですか? そもそもあの廃棄人形、素体の造りが甘かったですね? 関節を補強するのは良いですが。補強している部分とそうでない部分との接合部に負荷が掛かり過ぎていましたが、足りないのは全身魔法銀製にする為の資金でしたか? それとも、負荷を分散する技術でしたか? それとも」
スラスラと流れるように続けた言葉を一度止め、少しだけ呼吸を整えるフリをしてから、私は言葉を続ける。
「半人前以下のクセに偉大な人形師の後継だと信じて疑えない、その頭の出来ですか?」
アリスが片手で顔を覆っているが、私は随分と言葉を選んだ心算だ。
お陰で長台詞になってしまったが、思ったことをそのまま伝えるよりは優しいだろう。
「貴様ッ! 貴様貴様ッ! 許さんぞ!」
だと言うのに、ヘクストールは激昂してしまった。
結果が同じだったなら、言葉を選ばなければ良かった。
「トアズでの私の計画を邪魔して私の作品を台無しにした挙げ句! たかがメイド風情が良くもそこまで大口を叩いたな! もはや許せん! 目を覚ませ、カーラ! 馬鹿者共を殲滅しろ!」
ヘクストールは怒鳴りつけると、傍らの寝台のフレームを乱暴に蹴る。
彼の見た目と面白おかしいキャラクターの所為ですっかり忘れていた、もうひとつの反応。
横たわっていた《《それ》》は、薄く目を開けた。
アリスは剣を握り直し、緊張を感じている様子だったが、私は特にそういう事もなく。
言いたい事も言えたし、起き上がろうとしている人形に対しても、ほぼ興味が持てないのだった。
場を掻き回すだけでなく、きちんと仕事をしてこそ、マスター・ザガンの人形ですよ?