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71 森の散歩。但し、平和とは無縁

不必要に感情に任せて行動すると、大体は面倒な事になります。

 森の奥へと進んでいる。


 目的は、人形遣いを見つける事。

 メンバーは、私とエマ、アリス、そしてギルド職員のチャールズという男だ。


 レベル63の彼は結婚を機に、比較的安全で安定した収入の為にギルド職員になったという。

 冒険者ランクAを目前に、しかし一切の未練無く伴侶との安定した生活を取った、私から見てかなりの()い男だと思う。


 アリスが冒険者ギルドに今回の騒動の首謀者が見つかるかも知れないと伝え、それを受けて戦闘も熟せる職員を派遣すると言う事で、彼は私達と同行することになったのだ。


 人数が彼ひとりなのは、冒険者ギルド内外の被害が大きく、人員をそちらに振り分けている為、と。

 あんな化け物がまだ居る恐れの有るような場所に、好き好んで向かう命知らずは居なかった、そう言う事だ。


 まあ、ここで私が護ってみせると言えば格好が良いのかも知れないが、私などよりもエマが居ると言うだけで、こちらの安全は確保されたようなものだ。


 多分。


「アリスよお、お前さんは腕っこきだから心配もしてないし、俺だってそこそこ自信は有る。だけどこのお嬢さんがた、聞けば冒険者ですら()えらしいが? 守りながら戦うのは、結構キツイぜ?」


 チャールズが、遠慮がちに私とエマの様子を見てから、無遠慮に思ったことを口にしている。

 行動と台詞はもう少し一致させたほうが良いと思うが、どうだろうか。


「冒険者以外は戦えないって思ってたら怪我じゃ済まないよ? そいつら、どっちも私より強いからね?」


 些か納得していない様子で、しかし事実は事実とばかりに、アリスは言葉を紡ぐ。

 そんな言葉を受けた方は、さっきまでの気遣いらしきは何処へやら、目を剥いて私を見る。

「アリスより強いだあ? どんなバケモンだよ……!」

 一瞬、何か有っても見捨てようかなと考えたが、この男はともかく、この男の帰りを待つ細君に罪は有るまい。

 無駄に悲しませるような事をしない為には、護るしか無い訳だ。


 護りながら戦うのは結構キツイらしいが、果たして。


「この先、隠蔽の心算(つもり)っぽい魔法が掛かってるから色々感覚可怪しくなるかもだけどぉ、頑張って突っ切ってねぇ!」


 先頭を走るエマ――とは言え、同行の人間に合わせてそれなりにスローペースではある――が、後方で繰り広げられる会話など完全無視で警告を飛ばしてくる。

「了解しました。エマ、可能ならで結構です、首謀者は生かしておいて下さい。冒険者ギルド経由で、領軍に突き出したいそうです」

 きっと無駄だろうと思いながら、私は右手のメイスを肩に担ぎ、前を行く狂戦士に声を掛ける。

「まっかせてよぉ! でもぉ、最悪は首から上が無事なら大丈夫だよねぇ?」

 即座に帰ってくる明るい返事に、しかし私はすぐには反応出来無い。


 首から上が無事だとしても、それは命が無事では無い訳だが。


 思いながら後方を確認すると、エマの返事が聞こえたらしいチャールズが、半信半疑の様子で、私に視線を向けている。

「あー……。まあ、最悪、身元の確認さえ出来りゃあ、な」

 まさか本当に殺す心算(つもり)だ、などとは思っても居ないだろう、善良なギルド職員は気の抜けた返事を返してくる。

 単なる冗談に対する返答なら及第点だろうが、エマの()る気に対しての返答としては赤点だ。

 しかし、私自身、人形遣いに法の裁きを! などと考えている訳では無い。


 私は(いら)だちの捌け口を探しているだけだし、エマは暴れられれば何でも良い。


「エマ、聞こえましたね? 許可は出ました。最悪でも、人形遣いの首から上は綺麗な状態にしておいて下さい」


 私がチャールズの返事を受けてエマに言葉を向けると、少しだけ振り返ったエマが私の顔を見て、にっこりと微笑んだ。

「任せて任せてぇ! 全部バラバラにしちゃうぞぉ!」

 エマのしたい様に任せたら、人形遣いは死んでしまう。

 アリスがなにか言いたげに唸っているが、下手に口を出してエマの機嫌を損ねるのを恐れている様子だ。


 まあ、エマの暴れ具合を目にしてしまったら、そうなってしまうのも仕方が有るまい。


 私はエマが暴れる様子を眺めて居るだけでも溜飲は下がりそうだし、特に文句も無い。

 チャールズが後々責任を追求されるかもしれないが、運が悪かったと諦めて貰うより他無いだろう。




 エマの警告から暫く走った所で、確かに平衡感覚を狂わすような感覚が視界を揺らす。

 私たちは問題なかったが、チャールズは走っている勢いのまま倒れそうになり、アリスに抱えられて居る。


 あのままなら倒れ、起き上がった時には方向感覚を失って来た道を戻ることになっていただろう。


 アリスに支えられながらも「そっちは違うだろ!」とか騒いでいる辺り、まんまと「隠蔽」と「人払い」、そして「恐慌」に掛かっている。

 気付けの唐辛子でも与えてやろうかと考えていると、アリスが平手で()(ぱた)いたらしい、乾いた音が聞こえた。


 ……まあ、緊急時には順当な手段であろう。


「汚い小屋が見えるよぉ? あと、なんか人形っぽいのが6体?」


 先を見たエマが報告してくるが、残念なことにそれは私達にも見えている。

 それなりに距離があるとは言え、極端に離れているわけでも無かったからだ。

「どれが人形遣いか、と言うのは愚問でしょうね。表に出ては居ないでしょう」

「だろうね。まあ、()が有るのは1匹だけだし、アレじゃなければ別の頭付きをとっ捕まえりゃ良いって話だろ」

 私がちらりと見た感想を言うと、アリスはまだ捕縛の意志は有りそうな返事を返してくる。


 さり気なく、あの「頭付き」の生きたままでの捕縛は諦めている、そんな様子でも有るのだが。


「あっはははっ! 闘争だよ、とーそー! 楽しいねぇ!」


 エマは落日を片手に戦闘速度に入り、私はそれに続く。

 アリスもそうしたかったのだろうが、抱えたチャールズが一瞬の枷になった。

「あーもう!」

 アリスの叫びと、そこそこの重量物が地面に投げ出される音が、私の遥か後方で上がった。




 エマが敵の注意を率先して惹きつけてくれたお陰で、私が探査を使用する時間が出来た。

 頭付きはレベル420、完成度補正で考えると、アリスとは互角かちょっと弱い程度かも知れない。

 当然、エマの相手にはならないだろう。

 残り5体は冒険者ギルドを襲撃したのと同じ廃棄人形(できそこない)で、レベルも同じく280だ。


 頭付きと連携して動いている様子だが、基本能力差で生じる空隙は如何ともし難い。


 それでも私と、遅れてアリスが現場に飛び込むまでは、エマの魔の手から頭付きを護る事には成功していた。

 その短時間で、3体の廃棄人形(できそこない)が斬り刻まれて行動不能に陥っていたが。


「なんだい、そいつも人形か!? 人形遣いはホントに出て来てないんだな!」

 エマに気を取られている廃棄人形(できそこない)を背後から袈裟斬りにして、頭付きを間近で目にしたアリスが怒鳴る。

「あれが人形遣いの可能性も無くは無いでしょうが、まあ、そう言う事でしょうね。大方、そこの掘っ立て小屋の中でしょう」

 同じく廃棄人形(できそこない)を背後からメイスで叩き潰し、私は静かに息を()く。


 そんな私達の加勢と、取り巻きが消滅した事実に気付いた頭付きが周囲に気を取られた一瞬、アリスがとっさに踏み出し掛けたその刹那に、エマの手にする落日が閃く。


 右腕は3つに、左腕は2つに斬り分けられ。

 右足が2つのパーツに別れて吹っ飛び、左足は4つになって。

 胸部を袈裟、逆袈裟に斬られた挙げ句に腹部を横薙ぎにされた胴は都合5つになりつつ内容物を撒き散らして。


 予告通り、首から上は綺麗な状態で、地面に落ちて転がった。


 辛うじて目で追えたが、やはり何度見ても、エマに私が勝てたのは奇跡だったのだと、思い知らされる。

 と言うか、なんとなくだが、前より強くなっている気がする。

「は、ははは……止めるどころか、全然見えなかったよ……」

 アリスが剣を片手に困惑し、チャールズはこちらに向かう途中で蹲り、手近な木の幹で徐に吐き出した。

 元冒険者が惨殺死体を目にして、と言う訳では無いだろうし、そもそも彼は現場に程遠い。

 恐らく隠蔽系の魔法の効果がまだ効いていて、向かいたくない方向へ強引に、気力だけで足を進めていたが、拒絶する精神に身体(からだ)が耐え切れなくなったのだろう。


 普通の人間にしては、凄く頑張っている(ほう)だと思う。


「止める必要も無かったと思いますよ? 所詮はアレも人形でした。エマ、あの小屋の中には動いていない人形と、弱い反応が有るだけです。貴女(あなた)もそこそこ暴れたでしょうし、アリスと冒険者ギルドの顔を立てましょう」


 探査を走らせていた私は状況を伝えるが、私より先に気付いてたらしいエマは私に振り返ると、不満げに唇を尖らせた。

「もうちょっと居るかと思ったのにぃ! 全然足りない! 物足りなぁい!」

 ……ここまでに都合17体を斬ったと言うのに、エマはまだ不満だと言い切った。


 好きに暴れて良いと言ったら、本当に街を壊滅させるのではないか、そんな(ふう)に思えてげんなりしてしまう。


 考えてみれば、エマの本来のスタイル、魔法戦を全く行っていないのだ。

 エマの好みと違うとは言え、魔法まで使って初めて満足出来るのかも知れない。


 知ったことでは無いし関わりたく無いが、仲間として隣にいる以上、手綱は握っていなくてはならない。


 突然この森が爆散する事が無いように祈りつつ、気乗りしないながら、私はエマの頭を撫でて労い、機嫌を取る。

 自分で選んだ道とは言え、それでも湧き上がる疲労感はどうしようもなく、ついつい何処かに向けて愚痴を吐きたくなるのだった。

自業自得。含蓄に富んだ言葉ですね。

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