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69 冒険者ギルド襲撃

まるで他人事の2体ですが、サブタイトルは彼女達が犯人の様に見えます。

 冒険者ギルド周辺は、大混乱だった。

 冒険者ギルド前は広場になっているのだが、そこは現在(いま)となっては血の海だ。


 逃げ惑う群衆の只中で野次馬を決め込む私は、努めて落ち着いてその様子を観察する。


 廃棄人形(できそこない)、レベル280。

 自律人形に成り損なった残骸は、嬉しいも悲しいも感じる事が出来る状態ではなく、ただ、手近な得物に襲いかかり、哀れな獲物の血飛沫を撒き散らしている。

 その姿は人間に近いのだが、決定的に、醜悪な程に別物だった。


 この広場で暴れる廃棄人形(できそこない)の全てが全て、残らずに頭部が無かったのだ。




 自律人形の素体を元にしていると思われるが、私やエマ、アリスとは全く別物のそれら。

 それは頭部の有無ではなく、そもそもの構造の話だ。


 私達は、構造としては基本的に人類を模している。

 本体である内部骨格(フレーム)を基本として、それを動かす為の人工筋繊維を纏い、魔力炉を擁し、内部骨格(フレーム)内部にはこの身体(からだ)を動かす為の魔力を行き渡らせるための導力線が組み込まれている。

 内臓とも言うべき器官は殆どがダミーで、胃袋に当たる部分は亜空庫になっている。

 この亜空庫は肉体を維持する物を貯蔵し、必要に応じて使用する為だけのものだ。


 それ以外は殆どが、皮膚ですら、本当の私の姿を隠すためのダミーでしか無い。


 人形と言うにはまだるっこしい構造だが、そのお陰で、不用意に人と触れ合っても違和感を持たれ難い。

 人の中に紛れるには、悪くない造りなのだ。


 眼の前で暴れる廃棄人形(できそこない)が私達とどう違うのかと言えば、あれらは外骨格式、である。


 人間大の、人を模して造られただけの、関節を仕込まれた人形。

 私はビスクドールの知識は無いのだが、趣味の兼ね合いで入り浸っていた街で、素人目にはよく出来た現代人形を見ていたことは有る。

 あれがどの程度の可動域を持っていたかは判らないが、ショールームで眺める限りでは、案外自然なポーズを取っていたと思う。


 少なくとも廃棄人形(できそこない)達は人の動きを再現する以上、あの現代人形(ドール)達よりは良く動くのだろうが、外骨格式で人間の動きを再現しようとしたら構造にかなりの無理が出るだろう。


 肩を「上げて前に出す」という動作を再現するだけの為にその構造が複雑化している事が、傍目(はため)で見ているだけでも良く分かる。

 普通に想像する様な人形が動く、と言うのは、一部では根強いロマンなのだろうが、実物を見るに代償は大きいように思える。


 可動部分の自由度を上げようとした結果脆弱性が増しているようだし、そんな明確な弱点を補う為に、可動部分には恐らく高価な合金が使用されているのだろう。


 私達も可動部分、つまるところ関節は念入りに強化されているが、それに加えて人工筋繊維や疑似筋肉、疑似脂肪や疑似皮膚組織までが、限度こそ有るものの、外傷を受け止める緩衝材として機能する。


 彼女たちも勿論人工筋繊維を持っているが、それは私達の物と違って膂力を引き出す役割のほうが強く、また、骨格が剥き出しなので、設計時に想定されていた以上の衝撃や斬撃には弱い。

 要するに。


「遅いんだよッ!」


 アリスの振り下ろした剣は折れ砕けながら、しかし相手の外装をも斬り裂く。

 あんな(なまく)らで良くもまあ斬れたと思うが、要するに、馬鹿力を叩きつければ壊せるという事だ。


「あああ、買ったばかりの剣だったのに!」


 肩ごと右腕を殆ど切り落とされた人形を殴り飛ばして、アリスは悲嘆に暮れた顔で折れた剣を見る。

 あの小娘は、馬鹿なのか、緊張感が無いのか。

「エマ。出来る限り手早く片付けて、妙な詮索を受ける前に離脱しますよ。出来ますね?」

 私は勿論ただの野次馬の心算(つもり)だったし、厄介事に首を突っ込む気持ちなど無かった。

 だが、野次馬も逃げ出し、冒険者達もギルドハウスから人形を追い出すのが精一杯、まともに相手出来るのがアリスだけという有り様。

 そんな状況で余裕が出来たのか、廃棄人形(できそこない)の数体が、私とエマを発見、こちらににじり寄ってきたのだ。


 酷く面倒な事だ、溜め息と一緒に視線を落とした私の目には、血溜まりが映る。


 応戦して命を散らした冒険者達、逃げ遅れたこの街の住人。

 無惨に殺されている子供と、それを庇おうとしたであろう母親の躯。

 視界に入るそれらは、私には関係の無い事だ。


 私の中で、苛立ちが首を(もた)げる。


 私は野次馬に来て、たまたま絡まれそうになっているだけだ。

 私が不機嫌なのは、ただそれだけ。

 周囲の状況など――無関係だ。


「まっかせてよぉ! 折角だし、あの剣使っちゃおうかなぁ!」


 エマは酷く楽しそうに声を弾ませ、武器庫から落日を引っ張り出す。

 真昼の陽光を、赤黒く跳ね返す刀身。


 私も静かに、右手にメイスを、左手に鞘付きの剣を取り出す。

「それじゃぁ、いっくよぉ!」

 私の動体視力でも油断してしまえば見失いそうな勢いで、エマは飛び出した。

 眼の前で2体が幾つかの部品(パーツ)になって散らばるその只中を、私はエマに遅れて駆け抜けた。




「使いなさい!」


 アリスの傍らまで駆け寄り、鞘付きの剣を投げ渡す。

 能力的には廃棄人形(できそこない)を凌駕している彼女だが、多勢に無勢の上に素手では厳しいだろう。

 剣を使っていた様子から、私の手持ちの中からわざわざ選んだのだ。

 有効に活用して貰いたい。


 その剣はかつて、人形の手足を斬り飛ばしている。


「有り難い! (あと)でなんか奢るよ!」

 受け取ったアリスは、状況故に素直に受け取り、すぐに走り出した。

 ……そう言えばエマの足を斬り飛ばした時は、事前に腿の内部骨格(フレーム)を蹴り砕いてからだったか。


 まあ、良かろう。


 必要な事を言いそびれたから礼は言葉で受け取った事にして、奢りに関しては期待せずに置くとしよう。


 エマの様子も気になるが、人形3体に絡まれた私はそれどころでは無い。

 死角に回り込まれると面倒なので短距離範囲での探知を行使し、己の死角をカバーしつつ、目の前の人形へとメイスを叩きつける。


 動きが速く膂力も凄まじい、そんな化け物だが、動きそのものは速いだけで基本はお粗末だ。

 直線的なその突進に合わせて、私が全力で振り下ろしたメイスは肩部分の外殻を割り潰して止まらず、胸と胴を潰し股を抜けて地面を砕いた。


 股関節を破壊どころか身体(からだ)をほぼ左右に分断しているので、もはやコイツは立ち上がることは出来まい。


 間髪入れず背面から襲い掛かってくる2体を察知した私は身を翻しながら、右後方から襲ってきた人形の脇腹に深々と横薙ぎのメイスを喰い込ませた。

 遠慮なしの全力で振り抜いたメイスはその上半身と下半身とを容易く分ける。


 防御は外骨格任せで人工筋繊維は攻撃偏重、それ故まともに組み合えば力負けの恐れも有るかもしれない。

 そう考えていたのだが、単純なレベル差の暴力は私が考えている以上に大きい。


 僚機をそれぞれ縦横に轢断した私のメイス。

 それを恐れない残り1体は、しかしその勇猛さに見合った戦果を挙げる事は出来ず、仲間と似たような死体を晒す事になった。


 メイスを片手に、しかしのんびりとしている余裕は無い。

 まだ人形は残っていて、2体が私に迫ってきて居る。


 私は利己主義者で、自分以外はどうでも良い、そんな人形だ。

 元人間と言う割には殺人に忌避感もなく、相手次第では容赦をする気はない。


 だと言うのに、私は何に憤っているのだろうか。


 頭の無い人形に向かってメイスを振り下ろしつつ、私は探す。

 苛立ちの根源を。

 そして、こんな下らない事で私の心を乱した、人形遣いを。

頭部の無い人形達、その造りは伝統的な自律人形のそれですが、名の知れた人形師の手によるものでしょうか。

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