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67 散財、そこそこダイナミック

定期的なメンテナンスの為の資材確保は重要です。

 アネット女史は悩んだ挙げ句、その場での売買契約は成されなかった。

 と言うより、現状用意できている魔法銀(ミスリル)インゴットは取引が確定しており、500キロも他に回す余裕は無いのだという。


 無い袖は振れぬと言うし、まあ、仕方があるまい。


 次のインゴット群が出来上がるのが2日後とのことで、そちらはまだ買い手も付いて居らず、当日までに私が3000枚の金貨を用意して来れたら販売して貰える手筈となった。

 流石に50枚程度を見せた所で、同じものがあと2950枚有るなどとそうそう信用出来る訳が無いだろうし、強硬に主張しても私のどうでも良い自尊心以外は何も満たされないので、素直に話を合わせるしかない。

 折角時間も取れたし、商業ギルドに用事が有ったことも思い出したし、空いた時間で顔を出すのも有りだろう。


 いや普通に考えたら、次の行動は商業ギルドに顔を出すのはマストだな。


「まあ、本当に買う気が有るんだったら明後日、またココに来てくれ」

 アネット女史の言葉を合図に私達は立ち上がり、アリスを先頭に私達は倉庫を後にした。

 その後、何故か嫌がるアリスに案内を頼み、早速商業ギルドへと足を向け、エマはキョロキョロと楽しそうに街並みのあちこちに視線を走らせながら、素直に私達に着いてきた。


 これでエマが勝手に暴走を始めたら魔法銀(ミスリル)どころの騒ぎでは無くなってしまうので非常に助かるが、素直過ぎるのも不気味である。


 そんな感じで時間を使い、私たちは夕暮れ時に一度解散し、2日後の朝に(くだん)の倉庫前で待ち合わせる事にした。

 今更案内など無くても構わないのだが、アリスの方から自発的に言って来ているのだし、私の方には特に拒む理由も無い。

 暇を持て余したエマが暴れだしたとしても、一緒に居てくれるなら肉盾程度には役に立ってくれるだろう。


 初めて訪れた街の商業ギルドで、特許料の受け取りに全く顔を出さなかった事について説教される私を笑って見ていた者など、その程度の扱いで充分であろう。


 まあ、お陰様で手持ちの金貨が5000枚増えたのだから文句は無い。

 商業ギルドの都合から預けている分もそこそこ有るし、暫くは本当に資金に困ることは無さそうだが、その分を合わせても今回の魔法銀(ミスリル)購入増量に、と言う訳にはいかない。

 私の方に余裕が出来たからと言って、向こうがこちらに回す分を増やせる訳では無いのだから。

 やるとするなら次回以降の取引になるが、インゴットを精製するのにはそれなりに時間も掛かるだろうし、その頃には私もエマもこの街に飽きているだろう。


 魔法銀(ミスリル)の扱いの有る街に着くまでに、私の手持ちが尽きないことを祈るしか有るまい。




 アネット女史との約束通り、こちらは金貨3000枚を用意して倉庫まで出向くと、彼女側は魔法銀(ミスリル)800キロとニッケル700キロ、クロム900キロをそれぞれ用意してくれていて、無事に取引は成立した。

 思ったよりもクロムが多かったが、それよりも魔法銀(ミスリル)を予定よりも多く用意してくれていた事に驚いて尋ねると、今の相場ではこれで適正なのだと言う話だった。


 寧ろ手数料を多めに抜いてあるから心配するなと言われたのだが、その説明で安心し、かつ信頼出来るお人好しがどれほど居るのか、是非紹介して欲しいものだ。


 アネット女史としては私の資金源が不審だと言うので、ベルネで開発された改良型ボイラー他幾つかの権利者で有ると説明し、それを聞いたアネット女史の納得したようなそうでもないような微妙な表情は、それなりに印象的であった。

 まあ、私は権利を持っているだけで、実際に開発したのは悪ノリ大好きなベルネの魔法協会(ソサエティ)の悪友たちなのだが、そう言うと一味違う微妙な表情を浮かべていた。


 ベルネの魔法協会(ソサエティ)メンバーは特に変わり者、と言う噂は、もしかしたら事実なのかも知れない。




「さて、それじゃあ私ももう、お役御免ってトコかね?」

 アリスが大きく伸びをしながら言う。


 均整の取れたボディに纏うのは厚手の生地のパンツにグリーヴを当て、上半身は厚めの生地の半袖で胸元を革紐で留めるシャツ、その上に革の胸鎧を着込んでいる。

 腕にはやはり革製のガントレット……革製だし、長手袋亜種と言ったら怒られるだろうか。

 その出で立ちは何処から見ても立派な駆け出し冒険者なのだが、これで冒険者ランクはCの中堅なのだという。


 私達には及ばないとは言え、人間など遥かに超越したレベルだというのにCランク冒険者なのは、本人が積極的に仕事を選んだ結果なのだという。

 ギルドカードに記載されている情報は虚偽だらけで、レベルに至っては60表記なのだとか。


 まあ、素直に登録されてしまえばレベル580の化け物だ。

 面倒事しか起きまい。


「そうですね、非常に助かりました。お礼に魔法銀(ミスリル)インゴットの欠片くらいならお渡ししますよ?」


 私は意図的に笑顔を浮かべ、アリスに向けて腰を折る。

 向けられた方は、憮然とした顔を隠す気も湧かないらしい。

「……アンタには他人様(ひとさま)に感謝するとか、そういうのは無いのかい?」

 アリスの反応は実に素直で、大変に清々しい気分になれる。

「ダメだよぉ、マリアちゃん。アリスちゃんをいじめちゃ可哀想だよぉ」

 そんな私とアリスの間に入り、エマが伸び上がるようにして私の顔を覗き込んで来た。


 ……エマは、その本性はただの戦闘狂っぽいのだが、意外と心優しく素直な性質も秘めているのかも知れない。


 そこに可愛らしさを見出すには、初遭遇時のインパクトが大きすぎるし、喜々として人間解体する有り様をこの目で見ている私にはとても無理な話なのだが。

「エマちゃんは素直で優しいね。それに引き換え性悪メイド人形と来たら……」

 そんな真実を知らないアリスは、人形らしからぬ優しい表情(かお)でエマの頭を撫でてやったりしている。


 さて、そいつは私など足元にも及ばぬ化け物なのだが、知らないというのは恐ろしいものだ。


 話を聞けば、ベルネを中心にこの近辺で活動しているというアリス。

 街に住み人間と交流する彼女には、マスターの命令とか、そういったモノは無いのだろうか?

 いやまあ、全ての人形師(マスター)が人間を嫌ってるとか、憎んでるとか、そんな事は無いと言うことは理解(わか)る。

 しかしそんな善良な人形師(マスター)とその人形を見た事が無いので、今一つ理解出来ないのだ。


 ……ここまで考えて、思い出した。

 アリスは私と同じ、中身は人間だったか。


「まあ、聞き流しますよ。貧弱C級冒険者をいじめるのも、確かに可哀想ですからね」

 私の中に湧いた些細な感情を押し潰して、私はアリスに目を向ける。

「ハッ、言ってろ。いつか絶対、お前は泣かすからな」

 私の視線を受け止め、アリスは心底嫌そうに口をへの字に曲げる。

 出来ない事は口にしない(ほう)が良い、そう思った私が口を開こうと思ったが、それよりも僅かに早く。


 街に鈍い、決して小さくない爆発音が響く。


 咄嗟に音の方へ視線を向けるアリスと、反射的にエマを確認する私。

 幸いエマは何もしておらず、不思議そうに私を見返している。

 気まずい私はアリスに遅れて視線を巡らせ、通りのはるか先、建物群の向こうから上がる煙を目にする。


「おいおいおいおい、あっちはギルドの方だぞ? 悪いな、なんか有ったかもしれないから私は行くよ。出来れば、もうアンタらとは縁が無いと良いな!」


 アリスは音の出処に当たりを付けると、少しだけ顔をこちらに向けてやや早口で言い、そして駆け出した。

 金色の髪をなびかせて走るその背を見送って、捨て置かれた私とエマは顔を見合わせる。

「どうしよぉ? 面白そうだし、見に行ってみるぅ?」

 エマは玩具を見つけた顔で、楽しそうに言う。

「あまり不謹慎な事を言うものではありません。それはさておき、暇ですし、行ってみましょう」

 当面の用事も済んで心が軽くなった私は、一応エマを窘めてから、する事もないので素直にエマの提案に乗る。


 トラブルも、観光のスパイスだ。


 エマが暴れだした訳でも無し、自分に累が及ばないとなれば、実に気軽に他人の不幸を楽しめる。

 青い空に立ち上る黒煙を目印に、私は相棒と、なんとなく足を向けるのだった。

他人の不幸を楽しむ時には、それを表情に出さないような努力が必要です。

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