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65 はじめてのお願い

アリスの態度は親愛の印だと思いますよ? いえ、面白がってはいません。

 腐れ縁と言うのは、ひょっとして暴言の類だろうか?

 少なくとも親愛の情は感じない言い草である。


 実際の所、先日知り合ったばかりで腐れ縁と呼ばれる程、私は相手に踏み込んでは居ないし踏み込まれても居ないと思うのだが、どうだろうか。

「なんですか? 私達と連れ立って旅をしたいとでも?」

 無いとは思うが、嫌がらせも込めて声を掛けてみると、意外なことにアリスは驚いた顔をしてみせた後、考え込む様に青空を見上げ、そしてこちらに向け直された顔は酷く嫌そうなものだった。


 そんなに手順を踏む必要が有っただろうか。


「アンタらと旅なんて、ゾッとしないね」

 わざわざ時間を掛けた答えは想像通りのもので、寧ろ安心してしまう。

「えぇー? なんでぇ? すっごく楽しいと思うのにぃ?」

 そんなアリスの態度に、エマは不満げだ。


 アリスが私達と行動したくない理由のひとつに、エマの存在と彼女との実力差が有りすぎる恐怖、というか不安が有ると思うのだが、まあ、エマ本人にしてみればどうでも良い事なのだろう。

 私にしても、どうでも良い事だ。


 アリスは案の定、嫌そうな顔が崩れることはない。


「まあ、どちらでも構いませんが。そんな些事はともかくとして、お訊きしたいことが有るのですが、宜しいでしょうか?」

 こんな事に時間を使っても仕方がない。

 私は人形が3体も顔を合わせている状況で思い出したことが有り、アリスに真っ直ぐに視線を合わせて口を開いた。

「私にとっては大事(おおごと)なんだけどな……。まあ良いや、で? 聞きたいことって、なに?」

 アリスは気持ちの切り替えがイマイチ上手く出来ない様子では有ったが、私の視線を受け止めて目を逸らす事もなく、しかし面倒くさそうに応える。


「鉱石、主に魔法銀(ミスリル)が欲しいのですが、何処か伝手は有りませんか?」


 私はそんなアリスの内心など全く興味が無いので、構わずに希望を伝える。

 そんなアリスが口を開くより先に浮かべた表情は、胡散臭そうという思いと驚愕とが混ざりあった、あまり見たことのない種類のモノであった。




 アリスの案内で連れてこられた建物は、いわゆる販売店とは趣の違う物だった。

 鍛冶屋と言われてイメージする物とも違う、無論武器屋などではない。

 敢えて私の知る範囲で近しいものを挙げるなら、倉庫だ。


 見たままで恐縮だが、他に表現方法が思い付かない。


 そんな倉庫の入り口から見上げる建物は当然のように巨大で有り、冒険者というのはこういう場所にも出入りするのかと場違いに感心してしまう。

 訝しげな視線を向けられたのでその旨伝えてみたのだが、アリスは深々と溜息を()いた。

「そんな訳無いだろ。私はたまたま受けた依頼で伝手が出来たってだけだよ。普通は、鍛冶屋かここの従業員くらいしか来ないだろ」

 どうやら私は冒険者に夢を見過ぎているらしい。


「欲しいもんが魔法銀(ミスリル)なんてモンになると、こんなトコでも無きゃ難しいだろうさ。売って貰えるかはアンタ次第だろうけど、まあ、行ってみようか」


 アリスは建物を見上げて呆けている私を置いて足を進め、エマに手を引かれてその事に気が付いた私は少し慌ててその後を追った。

 建物とは言え倉庫、その広い敷地内に積み上げられた鉱物類の詰め込まれた巨大なコンテナ、そういった物の陰に入られては見失ってしまいかねない。

 アリスはもう少し、そういった細かな気配りを身に付けるべきだと思う。


 立場が逆なら、ボーッとしてるような者など私も置いて行くだろうが。


 忙しなく行き交う従業員達が好奇の視線を寄越してくる中を、アリスの背を追って早足で歩く私とエマ。

 冒険者が来るだけでも珍しそうな様子なのに、その冒険者に付いてくるのはメイド服の女2人。


 ……ひとりはメイド服の改造の度が過ぎて、もはや何者かも判らない有り様では有るが。


 物珍しさに倉庫内を見回しがちな私を引き連れて、奥まった位置にある事務所的な小部屋のドアを、アリスは躊躇なく押し開ける。


「おーい、居るかい? 客を連れて来たんだけど?」


 幾ら何でも無礼が過ぎるだろうと呆気にとられる私が見守る中、アリスは気にする様子も無く、慣れた様子で室内に声を投げた。

「あン? なんだ、跳ねっ返りのぼっち冒険者が、客を連れて来ただって?」

 室内から漏れる声は、私が想像していたものとは少しばかり違う。


 性別的な意味で。


 私は意味もなくエマと顔を見合わせる。

「なんだい、お前ら! 用が有るのはお前らだろ! 早く入ってきなよ!」

 そんな私達に痺れを切らせた様に、アリスがこちらに怒鳴る。

 それ程待たせては居ないし、怒鳴るほど距離があいている訳でも無い。

「そんなに大きな声でなくても聞こえていますし、許可もなく入室出来る訳が無いでしょう?」

 アリスに憎まれ口を返してから、私は事務所の入り口で室内に居る人物へと顔を向け、そして頭を下げる。


「お忙しいところ、失礼致します。本日はご用立てて頂きたい物が御座いまして、お邪魔させて頂きました。旅人のマリアと申します」


 そこに居た人物はすぐには答えられない様子で、頭を下げた私とアリスとを見比べている。

「……あ、え? あ? ええと、こりゃ丁寧にどうも?」

 面食らった、そうと判る様子と声で、責任者と思しき人物はまずは私に頭を下げる。

 いや別に、アナタは頭を下げる必要は無いだろうに。


 律儀なお(かた)だ。


「あー、私はココの責任者やってる、アネットってんだ。んで、入り用ってのはなんだい? ま、取り敢えず適当に座っとくれよ」


 赤い髪を頭の後ろで纏め、丸い眼鏡の奥に人懐こい瞳を隠した長身、細面の女性。

 アネットは簡単に自己紹介すると、商売人とは無縁そうな柔らかな笑顔を私に向け、そして私達に入室と着席を促してくれた。


 鉱石関係の扱いを行う商会、だろうか?

 そこの責任者が女性とは思わなかったし、その女性が割りと人の良さそうな美人さんとはもう、完全に想像の外側だった。


 想像と違いすぎて戸惑い、ある意味呑まれた私を放っておいて、アリスは勝手に室内の備品を弄って茶などを淹れ始めている。

 自由奔放も度が過ぎると思うが、私には言われたくは無いだろうな、そんな事をぼんやりと思う。


 本当にここで希望の物が手に入るのか、とても不安な気持ちになったが、私はそっと自分の気持から目を逸らすのだった。

思ったよりも、アリスも自由人である様です。

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