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64 平常運転狂騒曲

今回は能天気な2人を、少しだけ長めにお送りします。

 石畳の道に、石造りの建物群。

 遺跡で見たものよりも洗練されているし、何よりも現在も生きている街と言うのは活気に満ちているし、それぞれ違った魅力に満ちているのだと思い知らされる。

 どちらが好きかと問われると、それはその時々によって違うとしか言えないが、現時点で言えばこの街は嫌いでは無い。


 人混みが恋しいと思う私では有るが、人が多すぎると鬱陶しく思ってしまう、ちょっぴり我儘なお人形なのだ。


「ねぇねぇマリアちゃん、今日は何を食べるぅ?」


 私が街並みを眺め、行き交う人々に暖かな眼差しを送っていると、元気一杯の我が相棒が私のスカートを引っ張りながら声を掛けてくる。


 色々思うところはあるが、まずは人様のスカートの裾を引っ張り上げるなどと言う真似はやめなさい。

 私自慢のロングスカートだというのに、そんな風に振り回されてしまっては腿まで露わになってしまう。


 ほら見ろ、巡回中の衛兵だか領兵の(かた)が困ったようにこちらを見ているではないか。

 恥ずかしいのは私の筈なのだが、何故か目を逸らされるし。


 困った顔なんかもされて、困っているのも私なのだが。


「まずは私のスカートから手を離して下さい。朝食は先程取ったばかりですし、今日は……」


 エマの行動を掣肘しつつ、私は視線を通りの向こう、特に意味はないが遠くへと視線を向けると、私は胸を張って答える。


「図書館に行きますよ」

「ヤだ!」


 知的好奇心旺盛な私は輝く瞳を持っていた筈だが、相方はそんな事情など一顧だにすること無く、食い気味の否定をぶつけて来る。

 朝イチで早速私のプランを崩しに掛かるとは、やるじゃあないか。

 しかし、私だっていつまでも甘い顔をする訳が無い。


 どう言い聞かせてやろうか。


 私達は朝の宿屋前で顔を突き合わせ、合わせた目と目の間に火花を散らすのだった。




 私達は宿を取ったが、部屋は質素なシングルであった。

 ボロ宿などではなく立派な宿であり、扉には建付けの悪い所もなく、室内から施錠することも出来、嬉しいことに質素とは言え実に清潔であった。

 聞いたサービス内容も充実しており、部屋のグレードの問題で備え付けの浴室は無いが、宿が提供する大浴場を使用出来る他、頼めば部屋まで湯桶を持ってきてくれるのだそうだ。


 私達はどうせ魔法住居(コテージ)に戻るのだし、使わないサービスは全て省いたが、怪しまれても面倒なので浴場の使用料は払っておいた。


 食事は1階の食堂まで降りれば注文出来るし、勿論食堂で済ますことも可能だ。

 そんな訳で私達は風呂とベッドは使い慣れたものを使い、食は宿が提供する物を楽しんで旅情を味わったのだが、なんというか、やはりプロの作る料理は良い。

 味は勿論、手間も掛からず、洗い物もない。

 資金に余裕は有るのだし、たまには街の宿を使うのも良いものだ。


 食欲を満たし、きちんと就寝して体調を整え――基本的に崩れる体調など無いのだが――朝食まできっちり頂いた。

 本格的に観光を楽しむ前に、街に関する事柄や、その他色々知りたいと思った私は図書館で新聞その他の閲覧をしようと目論んでいたのだが、気がつくと冒険者ギルドなんぞに顔を出している。


 我が意を通そうと頑張ってみたのだが、エマが泣き暴れを起こしそうだったので、面倒になった私はエマの提案を受け入れ、街の散策を行うことにしたのだ。

 そうなると、どうせ売り払うものも有るのだからと、通りかかった冒険者ギルドに立ち寄った訳なのだが。


「お嬢さんたち、冒険者に用かな? もし良ければ、話を聞きたいのだが?」

「結構です、カウンターで聞いてもらいますので」

「お? なんだ姉ちゃん、仕事の依頼か? カウンターまで案内しようか?」

「結構です、見えていますので」

「待ちな姉ちゃん、アンタら冒険者か? そんな細腕じゃあ色々困るだろ? 俺んトコで面倒見てやっても良いぜ?」

「結構です、出直して下さい」

「マリアちゃん、すっごく機嫌悪そうだねぇ。()っちゃう?」

「結構です、引っ込んでて下さい」


 童顔少女系のエマとそれなりに整った顔立ちの私は、思った以上に悪目立ちしてしまっているらしい。


 軽薄そうなのから粗野な悪人顔まで、いろんな種類の男が代わる代わるに声を掛けてくる。

 まともに応答するのも面倒なので一言で済ませていれば、仕舞いには相方が調子に乗って(からか)ってくる始末。

 午前中ということも有るのか、立ち塞がったり腕を捕らえようとする輩が居ないのは良いのだが、代わりに気軽に声を掛けてくる男が多すぎる。


 冒険者ギルド内の風紀管理はどうなっているのか。

 (おもて)でやったら衛兵さんやら領兵さんに叱られるだろうから、と言う理由も有りそうだが。


「アンタら、何やってんだい? ここはアンタらにゃ無縁の場所じゃないのかい?」

「結構です、用が有るからここに……はい?」


 掛かった声に脊髄反射で答えた所で、その声に聞き覚えが有る事に気がついて、顔を上げて視線を向ける。


「その様子だと、さんざ冷やかされたみたいだね。奇遇っつーか、会いたく無かったっつーか」


 ストレートの金髪を面倒そうにかき上げ、アリス人形が人間のフリをしてそこに立っていた。




「……そんな格好の、冒険者どころか旅人にも見えない女があんなトコに居たら、目立つに決まってるだろうに。しかも何だあの素材類の山は。カウンターに行ったほうが余計に目立つとか、漫画かなんかか?」


 ナンパされるわ冒険者に勧誘されるわ、素材を売ったら売ったで三下に絡まれそうになるわ、面倒臭さの極致でいっそ暴れてやろうかと思ったのだが、アリスがギルド職員を焚き付けて冒険者共を散らし、大慌てのカウンターで代金を受け取ったと思えばアリスに手を引かれ、冒険者ギルドを脱出した私達は大通りの途中にある広場の露天で飲み物など買込み、噴水際のベンチに腰掛けていたりする。


 持ち込んだ量が多すぎて少しばかり値切られたものの、概ね相場通りの値段で買い取って貰えたお陰でそこそこの収入になった。

 使えそうな骨類や毛皮など、私達にとっては不要であっても手を抜かず、丁寧に剥ぎ取っておいて良かった。

 あくまでも私基準での丁寧さではあるが。


「残念な事に現実の出来事ですよ、目を背けないで下さい。旅をすれば獣や魔獣に襲われるなんて日常ですし、魔法鞄(マジックバッグ)のお陰で素材が痛むことも有りませんからね」


 アリスの手を借りて幾つかの面倒事を回避出来た事に感謝の念は有るが、それにしても言い草が気に入らない私は、そこそこ冷たい態度が言葉に乗ってしまう。

 素直な気持ちなのは間違いないが、もっと素直に、謝罪の言葉くらいは掛けねば人道に悖るだろう。


 人形だけど。


「ともあれ、助かりました。あのままでは、エマより先に私が爆発しそうでしたので」


 私が素直に頭を下げると、まず驚いた顔を浮かべた後、酷く嫌そうな表情(かお)を私に真っ直ぐに向けてくる。

「アンタに礼を言われるのも不気味だけど、まさか助けた私のほうが安心するなんてね。アンタが暴れだしたら、止められるヤツなんてこの街には居ないんじゃないか?」

 嫌そうな顔のまま、アリスは私とエマを交互に見る。

「エマなら、私を止められるでしょう?」

「そいつはアンタと一緒に暴れるだろうが」

「そうだねぇ」

 心底不思議な私が問い掛けるとアリスは間髪入れずに言い切り、エマは楽しそうに笑う。

 私は反論を探すが、驚いた事に、返す言葉が見つからない。

 なんとなく周囲を見回してみるが、当然の如く、助けてくれそうな者どころか、見知った顔のひとつもない。


「商隊と一緒に行動していたと思ったのですが、随分と早い到着ですね?」


 仕方がないので話題を変えれば、アリスは肩を竦めて嘆息する。

「こっちの台詞だよ、そりゃあ。アンタらより2時間くらい遅れて出たし、アンタらの事だから人目が無いところじゃ走るだろうと思ったんだけど?」

 アリスの疑問も尤もだが、こちらにも尤もな言い分は有る。

 負けじと肩を竦め、私が口を開く。

「残念な事に随分領都に近かったのです。完全に人目が無い、そんな区間が無かったのですよ」

 私の回答に、さすがに納得顔でアリスは頷く。

「なるほどね、そりゃそうか。しかしなんつーか」

 大きく伸びをして金色の髪を揺らし、アリスは空を見上げる。

 釣られて空に目を向けた私だが、見事に晴れ渡った空には掛かる雲が少ない。


「腐れ縁みたいで、なんだか凄くヤだな」


 青い空を見上げ、雲を探して視線を彷徨わせていた私は、アリスの暴言にどう反応したものか。

 屋台の串焼きを頬張りつつ、頭を悩ませるのだった。

何処で有っても、自分に非が有るとは少しも考えない様子です。

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