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幕間・迷子のアリス

ワタシハ、マッテタ、ヒトリ。

 フリーの冒険者になったのは、同じ街に居続けなくても不自然ではないから。

 私がこの世界にやって来て、もう5年は過ぎたか。


 オフィス街の歩道、当然のようにとある大きなビルの前をたまたま歩いていた私が、車道から私目掛けて突っ込んでくる車に気づいた時には、回避のしようも無かった。

 混乱、そして激痛。

 すぐに痛みが消えたと思えば、意識は急速に薄く、細く頼りなくなる。

 ……そこで死んだと思ったのに、それでは終わらなかったのだ。


 暗闇に引き摺り込まれたと思えば、私は夜の空の只中へ放り出された。


 見たことが無いような満天の星の下、月の光に照らされてうねるように広がる森林を眼下に、私は何処かへと引っ張られていた。

 さっきまで、私は朝のオフィス街に居たはずなのに。

 混乱しながら、私を招く先へと視線を向ければ、そこに有るのは闇より悍ましく冷たい気配を放つ、綺羅びやかな都市。


 死にゆく前に見る走馬灯などでは、決して無い。

 こんな景色は知らない。


 自分の肉体を知覚出来ない事に気付いたが、そんな事はどうでも良いくらい、目指す先に嫌悪を覚えた。

 必死で、泣き喚いて、私はそこへ向かうことを拒んだ。

 そこからどうなったのか、私は覚えていない。


 ――次に目を覚ました時には、私は荒屋(あばらや)の天井を見上げていた。




「お疲れ! 特に問題も無い仕事だったし、なにより、アンタと組んだのは悪くなかったね!」


 依頼(しごと)を終えて報酬を受け取り、実に良い笑顔でブラウンの髪を揺らせ、パーティリーダーを努めたルカが私に声を掛けてくる。

 年齢は20歳だと聞いている。

 精悍な、鋭い眼差しなのに何処か愛嬌を感じる、不思議な雰囲気の女性だ。

 この国では成人年齢が15歳らしく、成人前から駆け出し(ノービス)冒険者として活動してきた彼女は、6年目のベテランになる。

「だよねー? アリスあんた、私達と本格的に組まない? あんたのご飯美味しいしさー」

 そんなルカを押しのけて、キャサリンがややくすんだ金色の前髪の間から目を覗かせて、私に詰め寄ってくる。

 長い前髪は拘りではなく、ただセットするのが面倒なのだそうだ。

 可愛らしい顔立ちだし、隠すのは勿体無いと思うのだが、それを口に出すと怒られてしまう。

 18歳にもなって可愛いと言われるのは心外、だそうだ。

「こらこら、アリスがメッチャ困ってるでしょーが。ルカ、アンタはちょっと反省しな。何が『問題無い仕事だった』だよ、何回か賊共に襲われたでしょうが」

 私に纏わり付く2人を引き剥がし、ルカの首根っこを捕まえたまま、アンナが溜息を()く。

 彼女の故郷では「魔女の血統」と忌み嫌われる銀色の髪を綺麗に纏め、眼鏡が知性を引き立たせる、そんな美貌の持ち主。

 25歳で最年長、だけど髪色と職業のせいで男っ気が無いと嘆く彼女だが、寄ってくる男をことごとく追い返していたら、出会いも何も有ったものでは無いだろう。

 案外、恋人とかそういう存在を必要としていないタイプなのかも知れない。


 3人とはダルブの街での臨時パーティメンバー募集で出会った。

 商隊の護衛、護衛団の不足分4名程度の補充の所に、人数合わせで組んだだけだった。


「でも、アタシもルカも、キャシーと同意見だよ? アリス、アンタ本気で私達と組んでみる気、無い?」


 3人がこう来るであろう事が予測できるほど、今回の依頼(しごと)は順調だったし、何よりも3人とは気が合った。

 私は口元を緩ませて、薄く笑う。


「ありがと。でも、私は観光が趣味でね。仲間を私の趣味に付き合わせるのは悪いと、そう思っちゃうんだ」


 ここまでで、何度か繰り返した答え。

 そんな理由で断るなんて、そう思っても、いつも同じ表情で答えられてしまっては、流石に根深い拒絶に気がつくというものだ。

 私だって、本当は旅を共にする仲間が、友が欲しいと願っている。


 だけど、それは叶わない。


「またそれ? ホントに頑固だねえ、アンタは。まあ良いや、アンタを口説く機会はまだ有るでしょ。そんな事よりゴハンにしようよ、折角でっかい街に来たんだしさ!」

 アンナに首根っこを押さえられたまま、ルカは溜息を漏らして、それからカラリとした笑顔で言う。

 次いで、「賛成!」「悪くない」と、それぞれの言葉で同意を示すメンバーたち。

 気の良い、本当に良い()()だと思える。


 だからこそ。


 人形(わたし)は、彼女たちと共に歩く事は出来ないのだ。




 私が逃げ込んだこの身体(からだ)、アリス人形を造った魔導師ヘルマンは、既に諦めていたのだという。

 彼の造った人工精霊はそれ程能力が高くなく、人間ほどの受け答えが出来る程では無かったのだ。


 それなりに自信を持てる素体を作り上げ、そこに行き着くまでに自身の財の半分を費やしたと言うが、その先は。


 人工精霊は、どれほど研究を重ね、技術を研鑽し、私財が底を突いても尚、納得するレベルには到底及ばなかった。

 人形の出来に自身の限界を思い知らされ、絶望した彼は失意の中で餓死したのだと言う。


 私が目覚めた荒屋(あばらや)は、主人の死後、命令を待つ事しか出来なかったアリスの元の人工精霊が、どうすることも出来ず、朽ちて横倒しになったメンテナンスベースごと歳月に任せた結果だった。


 主人を失い泣くだけだった人工精霊は私にその身体(ボディ)を委ねると、あっという間に私の中に消えてしまった。


 人工精霊(かのじょ)とのごく簡単な遣り取りで知れたのは、ここが地球では無い事、彼女が人工物であり、作り手は死んでしまった事、この世界には魔法が有るのだと言う事。

 弱っていた人工精霊は消えたというよりも、私と同化したに近いのだろう。

 途方に暮れた私が屋敷の地下にマスターの手に依ると思しき書物を見つけ目を通した時、見知らぬ筈のその文字列を読むことが出来たのは、そういう事なのだろうと思ったのだ。


 斯くして私は、異世界の地を旅することになった。


 人形という、外側の成長が無いので長い間同じ街に暮らすことも出来ず、メンテナンスを行える者も設備も無いので、内部骨格(フレーム)もいつ朽ちるか判らない、そんな半端な化け物として。




 ルカ達との食事を終え、名残を惜しむ彼女たちとは別の宿を取った私は、明日以降の旅に思いを馳せる。

 それなりに纏まった資金は手に入ったが、すぐに旅に出るとなると心許ない。

 もう暫くはこの街で適当な依頼(しごと)をこなすか、それならあの3人と別れたのは気が早かったか、呑気にそう思った私は、不意に感じた息苦しさに、表情(かお)を歪める。


 あの3人とこれ以上一緒に居れば、別れはもっと辛くなる。


 この世界でひとりぼっちなのだと自覚してしまえば、こんなにも胸は苦しい。

 あの時、事故に巻き込まれた時、死にたかったのかと問われれば答えは否だ。

 だけど、たった1人で生きて行くのかと考えると、この旅路の先に光が見出せない。


 脳裏に最近見知った2つの顔が過ったが、今よりも尚悪い未来しか予想出来ないその誘いを無視して、私は休眠状態へと入るのだった。

ガンバッテル、カワイソウ、アリス。

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