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61 揺れる人形

素体の性能差が戦力の決定的な違いだったようです。

 アリスが私に勝てると思った根拠は何だったのか。

 もしや私になら戦闘経験の差で勝てるとでも思ったのか、その様に問うた私に対する返答は予想通り過ぎて、却って清々しい気分に包まれたような、そんな錯覚を覚えるものだった。


「お嬢ちゃんの方については何とも言えないけど、アンタに関してはその通りだよ。どうなってるんだ、私の鑑定が狂ってるのか、アンタがなんかの隠蔽でも掛けたのか、どっちなんだ?」


 ご丁寧に舌打ちまで添えてのアリスの返答に、私の表情が消える。

 舐められている、そう感じた部分が無くも無いが、それ以上に、その判断に至った経緯が余りにも短絡的に過ぎて、それはまるで。


 悪い予感――そうであって欲しく無かった方――へと近づきつつ有る、そう感じたのだ。


「いえ、まあ、ステータスに若干の補正が有りますが、レベルの方は貴女(あなた)が見た通りですよ」

 心を落ち着け、平静を意識しながら静かに答える。

 ここまでの会話も、私とアリスとの短い、戦闘とも呼べないじゃれ合いもごく静かに進行し、周囲への騒音被害は皆無である。

「じゃあ、なんで勝てないんだ? いや、勝てないどころじゃない、アンタの動きについて行けないのはなんでだよ」

 私があっさりと圧倒してしまった為、エマは早々に興味を失った様子だったが、アリスはその事実に対して感謝の念を持ったほうが良いと思う。


 私に感謝しろとは言わないが、分解(ばら)されずに済んだ己の幸運くらいには。


貴女(あなた)は勘違いしているのですよ」


 溜息を()いて、私はアリスに説明を行う。

 人類基準のレベル判別方法では、人形の実力を測る物差しとしては不完全である事。

 そもそもの内部骨格(フレーム)を含めた基礎設計のレベルが違いすぎる事。

 我々ザガン人形から見れば、アリスの基礎設計は脆弱に過ぎるという事。

 要するに、アリスのマスターは腕が悪いのだ、という事。


「……ザガンって人形師は、バケモンだったのか?」


 私の簡単な、しかし意図的に問題を潜ませた説明を受けて、しかしアリスは、声色に諦めを滲ませていた。

「まあ、そういう事です。化け物で狂っていた。人間を憎んでいるのに自身も哀しい程に人間で、愚かにも人間で有る事を辞めたかった。そしてそれを半ば達成した。だからこそ私達を生み出せたのです。貴女(あなた)を造った3流マスターとは最初から覚悟が違ったのですよ」

 冷めた目でアリスの背に腰掛けながら言う私と、そんな2人をにこやかに見下ろすエマ。

 私の言葉を耳にし、私の背にその短刀を突き付けた笑顔のエマは、果たして気付いただろうか?


 アリスが、人形として有ってはならない反応しているという事実に。


「まあ、実力も分かりましたし、エマも殆ど興味を失ったようです。あとは、私に芽生えた疑問にお答え頂ければそれで終わり、後は大人しく寝床に戻って朝まで休ませて貰いますよ」

 観念したかのようにおとなしいアリスに冷たい瞳を向けたまま、私は腰を浮かせて拘束を解き、これ以上の攻撃の意志が無いことを示す。

 アリスは納得の行かなさと屈辱と安堵とを織り交ぜた深い吐息を漏らして、観念したように地面に手をつき、身を起こそうと力を籠めた。


 しかし、それは私が質問の言葉を投げつける事で停止した。


貴女(あなた)、中身が違って居るのではないですか?」


 アリスは身体を強張らせ、返答はすぐには来なかった。




 身体(からだ)を起こしたアリスだが、またしても私と向き合い、不機嫌そうな、と言うよりは不安そうな内心を隠すことをしていない。

 一方のエマは、私に突き付けた短刀は下ろしたものの、「後でお話があるよぉ」と物騒に呟いて私の背中を粟立たせる。

 アリスに見え隠れする違和感の正体を突き止める為の方便だったのだと、許して欲しいものだ。


 大体、自分だって散々マスターの悪口を言っていたと思うし、私がマスターの悪口を言っても今までは聞き流していたのに。

 狂っていたとか、直接過ぎる表現は流石に不味かったのだろうか。

 それともマスターをただの人間扱いしたのか気に食わなかったのか。

 いずれにしても、そこは悪口ではなく素直な感想なのだと許して欲しいが、言い方に気をつけなければこの後私がスクラップになるかも知れない。


 そう。


 エマはたしかにマスターに対する不満を漏らすことは有ったが、本当に心の底から悪し様に罵ったことは無い。

 食事の間、延々と人間の脆弱さ、そんな弱い人間を殺すことの無意味さを口にし続けて居ても、それでも。


 彼女なりの判断とは言え、自らのマスターを貶めるような事は言わなかった。


 私がマスターに対して「不満」を口にしても彼の尊厳を踏みにじる様な事を言わなかったから、エマは私の口の悪さも笑って見逃していた。

 そんなエマでさえ、マスターを「化け物」と呼ぶことは見逃しても「狂っていた」と吐き捨てた事と、「所詮は人間」と発言した事は見過ごせなかったのだ。


 私に何かの意図が有るだろうと察して踏み留まったが、背筋に切っ先を突き付けるという、私に対する警告を止められなかった程度には。


「中身、って、なんの事だい? 私は何処にでも有る、普通の人形だぜ?」


 そんな人形の(さが)とも言えるモノに真っ向から逆らう私と、人形としてマスターへの尊敬の念を捨てられないエマとの薄氷を踏むような遣り取りを目にして、しかし、アリスは気づいた様子も無い。

 平静を取り繕おうと彼女なりに奮闘しているのは伝わるが、成功しているとはとても言えない。


 そんなアリスに、私は同情の念すら抱いてしまう。


 根は真面目な、至って普通の――私にとってはそう思える――感性の持ち主なのだろう。

 だが、その反応、応える言葉の幾つかは、その基本素体を造った人形師の作にしては、些か不釣り合いに思える程度には違和感のあるものだ。

 それは人形としての出来不出来の問題。

 脆弱な基本構造の素体とは似つかわしく無い、複雑な、感情を持つかのような反応。

 マスター・ザガンでさえその制作には難航し、納得出来る物が完成するまで2シリーズそのものの制作には入らなかった、その程度には重要な、自律人形の核とも言えるモノ。


 人格とも頭脳とも呼び替えて差し支えない、人工精霊という存在。


 杜撰な人工精霊では、人の中に紛れる事がそもそも出来ない。

 簡単な応答ですら、重ねれば必ずボロが出る。

 人の群れの中で浮いてしまう、では済まない程に異質な存在であれば、不安に駆られた人間達に追い立てられるか、最悪狩られる事になるのが関の山だ。

 だというのに、アリスはその基本素体の出来に反して、ある意味で均整の取れた思考が出来ている様に見える。

 誤魔化し、駆け引きを仕掛け、活路を探し続ける。


 まるで、自分の境遇に納得して居ない、けれども必死に生きようとする……普通の人間のように。


「……私の身体(からだ)はおおよそ200年前に造られました。当時も今も、マスター・ザガンと彼に作られた人形(わたしたち)を超える人形師とその作品を、私は知りません」


 私は敢えて、誤解を招く言い方を選ぶ。

 まるで私が、作られた当初から同じ人工精霊であったかの様に聞こえるし、ずっと旅をして世界を巡っているようにも聞こえるだろう。

 アリスは私の言葉を黙って聞く。


 新製品のほうが性能が良い。


 そう思っている彼女は、果たして私の上辺の言葉に、何を見出そうとしているのだろうか。

「とは言え、私が旅を始めたのはおよそ1年半前の事。そして、私が私としてこの身体(からだ)に定着してから、まだ4年と少ししか経っていません」

 実際はそろそろ5年になるのだろうが、私は自身でも良く判らない心の働きに従って素直にサバを読んだ。

 とは言え、聞かされた方にとっては、4年が5年でも、大して違いはなかっただろう。


 アリスは驚愕の相を浮かべてしまってから、慌てて表情を取り繕う。


 そう、疑念を抱いたのではなく、驚愕したのだ。

 恐らく、私の言葉を受け入れる土台が、彼女の中にあったのだ。


 だからこその、驚愕。


 その反応を目にした私は、静かに言葉を重ねる。

「つまり4年前に、中身が元の人工精霊から、()へと変わったのです」

 私は一度口を閉ざし、アリスを凝視する。

 アリスは私から目を離せず、2度ほど口を開き掛けたが言葉は出て来ない。

「境遇としては貴女(あなた)に近い筈です。違いますか? 元人間のアリスさん?」

 アリスは否定も出来ず、しかし肯定する事もせず、口を固く引き結んで私から視線を外す事もしない。


 夜は深く、天頂を過ぎて傾いた月は、3体の人形を無関心に見下ろしていた。

素直な相手は良い反応をしてくれるので、会話が楽しいですね。

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