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60 観察と確認のススメ

口調がややぶっきらぼうな冒険者人形は、マリアやエマに勝てる心算(つもり)の様ですが、果たして。

 最新の製品が、必ずしも優れているとは限らない。

 勿論、大抵は最新製品が良いのだろうとは思うが、仕様変更の結果使い勝手が悪くなる程度の事は良く有る。

 コスト削減を目的に、特定の機能をオミットしてしまう事だって有る。

 使いやすくするために、限界を低くすることだって有る。

 コスト云々で言うのなら、特定のパーツを廉価品に変えてしまう事だって良く有る。


 そもそもロストテクノロジーレベルのモノを復刻しようと思ったら、当時の製作技術から復活させる必要が有るだろう。

 現代技術で代用できるなら問題無いのだが、既に失われて久しく、扱える職人も技術者も居ない技術相手ではどうしようも無い。


 魔法銀(ミスリル)の魔法伝導性を更に高める為に常温液状化させたミスリル・リキッドなんて代物、思い付いたと言うだけでも大概おかしいと思うのに、実際に作り上げるなんて、天才というより変態的だ。

 もともと室温で液状化する金属とも違う、ただの――と言うと酷く語弊が有るが――魔法銀(ミスリル)を、人形の魔力導線に充填して使いたいというだけの理由で液状化してしまう、その発想力と行動力には狂気すら覚える。


 そんな調子で幾つもの狂気的な技術(テクノロジー)が盛り込まれている、私達に匹敵するレベルの素体を作り上げようと思ったら、同レベルの狂気にその身を浸して人形作りに邁進せねばなるまい。

 とは言えどんな分野にも天才というのは現れるので、いつかマスター・ザガンを超える人形師がふらりと現れる事は有るだろう。


 だがそれは、アリスを造ったという、もう既に名前も覚えていないマスターでは無かった、そういう事だ。




「この様な荒事は、本意では無いのですが」


 倒れ伏したアリスの背に尻を乗せて、私は溜息混じりに言う。

「なによぉ。結局マリアちゃんが暴れちゃったじゃないのぉ。ズルいよぉ!」

 そんな私達に対して、お冠のエマがぷんすかと抗議の声を上げる。


 気持ちは理解(わか)る、だが。


「エマに任せたら、スクラップにしてしまうでしょう? 誰かを守るために振るわざるを得ない暴力というのも、極々稀に有ったり無かったりするのですよ」


 私が視線を向けながら答えると、エマは視線を逸して口笛を吹く。

 ベタな誤魔化しだが、それは些か古いやり方だと思う。

 思うのだが、余計な事はもう口にせず、私は視線を下げた。


「さて、実力の差も判って貰えたでしょうか? 何故貴女(あなた)が急に好戦的になったのかは非常に気になりますが、言う程興味は有りません。私達が貴女(あなた)に接触したのは、単純にエマが興味を持ったからです。ここまでで、何か質問は御座いますか?」


 少し冷めた声でアリスに確認するように問いかける。

 勘違い人形を破壊しなかったのだから、この程度の態度は許して欲しいものだ。


「夕方の、飯時に合流したような不審な旅人が、こんな時間に音を消して忍び寄って来たら警戒もするし、それが私と同じ人形だったら、襲ってくるのが確定じゃないか。現にそうなってる」


 物理的に私の尻に敷かれたアリスが、不満げな表情を隠しもせず、憎々しげに嫌味を飛ばしてくる。

 実に正しい敗者の態度であるが、夕食時を狙って合流した訳では無いし、こちらが狙って接触した訳でも無いので、そんな理由で不審がられても迷惑でしかない。

 後半に関しては一つも反論する余地が無いのも、私の所為ではない。

「マリアちゃん、ダメだよぉ? いきなり襲い掛かっちゃうとかぁ、お姉ちゃん悲しいよぉ?」

 そんな私の後頭部に、こっちは心底つまらなそうな声がぶつけられる。


 アリスの発言を真似て言うなら、夕食時の商隊に不用意に接近して合流する事になったのも、そもそもエマがアリスの気配を感じたからだ。

 トラブルに好んで近寄って厄介事の導火線に火を近付けた挙句、事態の平和的な収拾を目指した私に暴言とは、良い趣味と度胸を持った姉である。


「エマは黙ってて頂けますか? こちらに合流したのも、あの考えなしの姉の興味本位です。あの時点で、貴女(あなた)の気配に惹かれたのでしょうね」


 僅かに首を擡げた苛立ちを軽く押さえつつ、エマには効かない睨みを効かせてから、アリスの雑言に答えて事実を並べる。

 やや無理な態勢で私を見上げるようにしながら、アリスは私に視線を送ってきた。


「なんで私に興味なんか」


 心底分からない、そんな表情(かお)で私とエマを見ようと試みている。

 私が退()かないので、私はおろかエマの様子を確認することすらまともに出来まいが。


「エマは戦闘狂の素質が有るのですよ」


 そんなアリスが次の言葉を紡ぐより早く、失礼な断定を言葉に変えて突き付ける。

 失礼なのはエマに対してだから、何の問題も無いだろう。

 アリスにしてみれば、まあ、それなりに良い迷惑だったのだろうと思うが。

「……アンタはどうなんだ? 結果的にアンタが暴れた訳だけど、それは私を守るためだったとか、本気で言ってるんじゃ無いよな?」

 組み敷かれたままのアリスが、不可解さと不審さを精一杯声に乗せて言う。

 気持ちは判るが、残念ながら裏も表も無く本当にそれだけの事だったのだから、素直に首肯するしか無い。


「本気ですよ。それとも、貴女(あなた)は被破壊願望でもお持ちなのですか?」


 答えながら、もしそうだったらそれは悪いことをしたのかも知れないと、幾ばくかの反省が心に影を落とす。

「馬鹿言うなよ、アンタになら勝てると思ったし、そっちのお嬢ちゃんの方はレベルも判らなかったから、隠密系の人形で、戦闘は得意じゃないと踏んだんだ」

 しかし、アリスの返答に私の杞憂はただの考えすぎであった事を知る。


 それは良いのだが、随分と失礼で自分勝手な判断だ。


 呆れた私は漏れかけた溜息を飲み込み、代わりに言葉を落とす。

「見込み違いの度が過ぎて、いっそ笑えますね。エマは戦闘、と言うより殺戮特化ですよ? 本人の嗜好は歪んでしまいましたが」

 アリスのみならず、エマまでもが私に白い目を向けているのを感じるが、何も間違ったことを言っていない私は、動じる事もない。

 エマ本来のコンセプトとエマの好む戦闘スタイルとの間に乖離が見られる、そう言った意味での発言だが、細かな部分を省いたので誤解を招く物言いになってしまった事は認める。

 だが、私の事では無いので、一切気にしないし反省もしない。


「……ああ、見た目は可愛らしいのに、人形だから……厄介な命令の所為、か……」


 考え込んだ末に案の定誤解して、その上で何やら同情までしているらしい。

 アリスの言い回しに、微細な違和感を覚える。

 背後からの視線の圧にも変化が感じられた辺り、エマも反応に困ったのだろう。

「エマの特性を測り損ねたのも充分に過ぎる程度には間抜けですが、そもそも私に勝てると思った根拠は何ですか? レベルが近いなら、戦闘経験の差で勝てる、とでも思ったのですか?」

 私はアリスの誤解を訂正する素振りも見せず、ただ疑問に感じた事のみを言葉に変えて届ける。


 人形としては有り得ない、とは言えないが、しかし見落とすには些か大きなその判断ミス。

 その言葉に僅かに見える、小さすぎる違和感。

 私の予想が外れていなければ、エマは彼女が思っているよりも大きな厄介事の種に目を付けた事になる。

 その結果がどう転ぶのかが読めない私には、その予感が当たって欲しいとも外れていて欲しいとも言えない。


 ただただ、面倒なことにならなければ良い、そう祈る事しか出来ないのだった。

出会いからの流れが致命的に悪かった様ですが、出会い方が違えばお互い素通り出来たのかも知れません。

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