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58 立ち塞がるもの

エマが興味を持った時点で、平和に済むと思うのは楽観が過ぎるでしょう。

 冒険者、或いは兵士など、実力を測る指針として浸透している「レベル」という概念。

 傭兵ギルドや冒険者ギルドの登録証、一部の――聖教国に関係の無い――神殿等で判別して貰う、鑑定の魔法で()る等、確認方法は複数有るが、どの方法でも知ることの出来るモノは同じだ。


 ただし、レベルが同じだからと言って、必ずしも実力が同等とは限らない。


 エルフやダークエルフ等、魔力に秀でた種族に人間種が並ぼうと思ったら、まあまあ色々と払う犠牲が大きくなるだろう。

 ドワーフやオーガ等、筋力特化組に対抗しようと思ったら、どれほどの年月を修練に費やす必要が有るのか、考えて気の遠くなった者も多いかもしれない。


 そしてそれは、何も生物(せいぶつ)に限った話では無い。


 自律人形(わたしたち)の事であっても、当然の様に個々の性能差は有る。

 私とエマなら、シリーズの違い、コンセプトの違いによる差異。

 エマが積んできた戦闘経験が影響して現在の「レベル」の物差しでは私が置いてけぼりを食らっているが、基本の性能だけで言えば、私の素体の方が出来は良いのだ。


 実際の戦闘ではエマが油断して私を舐め腐って掛かってくれたお陰で勝てたという、性能での優位性を全く示すことの出来ない結果だったのだが、都合の悪いことは仕舞い込んで蓋をして忘れ去ってしまうのが、精神衛生を保つ秘訣だろう。


 ともあれ、基本性能に依らず、自身の経験で積み上げられて行く「レベル」という概念だが、多くの者はその数値がそのまま実力であると勘違いしている。

 実際それで間違いない場合が殆どなのだが、私達魔法生物、或いは意思を持つ魔法道具には、少しばかり話が変わってくる。




「私はアリス。魔導師ヘルマン作の人形さ。一応、これでも冒険者で食ってる。素性が素性だからひとつの街に長くは留まれないし、余程の事がなきゃ固定の仲間なんて望めないけど。でも、旅から旅の生活は嫌いじゃないし、苦でも無い」


 アリスが自嘲するように表情を歪めて言い、私は無言で聞き、エマは退屈そうに欠伸する。

 人形のクセに、随分と小癪な真似をするものだ。

「これでもまあまあ、腕は良い方だって言われてるんだよ。私自身の実力と言われるとむず痒いけどね」

 自嘲の色を更に濃く、吐き捨てるように言う彼女の顔はやや伏せられ、影と前髪に隠された目元は読めなくなる。

 私は目を細め、しかし無言のままだ。

「どうでも良いよぉ、アナタの境遇なんて興味無いしぃ? 私が知りたいのは、今、人間と一緒に居る理由の方なんだけどぉ?」

 エマは私の背後で、心底つまらなそうに声を上げる。

 当然の様に、小声での人形同士の会話の中で、だ。


 今更だが、普通の人間から見たら、私達は無言で向き合っているように見えるだろう。

 念話(テレパス)ですら無いただの小声のやり取りなのだが、俯瞰して眺めて考えると、不思議というよりも不審、むしろ滑稽だ。


 エマの感想は理解(わか)らなくもないが、しかし同時に、お前は話を聞いていたのかと突っ込まざるを得まい。

 確かにアリスの語った事は境遇の説明だが、そこから考えれば現状も理解出来るだろうに。


 殺す人間を選ぶようになったとは言え、そもそも人間と一緒に行動するという考え自体が湧かない、そんなエマらしい短絡さだろう。

「今、彼女が教えてくれたでしょう? 彼女は冒険者として、この商隊の護衛を受けてここに居る、それだけなのだと」

 流石に閉口したアリスに代わり、私が諭すようにエマへと向き直る。

 私自身が彼女の口ぶりに感じた引っ掛かりは、取り敢えず一旦脇へと退かして。


「そこから理解(わか)ん無いんだよぅ。そもそも冒険者になったのはなんでぇ? お金が欲しいとかぁ? それだったら、殺して()っちゃった方が早いでしょぉ?」

貴女(あなた)も意味不明な言い掛かりをしますね。現状を知りたいと言いながら、根本に対して疑問を呈されて、しかも貴女(あなた)の価値観まで押し付けられても反応に困るでしょうに。せめて段階を踏んで質問なさい」


 心底不思議そうなエマの余りにも極端な考えに、私は軽い頭痛を覚えつつ、なるべく丁寧を心掛けて口を開く。

 嘆息する私の後ろに位置するアリスが、肩を竦めて居る。


 どうでも良いが、探知魔法というものは便利である。


「流石はヒト嫌いのザガンの人形だ、言う事がいちいち怖いね。悪いんだけど、私のマスターはそこまでヒト嫌いじゃ無かったんだ。まあ、善人でも無かったけどね」

 アリスは言い、エマは納得というより、そもそも理解が出来ない様子で首を傾げ、私は振り返りつつなるほどと得心して頷く。

 自律人形を作る魔術師、或いは錬金術師が、皆人間嫌いと言う訳では無い、それはとても理解出来る。


 だが、世間一般に自律人形及びその人形師の評判が悪いのは、大体の人形が人間を含む人類を襲い、それは往々にして製作者がそのように命令したからだ。


 人間が嫌いな者、自分の造った人形が誰よりも強いのだと証明したいだけの者、特定の人物に対しての復讐心に取り憑かれた者。

 すべてがその様な者で無かったとしても、悪行は善行よりも耳に入り易い。


 多分存在した、或いは存在しているであろう善良な人形師の方々には同情を禁じ得ないが、彼ら彼女らは、自身の評判を落としている側の人形に同情されても不快なだけであろう。


 そして実のところ、私達にも呑気に同情している余裕など無い。

 私達の出来が良ければ良い程、人間に近ければ近いほど、自律人形(わたしたち)はお互いにとってとても厄介な存在になる。

 特に準備もなく出会ってしまえば相手を人間か人形か見た目で判断出来ず、しかも互いに人間に対する敵対行動を命令されて居れば、どうなるかは考えずとも判る。


 私のエマを見る目がじっとりと半眼になるが、私に非は無い。


「造った人形の性能、そこにしか興味は無かったんじゃないかな? それこそザガンの人形を超える事を目指して、研究を重ねた先で完成したのが私だったから」

 アリスはすう、と、目を細めて、その視線を私ではなく、エマに固定させる。


 彼女は、鑑定なりの魔法を使用したのだろうか。


「多少のレベルの差は有るけど、基本性能で私のマスターの設計が、何世代も昔のザガン人形に劣るとも思えないし。アンタ達がこの商隊(キャラバン)にちょっかい出す気なら、冒険者としても人形としても、見過ごす訳にはいかないね」


 静かに、しかししっかりと。

 会話を交わしたからこそ、アリスは戦闘の意志を持ってしまったらしい。

 対するエマは愉しそうに口角が上がり、私はうんざりと肩を落とす。


 レベルという概念の呪縛。

 鑑定を使用したなら、或いは却ってそれが、アリスの目を曇らせたのかも知れない。


 本来であれば他人様(よそさま)の造った人形が分解(ばら)されようが爆砕(やか)れようが知ったことでは無いのだが、ここは場所が悪すぎるし、環境も悪い。

 何よりも、私自身、まだこの人形(アリス)に訊きたい事が有る。


 冒険者人形と殺戮人形、血の気の多い厄介者に挟まれ、私は静かに、苛立ちの吐息を漏らすのだった。

随分と考え込んだ様ですが、予定調和になりそうです。

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