57 他者製品
別マスターの人形。構造、魔法式、人工精霊。興味は有ります。
私、と言うより元は先代が使用していたこの身体を造ったマスター・ザガンは、なんだか人間種を嫌っていたらしい。
彼が造った自律人形達の大半、いやほぼ全ては「人間種を殺せ」と命じられている。
あくまでも「人間種」、いわゆる人間と聞いて連想する普通の人々がターゲットであり、エルフだとかドワーフだとか、変わった所で言うとゴブリンなんかも、特に敵対的な態度を向けられない限りは攻撃対象には含まれない。
この世界では「人間」と言ってしまうと「人類」と同義、と言われる程度には幅が広いので、態々「人間種」と限定して居るのだ。
実に細かいと言うか、念の入れようでは有る。
まあ、その程度には嫌っていたのだろう。
私はそんな命令を受けては居ないが、だからと言って人間種の味方になってやろうとも思っては居ない。
礼儀には礼儀で返すし、敵意には敵意で対するのが私の基本スタイルとなる。
エマは命令に忠実では有るが、基本的な性格が面倒臭がりで、人間狩りにも飽きている様子だ。
ならばマスターの命令に背くのかと言えばそんな心算が有る訳もなく、そもそもの命令で「自由に動け」的な文言が含まれているのを良い事に、ここ最近は「楽しそうな相手か、向かってくる相手」しか襲っていないらしい。
実に没個性的な存在であり、攻撃的な態度で迎えた初対面では無かった筈なのだが、何故私は襲われたのか。
詳しく説明を求めたい所である。
私が初めて出会った、別のマスターの手による自律人形。
アリスは私達の姿を確認すると、はっきりと警戒の色を浮かべ、腰に差しているダガーに手を掛けた。
さて、彼女は私達の正体に気付いているのだろうか。
「確か……晩飯どきに街道彷徨いてた旅人だったか? 寝静まったキャンプで、何をしようってんだ?」
冒険者として活動しているらしい彼女は、見張りとしての本分を全うしようとしている。
これだけでは、私達が不審だから警戒しているのか、私達の正体に気づいてのそれなのか、判断が難しい。
「少し、お話をと思いまして」
私は声を極端に――普通の人間では聞き取れないであろうレベルにまで落として押し流す。
アリスは聞こえているのか居ないのか、目立った反応はしない。
聴覚機能が私達より劣っているのか、それとも。
「誤魔化して、どうにかなると思ってるぅ? って言うか、いつまで人間のフリしてるのぉ?」
エマが、やはり小声で空気を揺らす。
その両手にそれぞれ握られた短刀と言葉の内容、どちらも無視する訳にも行かなくなったアリスは、静かに、しかし素早くダガーを抜き放ち、身構える。
「エマ。相手が仕掛けてくるまで、手を出してはいけませんよ?」
「……はぁい、理解ってるよぉ」
警戒の針が振り切った相手を前に、しかし私は慌てもせず、エマが暴発しないように手綱を握り、エマは気のない返事を私に向ける。
そんなエマが元々乏しい緊張を解き、肩を竦めて見せる様子に、私は内心で、アリスは目に見えて安堵した。
一瞬、ほんの少し私の声掛けが遅かったら、飛び掛かっていただろう。
根拠は無いが確信めいた物を、私もアリスも抱いていたと思う。
人間相手の殺戮行為を繰り返すうちに戦闘が楽しくなったらしい人形は、その興味を人間だけでなく、強い者全般へと移しているらしい。
この先いつまで私が手綱を握っていられるか、そもそも現在ですら私の指示に従っているのか不明な状況で、将来を考えれば不安しか無い。
暗澹たる現実に嘲笑代わりの溜息を吐いて、私はエマの前へと歩み出る。
劇物から完全に目を離す程、私は大胆でも危機管理というものを甘く見ている心算も無いので、探知でエマの状況だけはリアルタイムで確認し続ける。
危険なのは背後の仲間、と言うのは読み物としては面白いが、実生活では遠ざけたいものだ。
「アンタ達は何? 私のマスターとは違うトコの人形だとは思うけど」
観念したのか、アリスはやはり小声で、周囲には聞こえないであろう会話に答える。
「私達は錬金魔導師、サイモン・ネイト・ザガンの作品です」
ようやく会話が出来そうな気配に、簡単な自己紹介を始める。
だが、名乗る前の段階だと言うのに、アリスは不審げだった表情を険しくし、顔色は悪くなる。
なかなか良く出来た人形だ。
「ヒト嫌いのサイモン? マスター・ザガンの人形だって?」
身構えるアリスの発する声が、少しだけ大きくなる。
それでも周囲に漏れるような事は無いが、人形同士の会話としては、それなりに大きな反応とも言えるだろう。
……いや、私とエマの日常を思い返せば、全然大きくないな。
ともあれ、我がマスターは同じ人形師界隈でもそれなりに有名らしい。
没してすでに200年は過ぎている筈なのに。
「そうだよぉ? 私はエマ、こっちはマリアちゃん。で、アナタのお名前は?」
私の後ろで、エマが自己紹介の続きを受け持つ。
雑な紹介では有るが、少なくともエマの名前はあちこちに出回っているので、知っているのでは無いだろうか。
「マスター・ザガンの『爆殺』エマか。厄介なモンを取り込んじまって、どうすんだ……? それに、マリア? そっちは聞かない名だね」
油断なく私とエマ、恐らくエマの方に特に注意を払いながら、闇に溶ける金色の髪を揺らせ、アリスは口を開く。
まあ、私の名はそもそも秘匿されているに等しい状況だったのだから、反応としては妥当と言える。
「私はマスター・ザガンの最後の作品、『墓守』マリアと申します。以後、お見知り置きの程、宜しくお願い致します」
だからと言う訳でもないが、殊更丁寧に腰まで折って、私は自身の名を告げる。
私の言葉とエマの変わらぬ姿勢、双方から私が嘘を吐いていないと判断した様子で、アリスはゆっくりとダガーを腰のホルスターへと戻す。
敵対の意思は無い、そういう事なのだろう。
「ホントかウソか、確認するにもリスクがでかいな。話に聞く狂人サイモンの最後の人形なんて、ゾッとしないね。で? アンタらは、この商隊に目を付けたのかい? 出来れば見逃して欲しいんだが、無理な相談かな?」
最早声よりも数段大きな溜息を吐き散らして首を振り、アリスは肩を竦めて見せる。
狂人サイモンとは随分可愛らしい愛称だが、私の持つ印象もそれと変わりが無いので訂正を求めることもしないし、それはエマも同じらしい。
気を悪くした様子も何もなく、エマは私の後ろでのほほんと突っ立っている。
その手にした短刀を、きつく握り締めて。
「んー? 私達は、別にここのヒト達に興味はないよぉ? ただ、人形が人間と一緒に仲良く旅してるみたいなのが気になってぇ、お話しに来たんだよぉ?」
そんなエマが特に敵意も無く能天気に言い放つと、アリスは口を閉ざしたままで私に不審げな視線を向ける。
私が頷いて見せると改めてその目をエマへと戻し、そして大きく肩を落とす。
「何だよそれ……。私が、アンタらの興味を引いちまったのかい」
人間の耳には届かない程の小さな空気の振動は、しっかりと私とエマに届く。
私の後ろで小首を傾げるエマには理解らないだろう。
面倒事に直面し、それが自分の所為かもしれないと知らされた彼女の嘆きに、私は大きな共感を覚えるのだった。
話が分かると言うよりも、なんだか妙な人形です。