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5 森の安息

すれ違いには気づいていますが、原因には思い当たりません。

 人形も眠るのかと問われたら、当然の事だと答える。


 肉体的な疲労は無いに等しいのだが、精神は疲労する。

 或いはそれは、中身である「私」が元人間で有るが故の疲労感なのかも知れないのだが、事実疲れるのだから仕方がない。


 もっとも、可能であるなら眠りたい、と思う程度であって、眠らずとも問題は無い……筈である。

 試したことは無いが、先代がそう言っていたのだから、そうなのだろう。


 だからと言って、問題無いなら眠らずに過ごすかと問われるなら、御免被ると真顔で答えてみせよう。


 ……ぐだぐだと益体もないことを考えているのは、つまり目が醒めたからであって。

 初めて客人を迎え入れた夜が明けた、という事で。


 昨夜号泣させた相手に朝食を振る舞う必要が有る以上、いつまでも思考を逃避させている訳にも行かない、という事なのだ。


 ……誰か代わって欲しい。




 ドア越しに声を掛けて、相手が起きていることを確認してから、朝食の準備と称して早々にキッチンへと逃亡を果たす。

 子供相手の機嫌の取り方も、先代に教えて貰うべきだった。


 手持ちの魔法の中に死霊術も無ければ反魂法(はんごんほう)も知らないし、口寄せによる霊との対話なんて芸当が出来る訳も無い。

 そうである以上、私自身が知恵を絞る必要が有る訳だが、絞った程度で出てくる知恵なら苦労もすまい。


 キッチンでお手製の食パンをトーストし、スクランブルエッグとフォレストボアのステーキを用意していると、ダイニングの扉が開いた気配がする。


 ちゃんと聞いて貰えているかイマイチ自信の無い説明だったのだが、きちんと伝わってくれていたようで良かった。

 ホッとして手元に目を落とし……朝食と言うには少しばかりヘヴィな内容に、我ながら閉口する。


 深刻な野菜不足なのだから、已むを得ない。


 己に言い聞かせてから、2人分の食事を、いそいそとカートへ乗せるのだった。




 怖い人……お姉さんは昨日と変わらず、無表情で、だけど朝ご飯を用意してくれていた。

 焼いた薄いパンを2枚と、ふわふわの卵、そして、多分ボア肉のステーキ。


 朝から凄く豪華だけど、本当に、これは食べても良いんだろうか?


 恐る恐る顔を上げると、お姉さんと目が合う。

「……どうぞお召し上がり下さい」

 お姉さんは、少しだけ私の目を黙って見た後、静かに口を開いた。

 背筋を、昨夜感じた恐怖が這い上がってくる。


 私は、まだ赦されて居ない。


 そう理解させられる程、その顔に表情は無かった。

「あ、ありがとうございます」

 答える声が震えてしまうのを、抑えられない。


 まだ、食事は出して貰えている、まだ、追い出されもしないし、殺される事もなさそうだ。


 だけど、次に彼女の機嫌を損ねたら、もう容赦は無いだろう。

 震えてフォークを落としそうになる左手に必死に力を込めて、耐える。


 失敗してはならない。

 失敗してはならない。


 目尻に浮かぶ涙を強引に押し留め、私は、もう味も分からない朝食を、失礼にならないように気をつけながら。

 彼女の怒りに触れずに済むよう祈りながら、黙々と手と顎を動かし続けた。




 気の所為だと信じたかったし、私の考えすぎだと笑いたかったので努めて平静を装い、触れないようにしたのだけれど。


 昨夜助けた子は、物凄く緊張した様子で、物凄く必死で真っ白で強張った表情で。

 涙なんかも浮かべちゃったりしてるし、良く見ると手も震えてるし。


 どうしてこうなった?


 可哀想で見ていられないのだが、どう声を掛けたものか見当もつかない。

 だからといって黙っているのも気まずい。

 私は、こんなにも人とのコミュニケーションのとり方を知らない(ほう)だっただろうか?


 いかん。


 こんな重苦しい食事、楽しくもなんとも無い。

 と言うか、目の前でほぼ泣きながら食事に手を伸ばす少女を見てしまっては、幾ら何でも楽しい食事になりよう筈もない。


「パンの焼き加減はいかがですか?」


 黙っていると圧を掛けていそうな気がしてしまい、なるべく優しい声をイメージして(当人比)、なるべく優しく微笑んで(見えると良いな)、穏やかに話しかける。

 私にしては穏やかだろうと、私は思う。


「あ、ええと、おいしいです!」


 一拍おいてから浮かんだ涙を左腕で拭い、緊張の面持ちで返事を返してくれる。

 健気なのだが、翻ってみればそうしないとヤバいと思わせている、と言うことなのだろう。

 そう考えると心がささくれていくのが判るが、多分、元を正せば私の自業自得なのだ――と、思う。


 どこでボタンを掛け違えて、こんな事になった?


 怯える少女ににこりと笑顔を向けてから、私は考え込む。

 やはり、魔獣とは言え爆散させたのは、刺激が強すぎたのだろうか。

 私は思い出すのも嫌だったのだが、やはり自己鍛錬をやり直さねばならないかと、心の中で溜息を()く。


 この持ち運び式の住居は中が異常に広く、その中には修練室もある。


 先代についぞ褒められた事のなかった魔法に加え、意外といけそうな肉弾戦についても考慮して、身体(からだ)の動かし方の基本からトレーニングをやり直そうと心に決めていた。

 とは言え、2日3日で劇的に変わるものでもないし、ある程度気長に見るしか無いのだが。


 私はそんな事を考え、ここを出て旅を再開するのは少し時間を置いてから、そう少女に告げ、食事を終えた食器達を回収する。


 告げられた少女は、やはり怯えた表情でぎこちない肯定の返事で、私はちょっぴり心の傷を深くしたのだった。

すれ違いを解消する術も、思い当たらないようです。

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