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54 のどかな出会い

何事もなければ、それが一番良い事です。

 次の目的地と定めた領都トアズまでは、素直に街道を辿れば3週間程度だろうか。

 地図上で見れば案外近いのだが、それは地図だからで、実際に移動、それも徒歩となるとその程度は掛かるだろう。


 全力で走ればだいぶ変わるだろうが、生きている街道に出たら旅人やらの姿も出てくる。

 そんな中を、とても人間とは言い難い速度で走る程、好奇心旺盛ではない。


 ともすれば街道を逸れて北上したがるエマの手綱をどうにか操り、荒れ果てた旧城塞都市から伸びる廃街道を抜け、きちんと整備されていて、時折乗馬したそこそこの装備の兵士達が巡回する生きた街道に出たのは、聖教国の自称勇者と執行官達とのじゃれ合いからおよそ1週間が経過した頃だった。




「ほうほう。特に目的もない、旅の途中かあ。若い嬢ちゃん2人で、危なく無いのかい?」


 薪の爆ぜる音を耳に、舞う火の粉を眺めて、私は何故こんな事になったのか、恨みがましい視線を隣に座り込むエマへと向ける。

「大丈夫だよぉ。私もマリアちゃんもぉ、すごく強いからぁ」

 トアズへと向かう商隊の馬車を預かる御者の1人、老いた男の素朴かつ心底からの心配に、エマはとても軽く、普通に聞いたらとても説得力のない答えを返している。

 エマだけが頭が悪い様に見えるなら問題無いしむしろ間違いでは無いのだが、一緒にいる私まで同類扱いされてしまっては堪らない。

「ご心配には及びません。私もエマも、護身術は相応に修めています」

 エマとは対称的に表情を消している私が、エマの言葉を内容そのままに、比較的丁寧に言い直す。

 しかし、結局自信の根拠にはなっていない。

 焚き火を囲む輪の中で、特に若い男共の視線を鬱陶しく感じながら、とっとと魔法住居(コテージ)に逃げ込みたい衝動に駆られる。


 夕刻を過ぎて陽も傾き、そろそろ魔法住居(コテージ)に帰るための場所を探そう、と言う事になった私は、タイミング悪く街道沿いでキャンプしている集団に、聞こえないように舌打ちしていた。

 人目を避けたいのに思い切り人が居る、というだけの理由……だけではなく。


「おうん? 嬢ちゃん、もう陽も暮れるぞ? 寝床の用意が無いなら、ここで休んでいったらどうだ?」


 考え込む私の耳に届いたのは、本当に心配していそうな響きを含む声。

 反射的に目を向けた先に居たのは、老齢と思われる、がっしりした体格の男だった。

 その背後に数人があれこれ動き回り、野営の準備を行っている様子が見える。

 彼が物珍しさや単なるナンパ目的では無い事はその表情で判ったが、作業で動き回る複数の男達の姿に、私は出来る限り丁寧に遠慮を申し出ようとした。

「お気遣い有難う御座います。折角ですが、私達は――」

「ねえねえ! 人がいっぱい居るけど、何してるのぉ!」

 それを遮ったエマが、複数停車している大型の馬車達を見ながら、あろうことか老人の方へとほいほい歩いて行く。

 エマの危機感のなさを案ずるべきか、老人の身の安全の為にすぐにエマを止めるべきか、判断に迷う私は言葉を継げず、結局はエマの行動を見守る事になる。


「俺達はトアズへ向かう途中で、今は野営の準備中さあ。夜はトアズからの巡回兵も無いからなあ。厄介事は御免だし、大人しく飯食って寝ようっちゅう訳だ」


 特大の厄介事の火種に話し掛けているとは気付きもしない老人が、ニコニコ顔で答える。

 既に老境へと踏み込んだ彼の顔には妙な下心など一切見えず、エマに対する様子は、孫を相手にしているかのようで微笑ましい。

 そんな老人と私達に気付いてこちらを見る数人の若い男の方は、果たしてどうなのか知ったことではない。


「あららぁ。盗賊とか、出ちゃうのかなぁ?」


 何故か楽しそうなエマの声に私の背筋が僅かに粟立つ。

 私が走らせる探知の魔法では、周囲半径900メートル以内には、この集団以外の()()は存在していなかった。

 他の旅人も、どうやらだいぶ離れた所にキャンプを張っているようである。

「さてなあ。ここ最近そんな噂は聞かないけどな? ほれ、手癖の悪い冒険者やら旅人やらが居ないとも限らんしなあ。巡回してる兵とかが居れば通報も出来るが、居なきゃどうも出来ん」

 言って、老人は肩を竦める。

 老人は親切心から手癖が悪いでは済まない相手に声を掛けた訳だが、親切心が仇になる場面というものはなんとも遣り切れないものだ。


 私もまた親切心を発揮して、速やかにこの場を離れるべく腰を折り、頭を下げる。


「そぉなんだぁ、それは危ないねぇ。マリアちゃん、今夜はこの人達と一緒に居たほうが良いかもぉ?」


 しかし、今度は言葉を発する前に遮られる。

 頭を上げると、エマが実に楽しそうに笑っていた。

 その笑みの意図を読み取れず困惑の視線を向けるが、当然のようにエマから私への返答は無い。


 そして私達は、好々爺風の老人の取り成しで商隊の纏め役に引き合わされ、一晩の合流を許可されたのだ。

 特に必要無かったと言うのに。




「エマ。説明を求めます」

 口を開くと文句と暴言しか出そうにない私が、苦労して短く問い掛ける。

 今の私の顔は、無表情では済んでいない自覚が有る。

「えー? だってここ、いっぱい人間が居るんだよぉ?」

 しかし、私を前にしても怯むこと無く、全くのいつも通りのヘラヘラした笑顔でエマは答える。


「楽しそうだねぇ。楽しいだろうねぇ。そう思うよねぇ?」


 凍りつくような無表情な私と、闇が滲み出してくるような笑顔のエマが向かい合う。


 人が良いだけっぽい老人や商隊の若い男達に囲まれてヘラヘラ笑うエマにどうにも不穏な気配を感じ、適当な理由を付けて人目につかない馬車の影に連れ出したのが数分前。

 周辺警戒のための探知魔法は展開中なので、人が近付けば判る。

 私は溜息を()いてそれでも目を逸らさず、エマの言葉と態度を受け流す。

「そもそも貴女(あなた)はそんな心算(つもり)も無いでしょう。偽悪ぶるのは辞めなさい」

 エマの目を真っ直ぐに見つめて言うと、彼女は意外そうに目を見開いて、邪悪な笑みを消す。

「ええー。ノリ悪いぃ。もうちょっと付き合ってくれても良いのにぃ」

 すぐにヘラリと笑うエマだが、もう既に滲み出るような殺意は消え去っている。


 エマがこの商隊に興味を惹かれ、私が忌まわしく思ったのも、恐らく理由は同じだ。


「だってさぁ。()()()()()()()()()()()()、ご挨拶しないのも失礼かなぁって」


 そんな私の疑念が、エマの回答で確信に変わる。

 ベルネでの1年間は良いように使われただけの期間だったが、真剣に私を悩ませるような問題が山積みになることは無かった。

 そのベルネを離れて4ヶ月弱、面倒事の遭遇率はともかく、特定の出来事に絡む率は激烈に上昇した気がする。


 私は見慣れぬ星々が浮かぶ空を見上げ、考えることを放棄した。

何事もなく済む程、旅路は優しく有りません。

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