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53 相談事が雑談に変わる病

今後の予定と、人形の存在の確認。きちんとしなくて良いのでしょうか。

 肉を食べると肉が生える。

 何を言っているかと思うだろうが、自分でもそう思う。


 何も無い、テーブル代わりに出来そうな岩塊も切り株もない、勿論椅子代わりになるモノなど無い中で食事をする気もせず、生肉にかぶりつく程緊急の状況でもないので、素直に魔法住居(コテージ)へ帰った私は騒ぐエマと共に適当に肉を焼き、調味料とやはり適当に作ったソースで食事タイムを優雅に楽しんでいた。


 右腕は人工筋繊維のケーブルが幾本か纏わり付いた、遠目に見たら理科室の人体模型の前腕骨格が剥き出しになっている訳だが。


「ねぇねぇ、マリアちゃん。腕が直ったらぁ、私がお洋服繕ってあげるよぉ?」

「結構ですから、大人しく食事なさい。貴女(あなた)は単に、裁縫作業がしたいだけでしょう」


 やけにソワソワしていると思えば、私の服が気になって仕方がなかったらしい。

 なんとなくの流れで渡してしまったら、勝手にデザインが変えられてしまうか、サイズダウンされてしまう予感がする。

 そんな危機感の下、ピシャリと提案を切り捨てたのだが、エマは諦める様子もない。


「えー。良いじゃないぃ、お洋服直してあげるよぉ」


 言いながら、宝剣を取り出す。

「それは洋服を繕うために使用する道具ではありません、すぐに仕舞いなさい」

 肉を切り分けて言葉をエマに叩きつけてから、肉片を自身の口腔に放り込む。

 適当に作ったステーキもどきだというのに、なかなかに美味だ。

 私もなかなか、調理の腕が上がったようである。


「布、斬れるよ!」

「そんな大仰な物で無くても、布は裁断出来ます。宝剣はもう少し大事に扱いなさい」


 何故得意気な顔が出来るのか、さっぱり理解(わか)らない。

 取り込んだ肉――と、ストックしていた疑似人工外装類の素材――が、肉体の発する修復命令に従って疑似筋肉と疑似脂肪を作り上げ、人工皮膚に包まれていく。

 痛みという感覚は一切ない身体だが、視覚的な気色悪さは遮断出来ない。

 素直に視界から外し、蠢くように肉が盛り上がり再生していく様を無視して、しかし私はナイフとフォークを止める。


「……北へ向かいたいのですが、エマはどう思いますか?」


 同じマスター作の人形が居るかも知れない、一層胡散臭さを増した聖教国。

 エマを半壊し、何処かへと消えた何者か。

 他にもマスター・ザガンの人形は何処に居るか知れたものでは無いし、西――現在地から考えたらほぼ南――の双子魔導師だって、敵になるか味方に出来るか判らない以上、下手に接触したくは無い。


 出会いたく無い存在は増え、もう、何処に向かってもどれかに遭遇しそうで、大人しく霊廟に帰ろうかとも考えてしまう。


 しかし、せっかく楽しもうと決めて始めた旅だ。

 何かこう、同じ人形を感知出来る魔道具でも出来ないものか、そう考えるが、アイディアなど有る訳も無い。

 一方的に感知出来てしまえば避けることも出来る、と期待するのだが、実現できない事を夢想しても仕方がない。


「北ぁ? 海、遠いんだよねぇ? うーん……別に良いけど、何か面白いモノは有るのぉ?」


 答えるエマの判断基準が明瞭すぎて、いっそ羨ましい。

 私はと言えば、美しい景色、美味なる食物、人の行き交う街の光景、珍しい食材……気になる事、見たい物が多過ぎる。

 見たい事、やりたい事がこれほど有るのに、多少の障害の気配に臆するのも悔しいものだ。

 かと言って、その障害は私の生命(いのち)を脅かす。

 しかも、下手に旅路を進みすぎた感が有り、今更素直に来た道を辿った所で、それが安全に繋がるとは自信を持って断言出来ない。


 ……無事に戻れたとしても、ベルネでイリーナに顔を合わせるのは気まずいし。


 霊廟に戻るルート上にもささやかな障害を見出し、途方に暮れる思いだ。

 私は自己嫌悪に繋がる思考の道を強引に閉ざし、小さく吐息を漏らしてから、いつしか天井に向けていた顔をエマへと向け直す。

「面白いかどうかは判りませんが、北に向かうと領都トアズです。このまま街道沿いにもう少し西に出て、それから北へ向かう形ですね」

 ベルネで更新した地図情報に遺跡からの移動距離をざっくりと割当て、今の私達の居る地点に当たりを付けてから答える。

 ベルネが所属する、カルカナント王国――だったと思う――トアズ領の領都。

 清潔感は別として、活気と規模ではベルネの方が上だと言われているが、街並みの壮麗さは王国一、とも称される。

 ベルネで潤った領主様が、頑張って整備を行っているのだと思うと頭が下がる。

 真似したいとは絶対に思えないが、それだけに畏敬の念すら覚えると言うものだ。


 余談だが、イリーナが住んでいたワクタナとか言う名の寒村はギリギリ領内らしいが、私が住んでいた霊廟は実は他領どころか他国で、時代や状況が違えば、あの時点で私は不法入国者だった訳だ。

 平和な時代と言うものに、祝杯を上げても良いだろう。


「トアズぅ? 行ったこと有ったかなぁ。ちょっと覚えてないけど、聞き覚えは有るかなぁ? まあ、どうでも良いかぁ」


 何やら考え込むフリをして、すぐにそれを放棄し、エマは能天気な声を上げる。

 どうせそんな所だろうと思っていた私は、驚きも呆れもしない。

「でも、街道沿いに行くのはつまんないなぁ」

 しかし、続く言葉は予想を少し逸れて飛んで来た。

「つまらないって……歩きやすいだけでも充分助かりますが。何が不満なのですか」

 そもそも領都に近づく道だ。

 エマが期待する様な()が起こる確率は、だいぶ低いだろう。


 領都周辺の街道は、恐らく衛兵ではなく領軍が巡回していると、私は予想している。

 間に幾つかの街や村が有るとは言え、ベルネへの道だ。

 領都へ続く「富の道」で賊が跋扈していては、沽券に関わる。

 そんな賊共にとって危険な道で、仕事をしようとは彼らも考えないだろう。


「でも、馬鹿ってどこにでも居るしぃ?」


 私の考えを読んだ訳でも無いだろうに、実に良いタイミングでエマが疑問を挟む。

 少し見直してエマに視線を送ると、なるほど確かに。

「……そうですね。今、ちょうど私の目の前にも居ますね」

「私は馬鹿じゃ無いモン!」

 私が言い終わるより早く、テーブルを叩いて立ち上がる。

 うんうん、自分の事は良く判らないものだ。

 少しだけ私を睨んだエマだが、すぐに席に座り直すと、何やらブツブツ言いながらステーキを切り分ける作業に戻る。

 馬鹿な子ほどなんとやら言うが、あれはあながち間違いでもない様だ。


 とてつもなく危険な人形である事に目を瞑れるなら、という、だいぶ高いハードルを超えられたら……だが。


 あと、さり気なく手を付けているが、なんで今回破損していないエマが3皿目に手を伸ばしているのかが理解(わか)らない。

 これは文句を言っても良い場面だろうか。

「まあ、領都まではまだ距離も有りますし。お姫様の気まぐれにお付き合いするのも、悪くは無いでしょう」

 口から飛び出し掛けた文句を飲み込み、代わりに、賛同を真似た嫌味を飛ばす。

 一緒にされたら世の姫君たちが一様に難色を示しそうな存在は、私の言葉に少しキョトンとして、すぐにヘラヘラと相好を崩す。


 上機嫌になるのは結構だが、少しは謙遜して見せる事もしないのか。


 いよいよ呆れて言葉もない私だったが、すぐに、下手に言葉を掛けても良い様に受け取られるだけだと悟る。

 私は思考を放棄し、せめて、暫くは大きなトラブルに巻き込まれない事を、誰にとも無く祈るのだった。

危機感、緊張感、真剣さを持続する大切さを、この2体には学んで欲しいものです。

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