51 旅路の陰影
お客様のおもてなしは、上手に出来たでしょうか。
泣く子をあやすのは、労力が要る。
宥め賺し、機嫌を取り、素直に話が出来るようになるまでは時間も掛かる。
子供のように泣きわめく彼女が私の質問に素直に答えるようになったのは、つまりそれ相応の手間と時間を要したと言う事だ。
代償として彼女はその両手足を失ってしまったが、私が悪い訳では無い。
最初から素直に質問に答えていれば無駄に痛い目に合わずに済んだ事は、彼女だって理解しているだろう。
「それでは、質問に素直に答えて下さい」
私の静かな声に、光の消えた瞳で「はい」と弱々しく答えたのを確認して、私は小さく頷く。
失血死するまでには、訊いておかなければならない。
執行官の男の方を解体し終えたエマは、可食部分を収納し、それ以外は焼き払った。
具体的には両手足の肉だ。
私が相手していた女の両手足がグズグズに叩き潰され四散している様子に、「お肉がもったいなぁい」とか呟いてから、先に襲ってきた自称勇者達の残骸の方へと向かって行く。
まあ、いつ補修素材が必要になるとも限らないのだし、ストックを確保しておくのは良い事だ。
私はあまり人の肉を口にする気にはならないが、分解して取り込んでも効果は同じなので、たまに襲ってくる盗賊やらの部位は一応確保している。
エマ戦での回復には他の動物の肉を使ったのでまだそちらには手を付けていないし、動物や魔獣の肉はまだストックがたっぷり有るので、暫くは備蓄庫の中だろう。
応急で使える程度の肉類は、金属類のインゴットと共に手持ちの魔法鞄にも保管しているので、まあ、多分安心だろう。
冷めた目を虚空から女へと戻し、そして私は質問を開始する。
強引な回復魔法などを挟みつつ、私たちの知りたかった事の幾つかに答えた女は静かに息を引き取り、私の炎熱魔法で灰となった。
ついでに私の右腕は、肘から先の皮膚やダミーの方の人工筋肉や衣服も燃えて溶け落ちた。
私の敵は、イマイチ制御出来ない魔法そのものかも知れない。
「聖教国ってぇ、なんて言うかぁ……ぶっ飛んでるねぇ」
いつの間にか私の後ろで地べたに座り込み、膝を抱えて私の優しい尋問風景を眺めていたエマが深々と溜息を吐きながら言う。
ぶっ飛んでると言うなら、視点を変えれば……人間側の視点で言えば、間違いなく私達なのだろうが、そう思っても尚、エマの台詞を否定するための言葉を口にする気にはなれない。
「まあ、自分達の手駒にするために生贄まで用意して、他所の世界から人間の魂を取り寄せる様な連中ですよ。まっとうな訳は無いでしょう」
生贄の生命と、異世界から呼び寄せる生命。
単純に1つの手駒を作るために2人殺して、生贄の身体に呼び寄せた魂を定着させて勇者だ救世主だと持ち上げる。
ひとりは救ったとでも言う心算なら、とんだ勘違いだと鼻で笑って吐き捨てて差し上げる他無い。
他人様の都合を完全無視して一度殺してるというだけで、褒められる要素など絶無だ。
あまつさえ、ひとりは帰って来るチャンスすら与えられない。
所詮は今の私と同じ、殺人者と変わりはしないのだ。
溜め息を落としたい気分で、私は先程までの遣り取りを思い起こす。
ロクでもない、関わりたくない国ナンバーワンだが、関わらないためにも情報は持っていた方が良い。
そう判断したし、エマの希望もあっての面倒な尋問作業だったのだが、終わってみれば疲労が私の心にこびりつく。
私が執行官様に確認したのは、主に以下についてだ。
勇者様は何人居て、聖都に残っているのは何人か。
執行官他、暗部の連中は何人居るのか。
召喚術等という外法を取り仕切っているのは、聖教国の幹部の誰かなのか、中枢が取り仕切っているのか。
中枢がそんな有り様だとしたら、その主だった連中の名は覚えているか。
そして、「人形狩り」とは何か。
何故、噂程度の事に執行官を回すほど、人形に興味を持っているのか。
正直、勇者様等というハズレ扱いの量産兵士に興味は無いが、どの程度の規模でこの世界にバラ撒かれたのか、知っておいて損は無いと思ったのだが……特に聞いた意味は無かった。
300人は聖都から体よく放り出されたらしいが、それぞれがどうしているのか、生きているのか死んでいるのかは不明なのだという。
当の勇者側から報告が有るか、他所の国で迷惑を掛けて抗議が来るまでは放置しているのだとか。
まだしも素直に勇者様をやって、訓練を受ける気の有る「聖都お抱え勇者」はともかく、ハズレの上に使えない駒は早めに切ると言う事だろう。
そして、そんな判断を聖教国の中枢――アタリとして暗部に抱え込まれ、そこから成り上がった連中が下していると言うのだから救えない。
地球から拉致された連中が、同じ境遇の人間を当たりハズレで仕分けて、ゲーム感覚で処理する醜悪な滑稽さよ。
「結局人形狩りと言っても、人形の正体どころか噂の真偽もロクに確認出来ない状態での人員派遣のようですからね。人数が少なかったのは、そんな事情でしょう」
最近は減らそうと努力している溜息をここでも飲み込み、私は少し遠くに目を向けて言葉を結ぶ。
召喚とやらの頻度はこの数年は年に2度程度を目安に行われているという。
取り仕切っているのは、聖教国の中枢の者たち。
つまりは、一部の狂信的な者の暗躍とかそういうことでは無く、国として積極的に行っていると言う事だ。
そんなに頻繁に世界を隔てる壁に穴を開けて、双方の世界に悪影響が出ないとも思えない。
果たして、アタリの景品はそこまで程魅力的なのだろうか。
「そうなのかなぁ? 単に、自律人形を舐めてたんじゃないのぉ? まあ、あの子達が探しに来たのは私達じゃなくて、アイツなんだろうけどぉ」
エマは暇そうに宝剣を取り出し、その刃を眺めながら言う。
恐らく、エマの言う通りな部分も有ったのだろう。
少なくとも、聖教国中枢の一部では。
「否定は出来ませんが、それでも、エマも聞いたでしょう? 私には、どうしても気になる名前が有ったのですが」
私の声が、僅かな陰鬱を孕む。
死ぬ前に答えた彼女は、中枢に食い込む人間達の全てを知っていた訳では無かった。
真偽確認の為に判別の魔法も使用してはいたが、そもそも偽れば私の折檻を受けると文字通り骨身に染みた彼女は、素直に答えていたので間違いない。
執行官として中堅の位置に居た彼女だが、不必要に名前を明かす事はせず、仲間であってもその態度を崩すことは無かったようだ。
そしてそれは彼女に限った事ではなく、中枢に位置し、かつ表に顔を出さねばならない者を除いて、特に執行官は番号や適当な渾名、通り名で呼びあっていたらしい。
そんな彼女が記憶していた、表にも顔を出していた者達の名。
特に国を動かす立場と目される者たちの中に、私とエマ、両方が反応した名前が有ったのだ。
「あー。聖女様、だっけぇ? 名前だけじゃ何とも言えないしぃ? そもそも人間種至上主義みたいな国なんでしょ、聖教国ってぇ。そんな国にぃ」
エマの言葉に、私は視線をそちらに向ける。
「私達と同じ人形が混ざってるって、ちょっと考えられないんだけどぉ?」
おちゃらけて答えようとしているようだが、エマの表情は内心の複雑さを映し、眉根が寄っている。
聖女リズ。
私達は、同じ名を持つ人形を知っていた。
ただの偶然、考えすぎだと思います。