50人形との問答
質問とか言うものは、する側の態度も重要になります。
酷く記憶が曖昧で、その時に何が起こったのか、私自身は覚えていない。
目が覚めた時、私は別人になって居た。
まるで違う世界で、見覚えの無い、全く見知らぬ他人の顔が、鏡越しに私を見つめていた。
魂が形となった真の姿なのだと説明されたが、すぐにそれは嘘だと知った。
そもそも、そんな胡散臭い説明を信じることなんか出来なかったけど。
私は、望んでも居ないのに、こんな世界で。
気付けばとても過酷な訓練に放り込まれて、執行官なんて肩書を押し付けられ、汚れ役をやらされた。
定期的にやって来ては、当たり外れで境遇が左右される同郷の人達にもやがて見慣れて、いちいち心配もしなくなった。
ハズレの人を見掛けると私が羨むようになったのは、いつからだったろうか。
居もしない「魔王」なんて存在を討伐しろ、なんて言う無茶な仕事を押し付けられるのは厄介だとは思うが、体良くあの国を放り出されるのは、ある意味ではチャンスなのだ。
馬鹿正直に「勇者」なんて名乗る必要も無い。
便利で娯楽に溢れた元の世界が恋しいのは間違いないが、最低限、生きて自分の意思で何処にでも行ける。
当たりの私は仲間達と相互に監視し合う、そんな歪んだ環境の中で迂闊な事も出来ず、言われるがままに手を汚した。
聖教国異端審問執行官。
仰々しい肩書の意味は、要するに。
聖教国にとって都合の悪い存在に難癖を付けて排除する人でなし――と言う事だ。
勇者だとか、召喚がどうとか、お為ごかしも甚だしい。
やっていることは酷く歪んだ死者蘇生で、やらされている事は言い訳の効き様もない人殺し。
執行官の同僚達の中には、私の様に思っている者も居るとは思う。
だが多数は、どういう訳かこの境遇に順応し、力を振るう事に快楽を見出している節さえ有る。
私はその、暴力に魅せられた同僚――今回の相棒の様子が気になるが、目の前の正体不明の女から目を離せない。
探査どころか、鑑定の魔法ですら何も知ることの出来ない、不穏過ぎる2人組の片割れ。
口調は丁寧なのに、物凄く失礼で、友好的に会話できるとも思えない、敵。
同僚は、いや、同僚達の中の、何人が知っているだろうか。
鑑定の魔法は、格上の相手には無力だ、と言う事実を。
注意を促す間も無く戦闘状態に入ってしまったが、果たして、私達は無事にこの状況を脱することが出来るだろうか?
怪しげなメイド服の女は、私に質問が有るという。
高圧的な言い様はまるで尋問のそれだが、これを利用して、せめて穏便にこの状況を打破出来ないものか。
深く息を吐いて、私は油断なく剣を構えたまま、冷静になろうと努める。
犬呼ばわりされて一瞬頭に血が登ったが、暴発して勝てる相手とは思えない。
相手の実力が判らないのだから、隙を突くか、口先でやり過ごすかして、この場は早急に離脱するべきだ。
出来なければ、生命は無い。
強い危機感が、頭の中で警報を鳴らしていた。
目の前には、私に剣を突き付けたまま動かない、職業剣士の女。
私の丁寧な懇願に激昂するかと思ったが、怒気を孕んだものの、すぐに深呼吸してその表情を引き締めた。
こっちは、まだしも状況を把握しているらしい。
視界の端をチラチラと飛び回るエマのダンス相手は、エマに夢中で私など眼中に納める余裕も無いらしい。
エマがこちらに襲い掛かってくる恐れも有るので、下手な横槍は遠慮して、眼の前の女に集中するとしよう。
それこそ、エマに頼まれている事もあるのだし。
エマが質問だけで済ます気が無い事は、現状だけで理解出来るのだし。
「個人的に気になることも有るのですが、まずお訊きしたいのは、貴女達の目的についてです」
私の言葉に、即座の反応は無い。
黒髪の女は、私の質問の意図を図るように黙し、答えるべき言葉を吟味しているように見える。
「……観光だよ」
そうして静かに絞り出した答えに、私は肩を竦めて応える。
「そう言う、真贋を確認する気も起きない嘘は結構です。質問がお気に召さなかったのでしたら、趣向を変えましょう」
素直に答える気が無い事は良く判った。
私はしかし、紳士として生きて来たと自負している。
今となっては淑女と言うべきだろうし、そんな事はこの際どちらでも良い。
ひょいとメイスを肩に担ぎ、私は口を開く。
「貴女とお仲間の彼、2人は『人形狩り』というパーティ名ですが、それはどういう意味なのですか?」
事も無げに私は質問を投げ付け、女は引き締め直した表情を崩し、またも目を見開く。
パーティ名まで割れているとは思わなかったのだろう。
「なっ、何の事だ? 私たちは、ただこの先の遺跡に用が有るだけで……」
その口から漏れるのは言い訳としか思えない、不格好な言葉の羅列。
もはや私はその内容など気にすることもなく、ただ私の言葉が相手に届いた事実を確認し、無造作に踏み込んでメイスを振り払う。
視界の隅では、エマが相手男の剣を弾き、その左腕を斬り飛ばしていた。
私の動きを目で追えていなかった執行官様は、突然私が距離を詰めた事と、唐突に視界から自分の得物が消えた事に思考が追いつかなかったらしい。
慌てて一歩退いて私に剣を突きつけようとして、その剣が鍔元で折れている事に、ようやく気が付いた。
「……え?」
折れた剣に呆然と視線を向け、響き渡る相棒の絶叫に一瞬気を取られた様だが、すぐに私に目を向け直し、驚愕の表情にうっすらと汗を滲ませる。
思ったよりもエマは遊んでいた様だが、そろそろ飽きてきた様だ。
対して、私と向き合う執行官様は、2対2の状況が終わり、武器も失い、どうやら自身が不利になると悟ったようだ。
その瞳は、恐怖に揺れている。
私の視界の一角では男が解体されていく様子が見えているが、位置関係的に、女には見えていない。
眼前の私から視線を逸らす訳にも行かず、相棒の助けを求める声と断末魔に至る叫びを耳にしながら、丸腰ではどうにも出来ずに硬直する。
私はそんな彼女へと再度踏み寄り、その足を払う。
仲間に気を取られ、そもそも私の動きを捉える事も満足に出来ないまま、女は容易く姿勢を崩し、へたり込むように地に手を着いて身体を支えた。
「私はとても優しいので、1度は見逃して差し上げました。次の質問からは慎重に、偽り無く、迅速に答えて下さい。そうして頂けない場合、私としても気は進みませんが――」
そんな、恐慌に囚われた女執行官に、私は優しく言葉を投げ掛けて。
姿勢を整え、身を起こし掛けた彼女が大地に置いたその右手を、振り下ろしたメイスで叩き潰す。
一拍置いて自分の右手を確認し、それが纏った篭手ごと四散し失われた事を知った彼女の口から、絶叫が迸る。
「少々荒っぽい事をしなければなりません。拷問と言うものは加減が難しいのです。どうか私にその様な面倒事をさせて下さいませんよう、お願い申し上げます」
私の冷めた目が、右腕を抱えてのたうち回る女を映す。
実力差を理解しながら強がって見せた愚か者に掛ける情けを、私は何処かに忘れて来たのだろうと、呑気に考えるのだった。
いきなり手首から先を丸ごと奪うとは、なかなか豪快なスキンシップです。私ならもっと……。