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49 聖なる物の影

先制で動くのは、やはりエマですか。

 金属同士がぶつかる甲高い音に続いて、耳障りな擦過音が耳を通して神経に障る。

 相手の到着を待つ、そんなお行儀の良い様子を見せていたエマだったが、それを押し通せるほど我慢強くは無かったらしい。

 それでも、まあ、多少の「待て」が出来た事は褒めるべきなのかも知れない。


 それより驚嘆すべきは、そのエマの一撃を、咄嗟とは言え剣で受け止めようとした男の方だろう。


 剣の刃で受けるのは失策だとは思うが、反応出来た事、防御出来た事には素直に驚いた。

 如何に――先程までの自称勇者達と比べても――レベルが高いとは言え、だ。


「うおっ!?」


 私がそれなりの驚きに目を奪われている最中、攻撃を受けた男も驚愕の声を上げた。

 一瞬とは言え、目の前に居た(エマ)を見失った事、そして、防御出来たというのに、そのまま跳ね飛ばされた事。

 2つも重なれば、驚きも声になって漏れようというものだろう。


「あららぁ? 良く防げたねぇ、エラいエラぁい」


 楽しげで陽気な口調とは些か不似合いに、双眸が鋭く輝く。

 こうして、相方としてエマの戦闘の様子を観察して気付いたというか、思った事なのだが。


 エマなりに、相手を見て対応を決めているのかもしれない。


 先程の冒険……勇者サマ御一行に対しては、曲りなりにも会話らしきを交わしてから、攻撃に移っていた。

 対して、私や眼の前の男に対しては、問答無用の先制攻撃。

 それに反応出来るかどうか、それを見ているのだろうか。


 いや……多分偶然というか、気まぐれだろう。

 よくよく思い返せば私の時には不意打ち先制だったし、そもそもが気分屋にしか見えないのだし、深く考えても仕方が無さそうだ。


「見た目と違いすぎだろ、何だこのクソ重い攻撃は……! 俺はこれでも、レベル204だぞ?」


 体制を整え直した男がエマに対して構え直し、仲間の女の方は油断なく私に対して長剣の切っ先を向ける。

 レベル204、そう言った男は、その数値で私達にプレッシャーを掛けようとしているのかも知れない。


 だが、知っている事実を改めて告げられても、驚きも無ければ動揺のしようもない。


「ええ、その様ですね。そしてお嬢さん、貴女(あなた)はレベル183ですね?」


 私が涼し気に言ってのけると、却って相手が動揺したようだ。

 男は私に顔を向け、目を見開いて。

 女もまた、似たような表情を私に晒していた。

「で? それがどうしたというのです?」

 自覚できるほど冷ややかな声が、私の唇から滑り出される。

 エマはいざ知らず、私は相手のレベルは詳細探査……探査魔法の重ねがけを使って確認している。

 レベルのみならず、ステータスの類から装備の詳細、パーティ名に至るまで。


 エマと違って私は臆病で小心なのだ。


「それがどうした、って、おい」

 男は相変わらず名乗ることも忘れたまま、間抜けにも見える表情を私に向けたままで。

「なんで、私のレベルまで判った?」

 女は、余裕のない険しい眼光を私に突き立てて。

 それぞれがそれぞれに、不審と疑念とを綯い交ぜに、相手の――私の出方を伺っている。


 悠長な事だ。


「なんでも何も、ただの詳細探査ですよ。その程度の魔法は、貴女(あなた)達も使えるのでしょう?」


 普通の探査魔法では相手のステータスまで確認することは出来ない。

 その事を知っていて、その上で当然の様に言ってみる。


 詳細探査の重ね掛けなど、裏技も良い所だ。

 そんな使い方、知っている方がどうかしている。


 もっとも彼女たちに使えた所で、私たちとの間に横たわるレベルの差が大きすぎるので、彼女たちでは私たちを視る事も叶うまいが。


「探査……詳細探査? そんな、探査は相手のレベルまでは確認出来無い筈……」


 女が、信じられないと言う様子で、言葉を漏らす。

 剣の切っ先はブレず、しっかりと私を捉えたままだ。

「出来無いと思い込んでいるから出来無いのですよ。やり方を教える程、私は優しく有りませんが。そんな事より」

 私は溜息を落とし、親切心から、すい、と、視線を動かして見せる。


 驚くのも理解(わか)るし、色々と疑問が湧いているであろう事も想像出来る。

 だが、少なくとも男の方は、そんな事に気を取られる余裕など無い筈なのだ。


 私の視線を一瞬追った男は、ハッとして飛び退き、剣を右手方向へと向ける。

 一瞬遅れて、またも金属の衝突音。


「マリアちゃん、やっさしぃ。そぉんなバレバレの目線、私の居場所に気付かれちゃうよぉ」


 内容とは裏腹に、声を弾ませるエマ。

 振り抜いた左の短刀が、陽光を煌めかせる。

「良く言いますよ。私が注意を促すまで待っているとは、貴女(あなた)も充分優しいと思いますが?」

 応える私の声は、呆れの色を含む。

 エマなりに、相手と正面から遊びたいのかも知れないのだが、(はた)から見ればジワジワ追い詰めたいだけの、なかなかの良い趣味に見える。

「あはっ。お兄さんはねぇ、私と遊ぶんだよぉ? 余計な事に気を取られると、危ないと思うよぉ?」

 台詞にも、嗜虐性が感じられる。

 ただただ厄介で面倒臭い、そんな相手に絡まれたあの男には憐れみを覚える。


 同情はしないが。


「まあ、あちらはあちらで踊って頂きましょう。貴女(あなた)には、幾つか訊きたい事が有るのですが、宜しいですか?」

 エマと違い、荷物を背負い武器を手にしていない私が、その荷物を地面に下ろしながら問い掛ける。

 相手は勿論、油断なく剣を向けてくる女だ。

「奇遇ね。私も、アンタに訊きたい事が出来たわ。まず、アンタ達は何者なの?」

 長剣を両手で構え、盾の類は無し。

 浅い前傾姿勢で、踏み込んでくるよりも私の出方に対応する、そんな構えだ。

 自称勇者組と違い、この2人は揃いの防具を身に着けている。


「聖教国の犬が、そんな事を知ってどうしたいのですか?」


 私が応えると、女の表情は一層険しくなる。

 装備や何やらからの推測が当たったらしい、と言えればそれなりに格好も付けられるのだが、実際は探査で知った情報なので、大した事はない。


 因みに、探査結果に「聖教国の犬」などと出た訳では無い。

 聖教国なんたら執行官、とやらだそうだ。


 果たして、何を執行するのやら。


「……言ってくれるじゃない。私達が、どんな思いで」

貴女(あなた)個人の事情など、知った事では御座いません。ここからは、私の質問にのみお答え下さい。私とて、無闇に暴力を振るう趣味は無いのです」

 相手の言い掛けた言葉を遮って、私は武器庫からメイスを取り出し、右手で構える。

 突然右手にメイスが現れた様に見えたのだろう、女は一瞬目を見開き、すぐに表情を戻す。


 それなりに揺れてくれるが、なかなかに頑固な相手、か。


 素直に質問に答えてくれそうには見えないその様子に、私はげんなりとした内心を表情に出さないよう努めるのだった。

人任せの時間は、終わりの様です。

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