48 インターバル相談タイム
聖教国関係者との意識しての初遭遇は、即刻終わった様です。
元々人間だった、それどころか私にとっては同朋であった筈の切り分けられたパーツを見下ろし、しかし私の胸に去来するモノはと言えば。
心底から嘲笑ってやりたいという思いと、どうせなら名前でも当てて驚かせてやれば面白かったかと言う、どうでもいい後悔だった。
人間3人斬り殺して、ろくすっぽ返り血も浴びていない、そんなエマを見て「漫画かよ」くらいしかツッコミの言葉が出てこない自分を恥じながら、やはり完全にとは行かず、エプロンの端やらにしがみついた血痕を魔法で落としてやる。
自分も使えるだろうに、エマは汚れ落としは私に任せっきりだ。
そうやって他人任せにするから、魔法の腕が上がらないんだろうに。
ある程度自分でやっているのにイマイチ魔法の腕が上がらない私が言っても、説得力が無いのが辛い所だ。
「さぁて、向こうさんもなんか慌てて動き始めたみたいだしぃ? マリアちゃん、連中に訊きたい事あるんだけどぉ、ここは平等にひとり1匹で良いかなぁ?」
にこやかな顔を作って見せるが、殺意を隠す心算は全くないらしい。
そんなエマに言われるまでもなく、私も探知・探査魔法で相手の動きを見ていたので、その動きが慌ただしくなった事は知っている。
動きから適当に類推するに、こちらは2人、適当にぶつけても3人だったら問題無いとでも思ったのだろうか。
それが駄目だったから今更慌て始めた、と言う事なら、幾ら何でも無策が過ぎる。
「構いませんよ。何なら、貴女に全てお任せしても良いのですが?」
エマの「訊きたい事」とやらになんとなく思い当たることは有るが、まずは素直な面倒を避けたい気持ちを正直に述べる。
「あははっ。私じゃあ、質問する前に殺しちゃうからぁ」
しかしエマは、容易に想像できる事実を述べて私の提案を拒否する。
まあ確かに、今のエマではあの2人には穏やかに対応出来まい。
パーティ名が「人形狩り」になっている、そんな連中が相手では。
私が聞き流していたのか今一つ不明だが、帰らずの都市などと呼ばれていた場所に居座っていたエマ。
そんなエマを一度は行動不能にまで追い込み、彼女が居座る原因となったのは、やはり廃墟に潜んで居た何者か。
その廃墟に向かっていたであろう、「人形狩り」と称する者たち。
何がどう絡まり合って居るのか察するにも色々と不足しているが、少なくとも偶然と言って片付ける気にはなれない。
「エマ。今更ですが、貴女はあの廃墟都市で、人間狩りでもしていたのですか?」
私の問いに、エマはきょとんとした顔を向けてから考え込む。
「うぅーん? こないだ話した通り、うるさくて目を覚ましてから20人くらい殺したけどそれまでは寝てたしぃ? その前はアイツしか居ないトコに押しかけて、返り討ちだったしぃ?」
エマの言葉から察するに、およそ3年前にあの廃墟を訪れたエマは、何者かに敗北し、休眠から目を覚まして初めてそこで人の群れを襲ったと言う事になる。
目覚めたのはつい最近。
こちらに向かってくるのは聖教国の関係者。
聖教国にまでエマが暴れた話が伝わるには距離が有りすぎるし、それも冒険者崩れの野盗もどきを殺害したなどという事で聖教国が動くとも思えない。
そうなると。
「……エマを休眠にまで追い込んだ何者かが人形だったか、或いは人形を追う者だったのか」
当時の現場を知らず、相手の素性など知りようもない私が顎に手を添えて考え込むと、エマが輝く笑顔に殺気を乗せて、元気に答える。
「多分、人形だと思うよぉ? 人間、って言うには違和感があったしぃ? 型番は聞いても答えてくれなかったけど、何て言うんだろうねぇ? お仲間の気配、みたいなぁ?」
まず、殺意を私に向けるな。
それと、推理の根拠が薄弱にも程がある。
そう思うのだが、一方で、人形であるエマが同族の気配を感じたというのは、私としても気になる点だ。
エマが同族だと感じた、それはつまり、ザガン人形なのか。
だとすれば厄介極まりないが、エマが知らないということは、2シリーズ7体目以降の人形か。
3シリーズ1体目、ゼダだったりしたら厄介どころではない気がするが、決めつけも危険な気がする。
私はマスター・ザガン以上の人形師は居ないと思いこんでいるが、私の知らない現代の人形師が居るのかも知れない。
その見知らぬマスター作の人形が、腕試しでザガン人形を含む、迷惑極まる自律人形狩りをして居るのかも知れない。
聖教国の人間が「人形狩り」などというパーティ名で2人派遣してきたのも、その関係とも考えられる。
推察の範囲を狭めれば見えるものも見えなくなるし、広く取れば色々とぼやけてあやふやになる。
つくづく、私は細かいことが苦手だ。
既に癖にもなった溜息を吐きながら、私は思考の手綱を一旦手放す。
「取り敢えず、エマの提案に乗りましょう。もう、肉眼で見えていますからね」
視線を道の先に転がすと、「隠身」を掛けた2人組が、私達の元へと走ってくるのが見えた。
隠蔽系の魔法が効果を発揮していない時点で、あの2人が私達よりも格下だと言うのは良く分かる。
同じ様に視線を動かしたエマが、嬉しそうに笑みを浮かべながら両手の得物を弄びつつ、さり気なく私の前に出る。
護られているようで悪い気はしないが、エマとしては間違いなく、そんな心算は無いだろう。
立ち止まり相手の到着を待つ私達の様子に、どうやら「隠身」の効果は無いと気付いたらしい。
20メートル程距離を取って相手は立ち止まり、魔法を解いた。
まあ、全部見えているので、そう言った行動も何処か間抜けに見えてしまうが、わざわざそれを伝える必要も有るまい。
「お前達、何者だ? その3人は、それ程悪い腕では無い筈だが」
意外に落ち着いた声で、女のほうが先に口を開く。
私達の後方、地面にバラ撒かれている人間だった物体群を見ても、特に驚いた風でも慌てた様子も無い。
隠しているのか、最初から捨て駒と見做していたのか。
男女2人組、レベルで言えば先の3人よりも高い。
と言うか、比べ物にならないくらい強い。
2人には、勇者などという胡散臭い肩書も称号も有りはしないのに、だ。
聖教国の勇者事情はどうなっているのか。
どう答えたものか迷う私の前に立つエマの姿が、ブレるように霞んで消えた。
順調に、心が身体に馴染みつつあります。