44 旅は続く
エマのお宝の、斬れ味は如何程でしょう。
昨日の朝までとは打って変わってニコニコ顔のエマが、凄く楽しそうに遺跡に残る石造りの民家らしきを細切れにしている。
これは剣が凄いのか、エマの腕が凄まじいのか。
私が手持ちの剣を振っても、あれほど鮮やかには行くまい。
メイスかハンマーを使えば、まあ、粉々には出来るだろうが。
「すっごいよぉ! コレ、ちょっと長いけど良いよぉ!」
エマはキラキラと笑顔を輝かせて、地上を走ったと思えば空中で逆さになっていたりと、アクロバティックと言えば聞こえは良いが、もう少し落ち着いてはどうかと、正直思う。
あと、けしかけておいて言うのも何だが、ここは古に戦で滅んだ遺跡都市だ。
歴史的価値とか色々有るだろうから、程々で勘弁してあげて欲しい。
そういった事をなるべく穏便に伝えてみたのだが、相方の耳には届いて居ない様子だ。
「マリアちゃんもぉ、やってみるぅ?」
逆に、心底楽しそうに剣の柄を私に向け、史跡破壊に巻き込もうとするエマの無垢な笑顔に、私は控えめに遠慮を伝えるのが精一杯だった。
魔法的なものは地下からの脱出の時に見たし、そもそも私との戦闘でも、彼女は両腕を使用不能にされて居ても問題なく使用していたので心配はしていなかったが、もはや身体の方も完全に問題無しの様子だ。
走って跳んで、長剣を両手で、片手で、様々に振り回して組み上げた石壁や柱やらが、解体と言うには少しばかり過剰に斬り分けられていく。
漫画でしか見たことがないような光景に、今更背筋に冷や汗が浮く思いだ。
初めて遭った時に、左腕で受けた刃がアレだったら、私はどうなっていたのか。
恐ろし過ぎる想像を踏んでしまった思考を戻し、実に活き活きとはしゃぐエマの姿に、ぼんやりと、私は考えを進める。
エマに――いや、エマ曰く「マスター・ザガン作の全ての人形」に――下された命令。
自由に旅をし、人間種を殺せ。
元人間種、いわゆる普通の何処にでも居る、少しばかり性格がよろしくないかも知れない存在こと私。
エマはそんな私と旅を続ける事を、本心から良しとしているのだろうか。
一度確認を取っているとは言え、あの時は私が勝利して、そしてその流れからの提案だった。
エマ本人にしてみれば、強制とも取れはしなかったか?
今更こんな事を考えるとは、私も存外甘い、そう考えた私の網膜に、エマの手にする剣が反射した陽光が刺さる。
いや、私は甘い訳でも、絆された訳でもない。
自分でも驚いたが、私は優しい言い訳で自分自身を騙そうと考えていたらしい。
そんな事をする意味も無いし、騙し切ることなど不可能だというのに。
あの由来不明の、恐ろしい剣とそれを操る人形の組み合わせ。
しかも、その人形は本来「爆殺」を得意とする存在だ。
更に言えば、敵と見れば無闇に斬り掛かる物騒な存在でも有る。
誰が好き好んで隣を歩きたいと思うものか。
少しばかり遅めな危機感に背筋を冷やしながら、私は考えるべきことを考える。
どうやって、円満に一人旅に戻るか。
今のエマは、強力な武器を持つという以前に、既に私に対して一切の油断は無いだろう。
私という存在を知らなかったからこその慢心、油断、そのか細い隙を突いて、私はどうにかエマを下した。
左腕は破損し、右腕に至っては全損という体たらくで。
今更、エマを破壊して先に進むという選択は取れない。
手持ちの武器で、私の体捌きで……エマとあの剣を相手にして、勝てる自信が湧いてこない。
では、どうするか?
……説得しか無いか。
目の前に横たわる途方もない難題から目を逸らしたい、そんな私の視界で空はどこまでも青く、太陽は視界の端をノロノロと天頂を目指して居た。
案ずるより有無が易し。
何やら間違っている気がしなくもないが、拍子抜けした私には、一切合切どうでも良いことだ。
「えー? それはまあ、うん。マスター・サイモンのご命令はとっても大事だけどぉ? でも、基本的に『自由に』って言う前提が付くんだよぉ?」
当の本人の答えがこの緩さでは、私の気も抜けると言うものだ。
私が説得にあたり、まずはぶつけた現状と疑問。
身体は完全に修復が完了している事。
お宝も手に入れ、勿論それはエマの物だという事。
これから私と共に旅をするという事は、私の都合で人間種との戦闘、ないし殺害行為を禁じる場合がある、という事。
これらを重ねて、改めて、エマは私と共に旅を続けるのか訪ねてみた。
いつもの軽い調子での、拒否を期待して。
と言うか、半ば拒否されるのは規定事実だと思っていたのだが、返ってきたのは先の言葉である。
「普通の人間とか、その辺の冒険者は弱っちいしぃ。そこそこ強そうな冒険者とかは、私を見ると逃げちゃうしぃ。戦闘が始まってから逃げるのはマナー違反だと思うけどぉ、何もしてないのに逃げられちゃうと私も白けるしぃ」
戦闘好きが高じてしまうと、こうなるのか。
エマの言葉になんとも言えない感想を抱いた私だが、相方の台詞は終わっていない。
「結局、どれくらい振りだろうねぇ? 私とまともに、正面から戦闘んでくれたの、マリアちゃんくらいだったしぃ? エリちゃんとかソフィアちゃんだって、結局私に勝てなかったのにぃ、マリアちゃんは私に勝っちゃったしねぇ?」
続けてエマの口から流れ出す言葉に、私は頭を抱えたくなった。
じゃあ、なにか?
私は初遭遇時、迷わず逃げれば良かったのか?
理解るか、そんな攻略法!
しかもさらりと漏れ出た名前は確か、既に存在の確認が取れない、欠番の人形達だった筈だ。
Za203、「血爪」ソフィア。
Za212,「訃報」エリ。
この小娘人形、同じマスター作の姉妹人形に襲いかかって破壊していたらしい。
挙げ句、この私が「勝っちゃった」とは、どういう意味なのだろう。
まるで、してはいけない事をしてしまった様ではないか。
私はそれに触れるのを避け、別の、軽めの疑問に矛先を逸らす。
「私の時もそうでしたが、貴女は相手に素性を確認していましたね? その2体は、素性を隠したのですか?」
私はエマに問われた際に、結局は素直に型番を明かした。
エマに破壊された2体は、隠したから破壊されてしまったのだろうか。
「ううん? ソフィアちゃんは、そもそも知ってるから、隠す意味もないしぃ? エリちゃんは初めて会ったけど、むしろ私が型番聞かれたくらいだしぃ?」
2体の素性、つまりは姉妹人形だと知って、その上で破壊したらしい。
……思い返せば、私にも確認した挙げ句、戦闘に突入したのだった。
「だからぁ、私は私のしたいようにするよぉ? だってそれが、自由ってコトだよねぇ?」
自信満々に無い胸を張る相方の清々しさに、私は目眩を覚える。
こんなモノただの仲間どころか、普通に歩く危険物だ。
自由には責任が伴うと説いた所で、この暴発人形が聞き入れるとも思えない。
「それにぃ、マリアちゃんの中身が人間だって言ってもぉ、ガワは人形でしょぉ? そんなの気にする意味がワカんないよぉ」
エマはそう言い切るとカラカラと笑い、問答は終了とばかりに私に背を向け、遺跡の残骸へと駆け出した。
行動の子供っぽさの割に案外大物感が漂うが、結局、私の望みは叶わない。
それどころか、抱え込んだ爆弾の危険性に改めて気付かされた、そんな気分だ。
人間種との戦闘を禁じる件についても、結局回答は得られていない。
置いて走って逃げたら、後ろから斬られそうだ。
いまひとつ観念し切れない私を、嫌味なほどの晴天が見下ろしていた。
後悔先に立たず。一手目で間違えていた事に、気付いていないようです。