42 束の間の休息、或いは現実逃避
お礼は、可及的速やかに実行するべきです。
ハンバーグに似た物を脳内で検索した結果、ベルネでの生活中に買った雑誌に載っていたレシピを思い出した。
さしもの先代も、見たこともない料理は知識としてすら保持していなかったのは仕方ない。
引っ掛かると言うか、なにかモヤついたものを感じてしまうのは先代に対してではなく、ベルネでそんな雑誌を読んでいた事実を綺麗に忘れていた自分自身。
そして、娯楽雑誌なぞが販売されている事実と、そこにハンバーグのレシピが載っていた事だ。
勿論、聖教国絡みのアレコレで、私の同郷の人間が多数いるらしい事は知っている。
知っているが、聖教国の関係者が、どうでも良い様なゴシップや噂話、更には料理のレシピなどを紹介するような雑誌など、発行するだろうか?
お堅い教義の解説だとか、そう言った機関誌的なモノならまだ想像がつくのだが、これは単に、私の想像力が追いついていないだけなのだろうか?
勿論その線も考えられるが、もっとシンプルに。
聖教国とは無関係の転生者たちと、その召喚者たちが存在するかも知れない。
ハンバーグがそのままの名称で紹介されているのも、私の中で疑念を加速させていく。
2本の包丁を両手に装備し、ストレスでも発散するかの様にボア肉を細かくミンチにしながら、そんな事を考える。
もし、そんな存在が居るとして、その規模はどれくらいなんだろうか?
目的は何だ? 敵として、私の前に立ち塞がるのか?
考えて、私は溜息を振り払うように頭を振る。
そもそも存在するかも判らないモノを気にしすぎても仕方がない。
居るかもしれない、そう考えておく程度のことしか出来ないし、現状はそれで充分だ。
引っ掛かると言うなら、そもそもの話、何故エマはハンバーグなんて物を知っていたんだろうか。
先代ですら知らなかったのに、そんな風に思考を逃避させた所で、その件については多分答えが判ってしまった。
マスター・ザガンの最後の作品として命令を守って墓所を作り、そこを護り続けていた先代。
2シリーズ最初の完成品として放り出され、同じく命令を守って世界を旅し、人間種を殺して居たエマ。
世間と言うものに触れていたかどうか、その差だったのだろう。
そして、もうひとつ、割りとどうでも良い事に思い至る。
これは、エマを揶揄うのに使えるだろうか?
そう思う私だが、下手に突付けば逆上されかねない。
私は、手に入れた玩具についてあれこれ吟味しつつ、タマネギを刻むのだった。
対エマ向けに新たに手に入れた切り札、そう思ったモノは、想像以上に劇物だった。
「次に言ったら、解体して燃やすよ?」
口調が思い切り変わった事やその発言内容よりも、無表情のエマが、非常に恐ろしい。
正直、初顔合わせの狂気じみた笑顔の方が、まだしも愛嬌が有る。
世代違いの人形だからと、年長扱いしたのは失敗でしか無かった。
夕暮れの廃墟で救われた件と併せて、私がエマに気を使うキャンペーン期間は延長された気配である。
ハンバーグは柔らかいから、お年寄りにも人気ですよ。
そんな軽口を閉じるより早く飛んできたナイフが私の右耳を掠め、髪を幾筋か切り落として魔法住居の壁に刺さった。
まるで反応できなかった事実や、建材に深々と刺さったナイフそのものよりも、完全に表情が消えたエマから、魂が震えるような恐怖を感じたのだ。
今後は、女性、或いは女性型のナニカに対して、年齢をネタにする事は控えようと心に決めた。
みんなも気をつけよう。
当初はお子様ランチでも、そう考えた私だったのだが、食事を必要としないクセに大食いのエマが、ワンプレートで満足するとも思えなかった。
だからと言って大量に用意するのも面倒くさいし、エマのためだけにそんな手間を掛けたくない。
結論面倒くさいでハンバーグを大量に用意し、ついでにポテトも大量に揚げる事で妥協した私だが、そんな事を知らないエマはお目当ての料理を前に、すぐに機嫌を直した。
「マリアちゃんは、ちょぉっとお口の利き方が下手っぴだねぇ? エマお姉ちゃん、って素直に呼べば良いのにぃ」
ご機嫌のエマお姉さま(皮肉)は、先程の殺気が嘘のような、いつもの笑顔である。
私の為に用意した分から幾つか、罰として取り上げられてしまったが。
私に頭を撫でさせたり些細な事で拗ねてみたり、まるで子供の様相だが、エマは2シリーズで私は3シリーズ。
老齢扱いは確かにやりすぎだったと反省するが、私より先に造られている以上、確かに姉と言える存在ではある。
しかし、私より背が低く、あどけなさを感じさせる顔立ちは、姉というより妹という方が感覚的にはしっくり来る。
まあ、妹よりおさな……若く見える姉、と言う存在は、言う程珍しいものでも無いのかも知れないが。
「今日は疲れたし、ご飯食べたしぃ。移動するとか面倒だからもう寝ちゃうのは賛成だけどぉ。明日はどうするのぉ?」
どうでも良い事を考えて気を紛らわせる私に、エマは脳天気な声をぶつけて来る。
明日はどうする、とは、それは哲学的な問いかなにかか?
「明日も変わりは無いですよ。周辺探知の範囲を地中にも伸ばしつつ、街を抜けるのを目指して移動です」
私の返答に、エマはつまらなそうに表情を変え、自分の前の食器を脇にどかすと、テーブルに胸から上を投げ出すように姿勢を崩す。
「んー。お宝には興味あるけどぉ。もう、この廃墟見飽きたのぉ。もうこの際ただの山でも野原でも良いからぁ、別の景色が見たいのぉ!」
とても姉とは思えない、だからこそ姉なのだろうエマを眺めて、私は情けない吐息しか出てこない。
「貴女はそうかも知れませんが、私はこの廃墟には来たばかりなのですよ? ……まあ、それはこの際置きましょう。貴女が手にしたお宝は、どういう代物なのです?」
私の想いやあれこれを語って聞かせた所で、エマが考えを変えるとも思えない。
私の目的である観光は、なし崩しで強引に進めてしまうとして、それとは別にやはり気になる。
私の声を受けたエマは、それまでの気怠そうな表情をころりと変えて身を起こすと、彼女の武器庫からお宝を取り出す。
「剣だよッ! 詳しくは分かんないッ!」
得意気にお宝を掲げ、説明は好い加減を超えていっそ清々しい。
「判らないって……。鑑定なり解析なり、調べようは有るでしょうに」
そんな相方の様子とは対称的に、私の声は鉛を括り付けたかのように重い。
何故、その程度の事も出来ないのか?
偉そうにそんな事を思う私だが、実は簡易鑑定はともかく、解析は私も上手く出来ないのは絶対に口にしない。
使用出来ない訳では無いがとても集中力を要するので、精神的にものすごく疲れるからやりたくないというのも有る。
「私出来ないモン! マリアちゃん、コレ鑑定してッ!」
元気いっぱいの笑顔で、エマは私に剣を突き付ける。
私よりもレベルの低い相手なら剣をへし折るぞと溜息混じりに言う場面なのだが、相手がエマでは、逆に斬り倒されて終わりだろう。
そんなエマが鑑定も解析も不得手だと知った私だが、優越感に浸る事も無く、見下す気持ちも湧かず、ただ天井を見上げた。
性格は置いても、エマの性能は余りにも、私と傾向が似すぎては居ないか?
パーティメンバーの変更か、それとも新たな仲間を見つけるべきか。
自分の事はきっちりと棚に収め、私はそんな事を考えるのだった。
結局、お子様ランチ作成は諦めたのでしょうか。