41 聖域崩壊
仲間を置き去りにして、大脱走です。
往路では気にしなかったが、目的の小部屋までの地下通路は5つの部屋とそれを繋ぐ長い通路で構成されている。
部屋は瓦礫が散乱し、真っ直ぐに次の通路へと向かうのは骨が折れる状態だった。
今にして思えば、あの瓦礫は最初から、障害物として配されていたのだろうと思う。
忌々しいと言うべきか、己の迂闊さを反省するべきか。
間違いなく後者なのだが、取り急ぎ反省は先送りにしても問題ないと思う。
何が言いたいのかというと。
絶賛崩壊中の地下通路からの脱出行に於いて、甚だしく邪魔で仕方ない、と言う事だ。
口を開く手間も時間も惜しんで、私は武器庫から、最大のメイス……いや何だこれ?
しっかりとした長めの柄の先端に、直径で言えば50センチ程の球状の金属塊が取り付けられただけのシンプルな、これはメイスと言って良いのか?
ハンマーと言うにも齟齬を感じる。
ともあれ、そんな簡素な見た目の、だが冗談にしか思えない重量武器を振り回して瓦礫を強制撤去しながら、私は走る。
こんな人気の無い廃墟で生き埋めなど御免だ。
振り返りはしないが、見捨てて置いてきた筈のエマも私に追いつき、私の後ろを着いてきている。
少しは手伝え、そう思わなくもないが、恐らく彼女の獲物は刃物がメインだろう。
私のように、無駄に多岐に渡る武器群を抱えて旅していた訳でも無いだろうし、そんな状態で私より早く瓦礫を排除出来るとも思えない。
それが理解っているから、彼女は私の前に出ることはしない。
「マリアちゃん! 急いで! もうさっきの通路は潰れちゃったよ!」
己の分を弁えていると評しようと思った途端に、エマは人形らしくない、慌てた口調で私を急かす。
もう少しゆとりが持てるならばハンマーなりメイスなりを手渡して手伝わせるのだが、如何せん時間的な猶予も無い。
当然手を止める余裕も無いので、背後から迫る崩落音とエマの悲鳴をBGMに、只管にハンマー? を振るう。
なんと呼べば良いのか不明だし、いっそハンマーと決めつけてしまうのだが、この武器選択は悪くは無かった。
ハンマー自体の重量に私の膂力が加わり、石の塊こと瓦礫類を軽々と破砕し、行く手に対して右へ左へと容易く吹き飛ばして行く。
慣れない魔法である身体強化も、この土壇場で使えない、出力が足りない等と泣き言も言っている場合ではない。
強引に行使して、今となってはハンマーがまるで羽根の如く軽い。
そう、私はやれば出来る人形なのだ。
誰に対してか良く判らない勝利を確信し、何度目か跳ね除けた瓦礫の先に、次の通路への入り口が見えた。
それほど距離もなく、最早この部屋では行く手を遮る瓦礫は無い。
「でかしたマリアちゃん!」
エマの歓喜の声に対して苛立ちに少しばかり心が揺れたが、文句は後で纏めて叩きつけるとしよう。
私は両足に渾身の力を籠め、それを開放して床面を蹴り。
通路は崩落して瓦礫に飲まれ。
行く手が一瞬にして失われた私は。
いや、なんで行く先が崩れるんだよおかしいだろう、ここまで律儀に後ろから崩れてたのに、なんでこのタイミングで先回りして崩れるんだ、そういうハプニングは最後の最後だろう、誰だこんな設計をした奴は、取り敢えずあの瓦礫はハンマーで叩けば先が開くのか? いやその先も崩れてたらもうどうしようもない、いやいや、落ち着け、まずは――。
貴重な時間を空虚に浪費した私がハッとして天井を見上げると、それはまさに私達に降り注ごうとしているのだった。
遺跡の崩落とは、機能を失った街に訪れる過去との決別であり、時の神が鳴らす弔いの鐘だ。
自然へと帰るか、砂に戻るのか。
それとも地層に飲まれ、発掘されるその時を待つのか。
さらなる時間の流れのその先で、いつか全ての痕跡は人の目に触れなくなるのだろう。
――そんな悠長な事は、今の私にはどうでも良い事で。
「ふふーん。マリアちゃん、私えらいぃ? もっとちゃんとぉ、心からぁ、褒めても良いんだよぉ?」
私は奥歯を噛み、恐らく見てわかる渋面を作りながら、わなわなと震える手で、エマの求めるままにその頭を撫でていた。
窮地を脱した私は埃や砂に塗れ、クレーター状に吹き飛んだ地下空間跡地のその盆の底で、生き埋めにならずに済んだ安堵と苦虫を噛み潰している。
情けなくも判り易いパニックに陥った私を救ったのは、他ならぬこの相方だったのだ。
行く手を塞がれ、頭上まで崩落が始まったその時、エマは。
爆殺人形はその名に恥じぬ爆破の魔法を、直上へと放った。
お陰様で天井部分は崩落する瓦礫諸共吹き飛び、余波で私も吹き飛ばされて衣装やら身体やらにあちこち傷を負ったが、生き埋めになるよりはマシだろう。
魔法を使うならせめて一声掛けろとか、もっと早く使っておけとか、罵声は次々湧き出してくるが、今回ばかりは全て呑み込む。
なにせ私はエマを見殺しにして逃げ出し、挙げ句パニックに陥った所をエマに救われたのだ。
私自身が魔法を……障壁を展開して瓦礫を防ぐとか、そう言った事を完全に失念するほど慌ててしまったという事実も、実に情けなく覆い被さってくる。
「本当に、エマは良い子ですね。私はエマのお陰で助かりました。本当に有難う御座います」
今の私はエマに文句を言う資格は無い。
全て自分の撒いた種だから、そもそも文句が出るのは筋が違う。
違うと理解るのだが、やはりこう、心の奥から湧いてくるモノが有るのは否めない。
「ふふふーん。マリアちゃんは、私が居なきゃダメだねぇ。ダメなマリアちゃんだねぇ?」
頭を撫でられ何やらご満悦なエマは、ここぞと言葉を重ねてくる。
撫でる手を全力アイアンクローへと移行させたい衝動を抑え、頬を引き攣らせながら、私は自分に言い聞かせる。
これは勝負事ではない、ただの日常のいち風景。
助けられたのだから、礼を言うのは当然だ。
仲間の危機が訪れたら、今度は私が救えば良いのだ。
一度は見捨てた私がそんな欺瞞で心の安寧を図るが、眼の前の得意げな笑顔に、やはり湧いて出る敗北感を拭い去ることは出来ない。
「ねえねえ、私ねぇ、ハンバーグって言う料理を食べてみたいんだけどぉ?」
どこで知ったのかそんな事を言うエマへの反抗は、少なくとも数日は出来まい。
深呼吸した私は、脳内の記憶からお子様ランチを思い起こし、それぞれの類似料理の作り方を、先代から受けた手解きから思い起こそうと躍起になった。
エマは、もしかしたら良い子なのかもしれません。