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38 廃墟とメイド服と私

相方の圧力に負けずに、観光を続けることは出来るでしょうか。

 すぐにでもこの街……遺跡を出ると息巻くエマだが、実際問題次に向かうのは北か東か、それとも西か。


 南は恐ろしい者が居そうな予感と、強い興味とが同時に湧き上がる。

 あんまり、近寄らない方が良いかもしれない。


 私達が居る、と言うか居た地点は、滅んだ都市の東通用門近辺である。

 東か北に行くなら、近くの門を出てそれぞれの方角へ足を向ければ早い。

 しかしそれでは、私の気分が宜しくない。

 端的に言うなら、癪に障るのである。


「私としては、西に向かおうと思うのですが。エマには問題は有りますか?」


 食器類を片付けた私は、なにやら衣装を裁断しているエマに問い掛ける。

 ……その服、それも私の物なのだが、どうしてそうも自然に持ち出して、躊躇なくハサミを入れられるのかが全く理解出来ない。


「えぇ? 別に行きたいトコもないし、何なら私、暫くこのお屋敷でのんびりしてても良いかもぉ」


 あれよという間にサイズダウンされていく私のブラウスに悲しみの視線を向けてしまう。

 意外な才能と言うか、ほぼ持ち腐れの手先の器用さだが、それ程の技術があるなら布から作ったほうが早いのでは……とも思いはするものの、本人の為になったら嫌なので、絶対に口を挟むような真似はしない。


 口にするのは別の事だ。


「やめて下さい。私の衣装を、幾つダメにする気ですか。余裕が有るとは言え、修繕したりしながら大事に着ているのですよ?」

「ええぇ? 良いじゃない、ケチぃ」


 エマは可愛らしく唇を尖らせて見せるが、そんなものに騙されはしない。

 そもそもの正体が、人を斬ったり刻んだり爆破したりが大好きなお人形だ。

 多少の見た目の可愛らしさなど、その性質のフォローの役には立たない。


「まぁ、良いやぁ。それじゃあ、西に行こう。ささっとこんな不機嫌なトコ、出て行っちゃおぅ」


 見る間に刻んだ服を縫い合わせ、自分のサイズに合わせていく。

 見惚れるほどの腕前というのがまた、実に腹立たしい。


 しかし、そんな腕前のエマは、自分の返答の迂闊さには気が付いていない。

 私はほくそ笑むが、そんな私を見ても何の事か判らないエマは、不思議そうに首を傾げるのだった。




「謀ったなぁ!」


 実に元気良く足元の小石を明後日の方向へと蹴り飛ばし、私へと怨嗟の――と言うには随分と迫力の欠ける――視線を飛ばしてくるエマ。

 魔法住居(コテージ)を出て5分。

 西に向かうには遺跡を突っ切るほうが早いと知ったエマは肩を落とし、天を見上げ、周囲を見渡し、そして私を、私の満面の笑顔を見て、全てを悟ったらしい。


「謀ったとは心外ですね。きちんと貴女(あなた)に確認を取ったでしょう? 西に向かいますが、構いませんか? と」


 答えながら、取り敢えず浮かんでくるニヤケ笑いを抑える努力だけはしてみる。

 まあ、私のしてやったり顔が透けて見えた所で、何ひとつ構う事はないのだけれど。

「ムカつくぅ! 最初に行動プランを提示しないで、そういうコトするのは詐術だと思うよッ!」

 なにやらパチパチと怒ってみせるが、殺気がないので迫力も無い。

 しかし私の目には可愛くも見えない。

 つまりは、その発言も仕草も、私の心を動かす事など叶わない。


「行動プランの確認を怠った方に、そういう事を言われる筋合いも無いのですが。そもそも自分が遺跡のどの位置に居て、何処へ向かうのかを考えなかった貴女(あなた)の落ち度ですよ」


 しれっと返す私の言葉に地団駄を踏んで、エマはプイと顔を逸らす。

 怒り方が子供のソレだが、やはり可愛く思えないのは本性を知る故か。

「もう良いよッ! フンだッ!」

 そんな見た目だけ可愛らしい人形は、上辺だけ可愛らしい動作で言い捨てるとさっさと歩き出す。


 ふっ、所詮はお子様人形よ。




「歩くの飽きたぁ! ねぇねぇ、お屋敷でお昼寝したいぃ!」


 睡眠を必要としない人形が、なにやら寝ぼけたことを言っている。

 歩きだしてそろそろ3時間程が過ぎようとしていた。

 もうじき夕刻に差し掛かる時刻か、そう思って見上げた空はまだまだ明るく、まだ歩けると思い、私は相方の戯言を黙殺する。


 大体、こんな時間に何が昼寝か。


貴女(あなた)魔法住居(コテージ)に戻って、私の服をちょろまかしたいだけでしょう。許可出来ませんね」


 適当にあしらいながら、私は目視を周囲に投げ掛けつつ、魔法による周囲の探知を怠らない。

 何もない平原、というか荒野でエマの接近を許し、挙げ句に無駄に損傷したことを思い出せば、これでもまだ安心とは程遠い。

「ケチぃ! 私のか弱い、非力な細い足が悲鳴を上げてるんだよぉ!」

「か弱い存在は、まともに喰らえば胴体に穴が開くような蹴りを放ったりしません」

 尚も続くタワゴトを、言葉のビンタで叩き伏せる。

 そもそも、自分の銘を思い出せと言いたい。

 見た目以外の何処がか弱く非力か。


 総合性能でならともかく、攻撃性能では私を凌駕する存在が、何を言っても可愛く映る筈がなかろうに。


「それは脆い人間が悪いのであってぇ。私はなぁんにも悪く無いモン」


 小石を蹴りながら、そっぽを向くエマ。

 しかしそれ以上ムキになって突っ掛かって来ない辺り、私の言葉が幾分図星を直撃したのだろう。


 これ以上私の服を奪われるのは、勘弁願いたいものである。


 そんな事を考えつつも、エマの様子に溜飲を下げた私は、探知魔法から返ってきた結果に足を止める。

 敵性反応では無いし、それどころか動体反応ですら無い。


「……エマ。この廃墟都市に人が居ないというのは、貴女(あなた)が確認した事実ですか?」


 奇妙な反応の有った方角に視線を固定させたまま、私は口を開く。

 吹き込む風が、私の髪を撫でて行く。

「隅々までは見てないよぉ? あの時の集団は、久々に見掛けた人間だったからぁ、丁寧に探して追いかけて殺したけどぉ。こんな広いトコ、居るかどうかも分かんない『人間』なんか、わざわざ探して回る訳ないよぉ?」

 エマのつくづく好い加減な言い訳だが、私はほとんど聞き流していた。

 きちんと聞いていたとして、その言い分に異論は無かったと思うが、その時の私はエマの回答どころか、自分の発言さえどうでも良かった。


 太陽はまだ明るく地表を照らすが、あと2時間もすればその帳を下ろすだろう。

 なるべく急ぐとしても、恐らく今日はこの近辺で足を止めることになると思われる。


 歩き出す背中に、キーキーとなにやら言葉をぶつけるエマが渋々ついてくるのを感じながら、私は好奇心に導かれるままに足を動かすのだった。

そもそも相方の意見をまともに取り入れる気はないようです。

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