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3 小さなお客様

危機を脱すれば、お腹が減るのです。

 良く食べる子だ。


 爆散する魔獣の返り血を、魔法を使って綺麗に落とし、漸く思い出した要救助者は地面に腰を落として震えていた。

 その要救助者もまた、魔獣の血や肉片で酷い有様だったので、そちらも魔法を使って綺麗にしておいた。


 全くもって、魔法というモノは便利である。


 そう言えば……魔法というモノの扱いを教わりはしたが、先代には最後まで心配されていた。

 やれ、私の魔法の使い方は荒いとか、杜撰だとか、考えなしだとか。

 そうは言うが、こうして「日常魔法」とやらも、無難に使いこなしているというのに。

 一体私の魔法の何が不満だと言うのか。

 思い返すにつけ、酷い先代である。


 それにしても、良く食べる子だ。


 余程恐ろしかったのか、まだ泣きながら、それでもしっかりとフォレストボアの肉に齧りついている。

 フォークもナイフも用意したというのに、素手で。

 ……余程、お腹が空いていたのだろう。

 まあ、私は食事の作法に詳しくも煩くもないので、今は気の済むようにさせておこう。

 先代との生活では無かった、他人との食事という時間を楽しむのも悪くない。


 と言うか、無闇に運動することになったお陰で、私もちょっぴりお腹が空いている。

 細かいことを、ましてや他人の事など、気にする余裕はないのだ。




 落ち着いてきて、その冷たい瞳と視線が合った時、私は自分のはしたなさに顔が赤くなったのが判った。


 怖くて、ひもじくて、差し出された肉を、縋り付くように貪った。

 塩味で調理されたそれは、すごく美味しくて。

 食事を取れる安心感、降って湧いた恐怖から得体の知れない人に出会ってしまった恐怖、それらから解放されたような気がして、涙が溢れた。


 ……得体の知れない怖い人は今、私から視線を外すと静かに、ナイフとフォークを使って食事に勤しんでいる。


「……どうかしましたか? お水のお替りですか?」

 気付かないうちに、見詰めてしまっていたらしい。

 食事の手を止めずに、彼女は私に、そう問いかけてきた。

 私は慌てて、まずは口元を袖口で拭う。

「あ、あの、すみません、大丈夫です!」

 言いながら視線をふと下ろして、私は息を呑む。


 さっき飲み干した筈のコップが、水で満たされている。


 私は、声を掛けられてから今この瞬間まで、彼女から目を離しただろうか?

 いや、目を離していた隙があったとしても、一瞬で私のコップに水を注ぐ事は可能なんだろうか?

 愕然とする私の目の前に、すいと、綺麗なハンカチが差し出された。

「服が汚れてしまいます、これをお使い下さい。……お水は『浄水』の魔法で直接注ぎました。問題なく飲めますので、ご心配なさらずに」

 見慣れない黒と白の、だけど綺麗な――森の中にはそぐわない程の――装いの彼女は、私の衣服の心配のついでに、私の疑問を見透かして答えてくれる。


 月の光に輝く、揺れる銀の髪。

 血が(かよ)っているのか疑わしいほどの白い顔の中、緩く結んだ赤い唇。

 仄暗い焚き火の前でもそれと判る、凍りつくような青い瞳。


 村では見た事もないような、綺麗で不思議な人。


 その人が、事も無げに「魔法」と口にした。

 私はもう一度視線を落とし、コップと、その中に揺れる水とを映す。


 これが、魔法……。


 私は不意に、心を覗かれたような居心地の悪さを感じて、視線を上げることが出来なくなってしまった。




 食事も終え、しかし夜は始まったばかり。

 寝床の問題も有るのだが、この少し小さな珍客を、私の秘密空間に招いても良いものかの判断がつきかねる。


 見た目通りに成長期であるらしい、私が気まぐれで救った少女は、小さな身体(からだ)の割には良く食べた。

 だが、漫画でもあるまいし、無限に食べ続けることは出来ない。

 それでも結構食べていたから、今何かの獣に襲われたら、満足に逃げられるかは怪しい。


 一度は助け、食事まで振る舞ったのに、その後放置したせいで死なれたりしたら、流石に罪悪感を(いだ)いてしまうだろう。


 さて、では何と声を掛けたものかと迷ったが、考えてみれば今の「私」は女性の姿で、もっと言えば人間ですら無い、良く出来た「人形」だ。

 この少女の危機感を煽る要素は……命の心配はするかも知れないが、まあ、貞操の心配は無いと断言しよう。


 悲しい事だが。


 それに、相手が少女であるなら、私も同様の心配をせずに済む。

 人形とは言え見目だけは麗しい、中身は「私」という悲しい存在。


 ……先代は、良くもまあ、私にこの身を明け渡す気になったものだ。

 私が先代の立場だったなら、問答無用で追い出して除霊でもして、全て無かったことにする自信がある。


 まあ、色々と教わる中で世界についてや彼女自身についても色々と薄暗い事情は聞いたから、理解できなくも無いのだが、それでも、だ。


 おっと、思考が逸れた。

 (よる)の森は危険なのだし、周囲に狼らしき獣が数匹、うろついているのも気配で伝わってくる。

 まだ襲ってくる様子は無いが、獲物を放っておくほど、彼らの食欲が満たされている訳でも無いだろう。

 要は、隙を狙っているのだ。


 やれやれと、私は小さく、気取(けど)られないように小さく溜息を落とす。


「さて、食事も終えたところですが、此処(ここ)でのんびりしていてはいずれ(けもの)を呼び寄せるでしょう。ひとまず、安全な空間で休もうと思いますが、ご一緒に如何ですか?」


 精一杯口調を作って、小さな客人に問いかける。

 そんな私の隣に現れる、綺麗では有るけれど胡散臭い、特に凝った意匠もない白いだけの1枚のドア。


 顔を上げ、私とドアを驚愕の相で交互に見て、そして固まる少女。

 うん。


 やっぱり怪しいよなあ、そう思いながら、私も胡散臭いドアへと視線を移すのだった。

夜の森と怪しいドアと、そして怪しい人形です。

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