34 辿る道にて
同行者に頭を悩ませてますが、本人も大概です。
私とほぼ同じデザインの服を着た同行者が、雲ひとつ無い青空の下、荒れ果てた道を先導する。
服飾の技術が有るとは思わなかったが、まさか私のお気に入りのうちの一着を勝手に持ち出し、サイズダウンを含めた改造をしてしまうとは思わなかった。
もはや文句を言う段階を過ぎてしまったので黙認するより他にないのだが、スカートを膝丈にまで短くした挙げ句、両サイドにスリットを入れるのははっきり言ってやりすぎだ。
ちんちくりんのクセに、一丁前に色気付きおって。
こんな荒野のど真ん中、さしあたっての行く先が廃墟となった城塞都市で、誰に何を見せつけるつもりなのか、問い詰める気持ちも湧いてこない。
どうせ無人か、いたとしても魔獣かただの獣と言った程度だろう。
魔法住居に籠もり、結局3日程休息を取ることになった私達は、その甲斐あってすっかり身体の傷は癒え、無闇に元気になったエマが喧しい。
獣の類は見掛けはするが、向こうから寄ってくることも無い。
特に肉類が不足している訳でもないので、こちらから寄っていく事もない。
何も無い道と同じく、何事もない旅路だ。
「ねぇねぇ、この先の廃墟なんて、見てどうするのぉ? 私も潜伏してたけど、特になんにもないよぉ? 盗賊っぽい人達も、殺してたらどっか行っちゃったしぃ」
エマの質問と続く言葉に、私の表情は特に変化しなかったとは思う。
殺してたら何処かへ行った……と言うのは、殺し尽くしたと言う意味なのか、それとも生き残りは逃げ出したという意味なのか、確認しようと思ったがやめた。
どちらであったとしても、どうでも良い事だからだ。
「ただの観光ですよ。私はこの世界と言うものを、自分の目で見たいだけです」
特に意味もなく遠い目をして、私は格好をつける。
元来の旅行趣味等という物も無いし、どちらかと言えば出不精な私なのだが、幾ら何でも古い手記とたったひとりの墓しか残っていないあの墓所で、終始ゴロゴロしていられる程気が長くは無かった。
どうせ旅をするなら目的らしきを持ちたいと思っただけだったし、実の所、旅に出た当初数日程度は、冒険者になる事も視野に入っていた。
ベルネで見掛けた冒険者があんまりにもアレ過ぎて、まっとうな方々には申し訳ないが、そちらの道は遠慮させて頂いた次第ではあるが。
実際問題、魔獣や獣の素材類の買い取りにはギルド証とかは必要無かったし、そうなるとますます冒険者になる意義は薄れた。
今更感は有るが、そもそもギルド証と言う存在も胡散臭い。
魔法で作られた名刺大のカードに個人のレベルやステータスが記憶され、それが各国に跨る冒険者ギルドに情報として蓄積されるというが、こんな世界に個人情報保護の観念がどの程度有るのか知れたものでもない。
ヒトを基準にしている、レベルという概念もなんとも胡散臭いし。
そもそも私は悪名高いザガン人形の1体なのだが、そうと知って冒険者ギルドは私の情報を素直に秘匿してくれるだろうか。
軽々しく冒険者登録などしなくて良かったとつくづく思うし、そういう意味では、あの時出会った、或いは見掛けた冒険者たちには感謝しても良いかもしれない。
絶対にしないけれど。
「観光ぉ? 変な事をしたがるねぇ。それだったら、人の多い所とか、綺麗な景色とか見れば良いのにぃ」
暇を持て余したのか、エマは足元の手のひら大の大きさの石を蹴り上げ、リフティングしながら歩く。
なんとも器用な事をするものだが、感心するより先に、緊張感の無さに呆れてしまう。
緊張感を持てと言っても、こうも何もない、見通しの良い景色の中ではそれも無理だろうとは思うし、私自身、そんなものの欠片も持ち合わせては居ないのだが。
「ついこの間まで、ベルネと言う街に住んでいたのですよ。暫くは、見るのも嫌になるほど人混みを見て来ましたから、滅んだ街の寂しさを眺めてみたくなったのです」
適当に言葉を紡ぐが、意外とこれは本心である。
人混みに紛れ、衛兵隊の隊員と訓練を行い、時に仕事を手伝い、ベルネのあちこちに足を運んだ。
主に活動していたのは南地区と呼ばれる区画だったのだが、そこは冒険者も多い区画だったので、荒くれ者を中心として雑多な連中を数多く眺めてきた。
エルフとかドワーフとかの、私から見たファンタジー色濃いめの種族を多数目にしたし、ゴブリンやコボルトも人類の一員として街に溶け込んでいる様子も見てきた。
無闇に他者の生命を奪うような輩でない限り、この世界は大らかに迎え入れてくれる様だ。
その観点から言えば、私はまだしも、エマはほぼアウトだろう。
「……そんな事を言ったら、貴女は大丈夫なのですか? 人の多い所に行って、殺戮衝動を抑えられるのですか? いちいち街を壊滅させていては、いずれ居場所も無くなりますよ?」
言っては見たが、エマは居場所の有無など気にしないだろう。
私だって、特に他者との接点を求める旅でもない。
エマと共に行くと決めたのも、ただの戦力確保の為でしか無い。
「私ぃ? 私は平気だよぉ? 人間種は殺すけどぉ、それ以外の人類にはなるべく手を出さないしぃ。そこらの人間種だって、最近じゃ殺しても面白くないしぃ」
カラカラと笑うエマの言葉に、私は返す言葉を探すがすぐには出て来ない。
その言葉は、裏を返せば面白そうな人間が居たら殺すと言っているに等しい。
エマの感じる面白さの基準がまだ不明なので、どの辺が彼女の琴線に触れるのか不安でしか無い。
知りたいとも思わないが、ある程度は把握しておくべきだろうか。
人も往かぬ荒涼たる平原を歩きながら、私はちらりと視線を巡らせる。
視界にも探査の魔法にも、およそ人類と思えるような反応は見られなかった。
人の居ない街へ、人形が向かいます。