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31 墓守の意地

両腕の自由を奪って勝負有り、とはならない様です。

 片腕を骨格ごと粉砕され、もう片方は斬り飛ばされ、それでも彼女は笑っていた。


 端的に言って、超怖い。


 その笑顔の根拠が、両腕が無くても問題無いとか言う自信に裏打ちされているものではなく。

 ただただ状況が楽しくて仕方がない、と言った風のキラキラとした、子供のような純粋な、それだけにハッキリと浮き上がる。


 まっさらな狂気の、そんな笑顔。


「あははっ! あははははっ! あはははははははっ! 楽しいよぉ! こんなに楽しいのぉ、スッごく久しぶりだよぉ!」


 月の光の下、獣すら遠巻きしない、2人きりの荒野。

 お互い傷だらけ、私のほうがだいぶマシな様子だが、劣勢に見える方が狂気じみた笑い声を上げている。


 さてどうしたものか、先制で両足を潰してさっさと制圧するか。

 そんな事を考えて、ああ、潰すも何も今持ってる武器はシンプルな剣だったなあ、なんて事をのんびり思い浮かべていると、眼の前の空間が、揺らめくようにブレた気がした。

 空気が圧縮されるような、微かな、しかし確かな揺らめき。


 はっとして大地を踏みしめ、何度目か、私は大きく後ろへと飛ぼうとして躊躇する。


 後ろは……不味い。


 反射的に障壁を張って、衝動的に横へ……左へと跳んだ私に、轟音と衝撃、そして熱波が襲い掛かる。

 僅かな逡巡は私の障壁を一瞬で叩き割り、退くことを拒んだ直感は私を生かした。


 果たして、プラスマイナスで言えばどちらに軍配が上がるのか、まるで奔流のように過ぎ去る爆炎をちらりと背後に見送りながら考える。

 距離をある程度取れていた事と咄嗟に障壁を展開出来た、にも関わらず私の頼みの壁は簡単に崩れ去った。

 前方、爆炎に隠れたエマを見透かすように一点を凝視する私は、自身の甘さに自虐の笑みが零れそうになる。


 狂戦士の両腕を使用不能にした事で油断したのだろう、その代償に私は、右腕を持っていかれた。


 正確にはまだ繋がっている。

 しかし、エマの――「爆殺」の名に恥じないその魔法は私の障壁とプライドだけでなく、右腕の疑似皮膚組織や疑似筋肉、脂肪類を纏めて吹き飛ばした。

 今は右腕の内部骨格(フレーム)が、情けなく肩からぶら下がっている有様である。

 どうやら右腕は動きそうにない。

 人工筋繊維も壊滅的な損傷を受けてしまったらしい。


 ここに来て魔法攻撃とは、随分と余裕を失くしたようだ。


 そう思いながら爆煙が晴れるのを待っていたが、考えてみればエマは両腕が使用不能、少なくとも片腕は斬り落としている。

 武器を振る腕が無い以上、あの戦闘狂なら魔法の使用を躊躇わないだろう。


 諦めと呆れをどう表情に映したものか、そもそも表情をきちんと変えることが出来るのか。

 自身に対してどうでも良い疑問を感じた所で、爆煙を削るように3箇所、球形に何もない空間が出現する。


 これはマズい。


 私は些か自信を失った障壁を立て、それを16枚重ねる。

 16と言う数に意味はない、咄嗟に魔力を束ねて、最高の強度を発揮させ、そして展開できる限界がそうだっただけだ。

 それぞれ私の周囲を覆うように展開し、重ねた障壁の中で身構えていると、間もなく轟音と爆煙が正面から襲い掛かってくる。


「あははははっ! みぃんな、爆破しちゃおうねぇ!」


 爆炎に紛れて、聞こえない筈の声が聞こえた気がした。

 幻聴のくせにエマの表情まで想像出来て、私の方は表情をいっそう曇らせる。


 滅んだ城塞都市の遺跡を眺めて見ようかと思って来ただけだったのだが、随分と危ない存在に絡まれてしまったものだ。


 幾重にも続く爆発に耐えかね、障壁が軋み、耐えきれずに割れ砕けていく。

 咄嗟の1枚とは違う、魔力をありったけ凝縮させた障壁でも長くは耐えられない有様には、素直に歯噛みする他無い。

 気分を落ち着けるのに苦労しながら障壁が割れる都度張り直しを試みるのだが、これが「爆殺」の本領か、まるで火砲のように襲い掛かってくる爆炎と破砕の奔流は数発で私の障壁を破壊する。


 ムラッ気なのか自分で撒いた爆発で私を上手く捉えきれていないのか、同じところを連続で撃って来ることもなく、どころか外れているものも多いのが救いではあるのだが、攻撃に切れ目が無いので迂闊に動くことも出来ない。


 下手に障壁を解いたところに直撃されては終わりだし、障壁ごと動いては私の集中力の関係で、張り直しが上手く出来る自信が無い。

 さらに反撃となると、こうも見境なしの爆撃には抗えるとも思えない。


 私の熱線や光線は高威力では有るが、どちらも距離によって威力が大きく減じてしまう。

 この状況で、エマと同じ距離で撃ち合っては届くどころか、あっさりとエマの魔法に呑まれて消えるだけだろう。

 己の鍛錬不足を嘆くのは後に回すにしても、この状況をひっくり返せるような面白い方法は手元には無い。

 そもそもそんな事に考えを巡らせようにも、見る間に失われる障壁の再展開に意識を持っていかれてしまい、どうしてもそんな余裕が捻り出せない。

 必死に魔力を振り絞り障壁を張り直しながら、周囲の状況に気を配る。


 このままでは障壁の展開以前に、私の魔力が底をついてしまうのではないか。


 障壁の貼り直しをしながらそんな恐怖に駆られ、必死にその事実から目を背けた私は、数秒ほど、その変化に気付くことが出来なかった。




 障壁が割れないことに気が付いて恐る恐る周囲を確認すれば、爆音は止んでいた。

 煙が剥き出しの土肌を流れていく。


 爆炎に焼かれ、吹き飛ばされた大地は私の障壁を張っていた地点以外は荒れに荒れ、もはや大きく抉り取られているような有様である。

 私の背後には幾分かの無事な大地、というか廃道の名残が残されているが、暴虐の爪痕はそれ以外を大きく損ね、割と彼方までを削り取っている。


 威力も有って射程も長いとか、随分な欲張りセット魔法である。

 狙いの甘さが欠点、とも言えないか。


「あははっ。魔力操作が下手っぴぃのクセに、壁はちゃんと張れるんだねぇ?」

 必死の貼り直しで周囲270度16枚フルで展開する障壁、その向こうの晴れていく爆煙の奥から、声も流れてくる。

 こちらは障壁を幾度も張り直しを行ったとは言え、実のところ余力は……多少有る。

 魔力操作はたしかに苦手なのは悔しいが事実、だが私が内包する魔力量は先代譲りだ。


 対するエマは、周囲の様子をちらりと見ただけでも、無闇に爆発魔法をバラ撒いていたらしい事が判る。

 焦げ跡の残る地面はエマを中心に扇状に抉れ荒れ果て、私は今やちょっとした渓谷の中洲に取り残されたような有様だ。


 これが街を幾つか消し去ったという「爆殺」エマの本領か。

 最初から指向性爆破魔法(こんなモノ)で来られたら、果たして対応出来ただろうか。

 まずは刃物で襲い掛かってきた事実と合わせて、謎と疑問は深まるばかりだ。


 障壁に囲まれているとは言え、この段階で私が随分と呑気なことを考えているのには、当然理由がある。

 この時点でエマの言葉から既に数秒経過しているのだが、彼女は追撃をしてこない。


 いや、彼女は追撃が出来ないのだ、恐らく。


「……人の事を素人扱いする割には、貴女(あなた)は魔力が切れたのですか? 私の障壁を割り切る事も出来ないとは、随分お粗末な魔力量ですね?」

 なんとなく見下されているようで癪に障っていた私は、断定した上で煽りを入れる。

 相手の残存魔力量を正確に測ることは難しいが、ある程度は推察することが出来るのだ。


 実は探査・探知系の魔法を遮断していて、まだまだ魔法を連発出来るほどの魔力を隠して居たとしても、こちらにだって魔力量に余裕は……無いこともない。

 反撃方法は思いつかないが、それならそれで全部防ぎきって見せれば良いだけだ。


 魔法反射は出来なくもないが、私には上手く扱えない、という些か情けない事情が有る事は、決して口にしない。


 よしんば魔力量で負け、障壁の維持が難しくなった場合でも、最悪は隙を見て魔法住居(コテージ)に逃げ込めば良い。

 入ってドアを閉じてしまえば、視認も出来なくなるし物理的にも魔法的にも干渉出来なくなる。


 そんな風に気楽に考え、割と適当な、場繋ぎ程度の煽り文句。

 だった筈なのだが、その効果は思ったよりも大きかった。


「わたっ、私の魔力量は少なくないモン!」


 思い掛けない激昂した声に、私は障壁越しの、すっかり煙が晴れつつ有る前方に目を凝らす。

「私は『爆殺』エマ! ちょっとした街なら更地にしてもお釣りが来る魔力量だモン! アナタの壁が硬すぎるのが可怪しいんだモン!」

 晴れた煙の向こうでは、悔しそうな、ともすれば泣きそうにも見える表情でこちらを睨んでいる、傷だらけの人形が立っていた。

 傷は増えている訳ではないが減っても居ない辺り、回復にリソースを回している訳でも無いらしい。


 私の方も、障壁の維持が精一杯で、回復の余裕はほぼ無かったのだが。


 と言うか、街ひとつを更地にして余りある魔力量とか、改めて考えればとんだ化け物だ。

 私は一撃で使用不能にされた右腕と、次々に割れ砕けた障壁と、新たな観光名所になりそうなこの荒野の有様を思い出し、その台詞もハッタリではないのだなと納得する。


 だがしかし。


 私自身は何度も言う通り、魔法の扱いに関してはヘッポコでは有るのだが、元は「墓守」マリアの魔法であり、魔力だ。

 守ることに注力してしまえば、中身が私に変わっても凌ぐくらいは……。


 なんとかなって良かった。


「あまり舐めないで下さい。これでも私は『墓守』を継いでいるのですよ? 都市が、国が崩壊しようと、マスターの墓所を守り切る程度が出来ずに『墓守』などと、名乗れる筈が無いでしょう?」


 飛び掛かりや不意の魔法攻撃を警戒しつつ、私は大きめのハッタリを投げつける。

 その墓所をほっぽりだしてこんな所をフラフラ旅している身なのだが、言わねばバレまい。

 それに実際の所、国が崩壊するレベルの攻撃なら、それが物理的なものであれ魔法的な何かであれ、防ぎ切れる筈がない。


 ……先代なら、守り切れるだろうか? 出来そうで、それはそれで嫌では有るが……。


「だっておかしいよおかしいよ! なんで私の本気を受け止めて、それで死なないの! 魔力全部叩き付けたのに! おかしいよ!」


 言いながら、だんだんと地団駄まで踏んで、エマは言い募る。

 と言うか、本当に魔力を使い果たしたのか。

 どうせ使い切るのなら、もっと狙いを……いや、自分の首を絞める趣味も理由も無いか。

 敢えて返事をするとしても知ったことか、としか答えようが無いのだが、それでは芸がないだろう。


 初手刃物を振り回して飛び掛かって来て、挙げ句魔力枯渇でキーキー騒ぐ自称「爆殺人形」の姿に、少しだけ考えて、私は溜息と共に言葉を押し出す。


「その有様で爆殺人形とは、随分と笑わせて下さいますね? 癇癪玉人形とでも、改名されたほうが宜しいですよ?」


 もはや癇癪玉程にも爆発を起こせなくなったらしい人形は、悔しそうに私を睨んで唇を噛むのだった。

ようやく、相手の攻撃手段の大部分を封じた様です。

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