30 凶刃と隠し刃
テンションの落差が大きい相手は、個人的に苦手ではあります。
「どういうコトぉ!? どういうコトかなぁ!? 中身が違うって、興味がスッごいよぉ!?」
腕が一本使い物にならなくなったというのに、残った左腕をブンブン振り回しながら、一度は消えた狂気じみた笑顔を輝かせて私に問を投げつけてくる。
「質問したいならまず、攻撃をお止めなさい! 相手を傷付けないと落ち着かない病気か何かですか、貴女はッ!」
音を立てて空を切るメイスの軌道から飛び退いて、エマは左手の短刀をくるくると弄ぶ。
そんな様子を目にした私は、ああ、これから少しだけ落ち着いての質問タイムか、そう一息吐いて。
突然飛び掛かってくるその姿に、呼吸を止める。
踏み込みに反応しきれずに、頭を庇って上がった右前腕にその刃が食いつく。
咄嗟にメイスの柄で受けようとしたのだが、途中で軌道を変えた刃を躱せなかったのだ。
「このっ!」
初手を受けた左腕も戦闘の忙しさで後手に回ってしまい、まだ回復しきっていないと言うのに。
ここに来て右腕まで負傷してしまったのは痛い。
強引な軌道変更であったのに、その刃はやはり内部骨格にまで到達している。
「んんん~? 確かにぃ? なんて言うかぁ……アナタ、魔力操作が下手っぴねぇ?」
強引に右腕を払い、刃を振り払った私の腹部に衝撃が走る。
蹴られた?
突き出すように蹴り出された右足を辛うじて視界に収めた私は、大きく吹き飛ばされて尚勢いは死なず、大地を転がる。
普通の人間など比較にならない耐久力を持つ私の身体が軋み、腹部が吹き飛んでしまったような錯覚に囚われる。
下手に耐えようとしたなら、実際にそうなっていても可笑しくはなかった。
蹴られた衝撃で得物を手放してしまい、拾いに行くには距離がある上に、エマが容易くそれを許しはしないだろう。
咄嗟に後ろに飛んだ、と言うよりも、辛うじて足から力が抜けて、結果大きく飛ばされることになった。
ダメージは殺しきれていないが、それほど大きくない――動けるという意味で、という状況では有る。
当然、それ以外も無傷とは言えない。
左右上腕は刃を受け、腹部には蹴りを受け。
その他大小様々な切り傷が、私の身体を飾っている。
対してエマの方は、大破した右腕が目立つがその他は数箇所、私の振ったメイスが掠った跡が、衣服に切り傷として残っている程度だ。
「魔力操作は、まだ苦手なのですよ。この身体を引き継いで4年と少し、使いこなすにはまだ時間が掛かりそうです」
見た目のダメージで言えばエマの方が致命的に見えるが、ダメージ総量で言えばどうだろうか?
両腕のフレームも若干心配では有るが、それよりも筋繊維を斬られているのがマズい。
到底、全力を出せるとは言えない状況だ。
この状態でメイスを……重量武器を手にした所で、エマの速さについていけるとも思えない。
今のところ自覚は無いが、腹部に受けた蹴りのダメージも心配ではある。
「引き継いだ? いっぱい訳分かんないコト言ってるけどぉ、それって結局どゆことぉ?」
手慰みに短刀を弄びながら、エマは小首を傾げる。
こういう動作をしておきながら、次の瞬間には私の懐にまで踏み込んで来かねない。
嫌な学習を済ませてしまった私は、油断せずに武器庫を漁りつつ、返す言葉を選ぶ。
「言葉の意味そのままですよ。それくらいは理解できるでしょう? 先代の……この身体にマスターが最初に封じ込めた人工精霊は、『私』に色々遺して消滅しました」
小振りのメイスを取り出そうかと思ったが、小振りとは言え重量を活かして使用される武器では、今の腕の状態では心許ない。
刃筋を立てるとか、色々と面倒な事をある程度は無視出来る素晴らしい武器種なのだが、相手の速さについて行けないのでは意味がないのだ。
ついて行けないどころか、下手に無茶をして両腕が使えなくなってしまったら目も当てられない。
「それが意味分かんないんだけどぉ……。うぅん、まあ、やっぱり分解してみるのが一番かぁ」
くるくると回る短刀の刃先が月光を裂いて反射し、キラキラと舞う。
不穏な言葉が途切れた時には、それは銀光を曵いて私へと殺到してくる。
最早様式美とも言える流れだ。
気が進まないながら、私は武器を選び、狂気じみた速度で振るわれエマの攻撃を、身を捻り、逸らし、躱す。
両手で来られるよりマシな筈のそれは、だが、片腕を失った事で寧ろ速度が増したようにも思える。
執拗に首を狙っているように思えるその軌道は、しかし一方で無秩序さをも併せ持ち、思わぬ位置から飛び出してくる刃は私に小さな傷を増やす。
どうやったらそんな角度から刃がせり上がってくるのか、なんで今吹き抜けた筈の刃が追い打ちのように同じ軌道で迫ってくるのか。
私よりも小柄なその体躯を伸ばし、縮め、あらん限りのトリッキーさが私に襲いかかる。
こういう手合を相手にする時は、慌ててはいけない。
私は慎重に相手の動きを読み、合わせ、時にしくじって傷を負いながら、チャンスを待つ。
先程、メイスを叩き付けた時のように。
エマも、私の狙いは重々承知だろう。
片腕で刃を振るっている、そのハンデを感じさせない程に。
両手で振り回していた時とは比べ物にならない程に、その刺突、斬撃は多彩になっていた。
そう、刺突が織り交ぜられる機会が増えた。
脚技も絡め、手がつけられない勢いな上に、スタミナ切れの様子も無い。
全くもって、動く人形というものは可愛げが無い。
薙ぎ払われ、僅かな間をおいて突き出されるそれを紙一重で避け、引き戻されるその動きに合わせて。
牽制で放たれた蹴りを、身を捻り、両腕で捌きながら踏み込み。
私は再度、体当たりの体勢で、右肩を、姿勢をやや崩した相手へと叩きつける。
大きく姿勢を崩した人形が、無理な体勢から左腕を突き出してくるのを視界に収め。
私も強引に上体を捻り、やり過ごしながら。
待っていた攻撃――無理な体勢からの強引な突き――を引き当て、その機会を逃すまいと、柄にもなく懸命に。
武器庫から引き抜いた剣を振り払い、その左腕を斬り飛ばす。
「……私は確かに魔力操作は苦手ですが」
強引な動きに無茶な力を乗せて、無理矢理に振り抜いた剣は、人形の腕を見事に斬り飛ばした。
代償に私の右前腕の内部骨格をも破損させて。
右の尺骨に相当する骨格は折れ、橈骨にもひびが入る。
相手の状態は、右腕は上腕で砕け、左腕はやはり上腕から失われている。
細かい傷は私の方が多いだろうが、動きに支障は無い。
両腕を失ったエマに比べれば、まだしも私のほうが戦闘力は有るだろう。
「貴女も、自慢できる程、得意な訳でも無いようですね?」
私はここぞとばかりに、憎まれ口を叩きつける。
後は、躾の悪い脚を封じれば良い。
それだって楽な事では無いだろうな、と、内心溜息を吐くが、そんな事は表面上、おくびにも出さないのだった。
調子に乗ると、多分ろくな事にならない予感です。