29 言い訳と言い分
人形は楽しげに踊ります。
尋常ではない。
吹き荒れる刃の嵐を、身を捻り、身を屈め、後ろに下がり、或いは思い切って踏み込み、メイスの各部を使用して打ち払って。
あれから2度程、都合にして3度も、顔に薄いとはいえ傷を負わされたというのに。
ついでに言うなら、服は数箇所斬り裂かれ、身体には大小様々な傷が刻まれているというのに。
私の攻撃も数度相手を掠めているのだが、直撃と言えるモノは無い。
手数で劣るとは言え、鈍器を、人外の膂力で振り回しているというのに、エマと名乗った人形は顔に笑みを貼り付けたまま、容易く踏み込み、掻い潜ってくる。
そして、その両腕が操る短刀は、その殆どが薙ぎ払われるように振り回されていると言うのに異様に早く、判断を間違えてしまえば痛手で済みそうな気がしない。
不用意にジャンプ攻撃とか、迎撃余裕なんですけど、などと考えていた数分前の自分の能天気さが恨めしい。
魔法と言うものの存在を忘れていたとは決して言わないが、自分の背後で爆発魔法を使って加速するとか、とてもとても真っ当なやり方とは思えない。
加速するにしても、風魔法を使うとか飛行系の魔法を暴走させるとか、色々有るだろうに。
そんな魔法を使えるのに直接攻撃に使ってこないというのも謎だが、それはそれで助かるので黙っておく。
と言うか、このエマという人形、狂戦士過ぎやしないだろうか?
うっかりと対地攻撃を被弾せずにやり過ごせたは良いものの、そこから大地に降り立った彼女は身体ごと回り軽快に跳ね回り、退いたと思えば踏み込み、死角へと回り込み、ちょこまかちょこまかと鬱陶しいことこの上ない。
「あははははぁ! アナタ良いねぇ! 楽しいねぇ!」
苛々とメイスを構え振り払う私の鼓膜に、エマの甲高い笑い声が爪を立てる。
「何一つ楽しく有りませんよ! 大体……!」
刃が吹き抜けた後の一瞬の隙に、苛立ちに任せて声を荒げ、体当たりを敢行する。
勢いが付きすぎた私はエマの胸元に右肩を叩きつけてもまだ止まらず、エマの額を私の額が強かに殴りつける。
まるで人間のようにたたらを踏み、よろめきながら退く相手へと、私は強引にメイスによる追撃を浴びせかける。
「なんだってこんな所に、貴女が居るんですか!」
マスターことサイモン・ネイト・ザガンの手による人形のうち、存在が明記されているものは6体。
それぞれの特徴等は、魔法住居に残された資料で知っている。
マスターの作品については多分、世界各地で、断片では有るだろうが、残っている。
しかし、各々が意志を持つ関係上、それらの正確な所在はハッキリしていない。
だから私は、恐らく人形達はマスターの故郷近くを彷徨いていると思っていた。
先代の様子から、それぞれがマスターを慕い、縁の地から大きく離れることは無いのだろうと、勝手に思い込んでいた。
山越えだって、楽ではないだろうと。
まさにその山を越えマスターの望む場所に霊廟を作り、最近までひっそりと眠っていた人形が居たことなど、完全に忘却していた。
先代は妙に身近すぎて、ついつい思考のピースに組み込むのを忘れてしまう。
「あはははっ。私は私の趣味の為にぃ、あちこち彷徨う運命ってやつなんだよぉ? 何しろマスター・サイモンの御命令はぁ」
私のメイスが、身を引こうとした彼女の右上腕に突き刺さり、外装が衣服ごと弾け、内部骨格がへし折れ砕ける感触を伝えてくる。
だが、エマの笑みは消えず、言葉も途切れない。
「旅をしなさい、愉しみなさい。そして人間を殺しなさい。これだけの、シンプルなモノなのなんだからぁ!」
破壊され、まともに動かせなくなった筈の右腕を完全に無視して、飛び退る彼女の哄笑が響き渡る。
「寧ろ、アナタはなんでこんな所にぃ? 私と戦っているのは私が絡んだから仕方ないけどぉ?」
仕方無くない。
何一つ必然性はないのだから、こんな無駄絡みは即刻止めて頂きたい。
私はエマの狂気じみた所作に圧され、メイスを構え直す。
「マスター・サイモンの人形はぁ! みぃんな、同じ御命令を賜っている筈だよぉ!?」
そんな私に構わず、なんだか急に近寄りがたいテンションに到達したエマは、狂気じみた笑いと共に、そんな言葉を吐き散らす。
なかなかに絵になる、そんな狂気では有るのだが。
そんな事を言われても、私は知らないし関係ない。
「私には、2重の意味で、そんな命令は無いのですよ」
どうせ聞いちゃくれないだろう、そう思いながら発した言葉を耳にしたらしい彼女は、意外な事にその笑いを収め、その碧の瞳を真っ直ぐに向けてくる。
えっ嘘、興味引いちゃった? それとも何か、気に触った?
「……どういう、事ぉ?」
左腕の短刀を真っ直ぐに私に向け、言葉の刃を投げつけてくる。
明らかにおかしな人――人形だけど――が狂ったように笑っている様もなかなか怖かったのだが、その笑いが唐突に引っ込むと、それもまた怖い。
多分、これは答えないとキレ散らかすやつだ。
「まずひとつに、私はマスターの最後の人形です。私は、マスターの墓所の作成指揮と、その墓所の守護を命じられました。そして」
取り敢えず、此処までの私の説明には、エマは大きな反応を示さない。
言葉を続けようとした時に、私に突きつけた短刀の切っ先が揺れた、それだけだ。
さて、先代が受けた命令の事だけ話しておけば、それで穏便に済んだ気がしなくもないのだが。
私の口は、言葉の前後に余計な単語をぶら下げてしまっている。
そうしてしまった以上、彼女はもう、これだけの説明で納得はしてくれまい。
覚悟というよりも諦めに近い何かに背を押され、私は口を開く。
「……その当時の『私』とは、中身が違っているのですよ」
私の言葉に、もう一度、切っ先が揺れる。
完全に表情が消えたその視線が私の眼を捉え、離れない。
物凄く居心地が悪いのだが、この危険な気配を放つ人形が素直に逃してくれる気は、少しも湧いてこない。
相手の右腕を壊してしまっても居るし、なんだかスイッチも入った様だし、謝っても駄目だろうな。
そもそも謝る心算も無い私だが、そんな事を考えながらメイスを構え直すのだった。
また、口先が災いを呼びそうな予感です。