28 迷い人形の舞踏会
どう考えても、同族の予感です。
型番。
魔法世界ではあまり馴染みのない単語な気がするが、この世界にだって製造業はある訳で、当然管理の為に存在するのだろう。
取り敢えず知っている範囲で言えば、私自身にも「Za302a」と言う型番がある。
私に存在しているのにイマイチ歯切れが悪いのは、他の型番付きの製品を知らないからだ。
「お嬢ちゃん? アナタの型番は、幾つなのかなぁ?」
金髪に碧い目を光らせて、彼女――「それ」はハッキリと口にした。
当てずっぽうで口に出来る単語だろうか?
知らなければ出てこない単語だと思うのだが、ならば何故知っているのか?
型番持ちと何らかの関係がある、もしくは有ったのか。
それとも、自分も型番を持っているのか。
「……何の事でしょう? 唐突に言われましても」
惚けようと言葉を濁せば、即座に刃が銀光を閃かせて迫ってくる。
1歩退いて横薙ぎをやり過ごし、真上からの振り下ろしをメイスの柄で受け止め、渾身の力で押し返して距離を取り直す。
その僅かな攻防の合間に、やり過ごした筈の左手、その短刀が真横から私の顔目掛けて返って来ていた。
ギリギリで、その刃は私の頬を浅く薙ぐ。
私に強引に押し返されると踏んで、首ではなく顔を狙ったのか。
考えすぎかは判らないが、用心と警戒は緩めないに限る。
「なぁに、その力ぁ。間に合う筈だったのになぁ」
残念そうに、クスクスと、その口元を飾る笑みに似つかわしい口調で肩を竦めて見せる。
特に構えたりはしていないのは、先程から変わらない。
だと言うのに、早い。
単純な膂力なら私のほうが上のようだが、スピードでは向こうに分がある、という所か。
私は油断する余裕も失く、メイスを正眼に構える。
添えた左腕は、回復するのにまだ数秒掛かるだろう。
完全な状態だったら先程の横薙ぎを躱せたかと言えば、微妙だったと言わざるを得ないのが悔しい所だ。
「ふふぅん、私はエマ。マスター・サイモンのぉ、6体目のお人形ぉ。型番は、Za206だよぉ」
構えと警戒を解かない、解くわけがない私に、彼女はのんびりと口を開く。
私と違う、緩くウェーブの掛かった金色の髪を、月下に揺らめかせて。
マスター・サイモン、と来たか。
先代が避けていた名前呼びを躊躇なくしてきた辺り、名前を呼ぶことは禁忌では無かったらしい。
てっきり禁忌かと思って、私も頑なに避けてしまっていたじゃないか。
つまり、目の前の相手も、私と同じく人間でも無く、どころか生命体ですら無い、と言うことか。
どうやら同じマスターの作品らしく、私の型番によく似通ったそれを口にした。
Zaは「ザガン」の頭文字か、それに自動人形の頭文字であるAを付けたのか。
どうであっても、あまり興味は無いが。
「自己紹介、有難う御座います。私の名はマリア。マスター最後の作品、型番はZa302aです」
相手が名乗った以上、私も礼儀に則って名乗りを上げる。
マスターこと、サイモン・ネイト・ザガン作の自動人形、私のシリーズナンバーは3、続くのは製造順に付けられる通し番号。
そして最後の「a」の意味については、先代には教えて貰っていない。
「あはぁ。やっぱり、マスター・サイモンのお人形なんだぁ。……うん?」
笑顔を崩さずに私の名乗りを聞いた人形――エマは、ふとその表情を怪訝なそれに変える。
「302、a? 3シリーズって言うのも初めて聞くのにぃ、その最後のaってなぁに?」
私も持っていた疑問に、エマは当然行き当たる。
いや、寧ろ先行で生産された彼女ですら、最後にアルファベットを振っている型番に見覚えがない、と言うことだろうか。
「さて、私も存じませんね。複数作ったテストタイプに便宜的に割り振ったモノなのか、他に何か意味が有るのか。私が目を覚ました時には、私以外の人形は有りませんでしたから」
応える私の声は、抱える疑問を押さえつけ、嘘も吐いては居ないが本当の事も言っていない、そんな言葉にまとまって押し出される。
「3シリーズ、最後の人形……」
意外な事に、エマは私の放った言葉に思う所があるのか、何やら考え込んでいる。
攻勢に出るにしろ、逃げるにしろ、これが好機だろうか?
正眼に構えたメイスを握り直し、どう出るかを吟味し始めた瞬間に、エマの姿が霞んで揺れる。
ハッとして飛び退きながらメイスを振り払って銀光を弾き、すぐに前に踏み込みながら強引にメイスを振り戻し、逆から迫る対の銀光を柄、ほぼグリップに近い位置で受け止め、更に向かって左から戻ってくる短刀の一撃を、左前腕をエマの右前腕に叩きつけるようにして止める。
回復半ばの傷が開き、疑似血液が舞う。
やはり力負けはしていないが、この速さは純粋に鬱陶しい。
「まぁ、考えても分かんないかぁ」
呟いて大きく飛び退るエマに忌々しげに舌打ちをした私だが、その貌を目にして、私の魂、唯一の人間の部分が、ぞわりと粟立った。
いやらしくニヤつく口元に反して、一度も笑っていなかったその貌の、その目が。
「でも、同じお人形だもんねぇ? 分解しちゃえばぁ、確認の方法なんて幾らでも有るよねぇ?」
愉しそうに、歪んでいた。
人間ではなくなってしまった、竦む理由が無くなった筈の私は、その瞬間、確かに呑まれた。
呼吸を整え、いつ動くかわからない眼の前の狂気から意識を外さず、私は正眼に構えていたメイスを下ろし、右手にだらりとぶら提げる。
まだ、大丈夫。
まだ、ついて行ける。
自分に言い聞かせて、狂気じみた人形と向かい合う。
短刀を大きく振り回す、その動きが変わってしまう前に、どういう形であれ無力化してしまいたい。
下手に刺激してコンパクトな構えにシフトされたり、突きを主体に切り替えられてしまうと面倒臭い。
そんな事を思ってはみたが、しかし。
エマと名乗った人形は、本能? のままに攻撃するだけで、振り回すとか突くとか、別段考えてないんだろうな、と。
凶悪な笑みを浮かべて無策に飛び上がり、上空からの落下攻撃を仕掛けてくる様子を見て、そんな風にも考えるのだった。
案外楽に勝てるかも知れません?