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25 のんびり移動日記

特にイベントもない移動の様子……らしいです。

 北を目指してベルネを発って、じき1ヶ月が過ぎるだろうか。

 野菜の有る食生活は良い。

 肉料理がより一層引き立つようだし、なんだか食べるだけで健康になったような気になるし。


 人形だから、そもそも害する健康も無いのだが。




 街道を外れては居るものの、大きく離れないように気をつけつつ、野の獣を狩ったり野外での簡単な料理を楽しんだりと、気ままに旅を楽しむ。

 四方が割と、と言うかかなり視界の開けた原野なので身を隠す場所も少なく、日中ならば賊の類を警戒する必要も薄い。


 何が起こるか判らないので、完全に油断出来ないのは当然なのだが。


 時折、思い出したように周囲に探知魔法を走らせ、怪しいポイントには探査魔法を投げる、という方法を使っているが、今の所小さな危険の予兆すらも掛かって来ない。

 私が元居た霊廟付近は、野獣は勿論、危険な魔獣も居たしちょっと歩けば山賊なども徒党を組んでいた。


 あれがこの世界の標準なのかと思ったが、別にそんな事は無かったらしい。


 ベルネで更新した最新の地図データを脳内で思い起こしつつ、串焼きにした肉をもぐもぐしていると、この先、大きめの池が有るらしい。

 湖と言うにはささやかだが、池と言うには少しばかり大きい。


 魚も居るかも、と思ったが……池の魚だと、泥臭さがキツイかも知れない。


 そもそも肉好きで魚はあまり好んで食さない自分を思い出し、湧き上がりかけた好奇心はすぐに消え去る。

 周辺にはかなり離れた所に狩人が仕事中らしい様子と、街道を行く数人が居るようだが、全くもって平和であり、トラブルなど起こりようも無い状況である。

 これで油断出来るほどこの世界を舐めている心算(つもり)は無いが、それでも多少は気が緩むというものだ。

 食事の後片付けと跡を片付け、人形らしからぬ伸びをして、のんびりと旅を再開する。


 この辺りは特に問題もなく目的地に到着した、と、そういう形で飛ばされるエリアなのだろうな、そんな事を考えて、それでも気分は悪くなかった。




 夕刻に差し掛かった頃には、私は自身のぼんやりした感想などすっかり忘れ去っていた。

 次の街、村よりは幾分規模が大きい、そんな街に到着するには1週間程掛かる、そんな事を考え、その旅程では何もなかった、そんな(ふう)に頭の中で少し先までの日記をまとめようとしていた私は、俄に騒がしくなった周囲の――それでも、かなり距離は有る――様子に、さて何事かと探知を走らせる。


 大まかに方角で言えば南西、進路からの感覚で言えば左後方から。

 こちらに向かって……と言うか、街道目指して迷走している様子で走る、2つの人らしき反応。

 そして、それを追う幾つもの……なんだこれ?

 反応的には獣なのだが、それなりの数だ。

 狼の群れな気もするし、かと言って私は狼の生態を知らないので、この群れが狼だと断定も出来ない。


 大きめの蟻だったりしたら見捨てようかな、などと考えながら探知の反応をしばらく眺めてみるが、やはり獣の様な気がする。


 いずれにせよ緊急事態らしきは感じるのだが、周囲に点在する狩人は感づいてはいても近寄ろうとは思っていないらしく、むしろ距離を取りたがっているように思える。

 まあ、そうなるだろう。


 一昔前、私もMMORPGなんてモノで遊んでいた時期があった。

 そこで、画面の向こうで、良く見た光景が思い起こされている。


 ちょっと良さげな狩場で頑張った挙げ句、処理しきれなくなり、周囲のMOBのタゲを取ったままで慌てて逃げ出し、狩場に大混乱を巻き起こす者、そしてその行為。

 中には、意図的にMOBのヘイトを集め周囲のプレイヤーに擦り付ける、迷惑を超えた危険な輩も居た。


「トレイン、ですか……。懐かしいですが、嬉しくは有りませんね」


 周囲に誰も居ないと言うのに、口に出してしまう言葉は比較的丁寧なものになってしまう。

 もう少し忌々しげな台詞を言いたかった筈なのに、これではただの感想だ。


 真っ直ぐ向かって来ているので、私としては先頭の2人は殺してしまっても問題ないと思うのだが、それで後ろの獣らしき何かが大人しくなってくれるとも思えない。

 私がここから立ち去ってしまうのがもっとも簡単にトラブルを回避できる方法なのだが、そのまま街道に出てしまえば、旅する人たちが巻き込まれ兼ねない。


 ……イリーナと出会わなければ、衛兵隊と変に行動を共にすることが無ければ、間違いなく立ち去っていたと言うのに。


 大量の獣たちを相手にして勝てるのかと問われれば、そこに問題はない。

 問題が有るとすれば、剣なりメイスなりを振り回すにはちょっと面倒臭いほど数が多いので、出来れば魔法で薙ぎ払いたい所なのだが。


 それをやると、恐らく――。


 私は精度を高めた探知で知った、迷惑極まる2人組の情報に眉根を寄せる。

 18歳の男と、19歳の女。

 この世界ではとうに成人を迎えている年齢だが、私の基準で言えば、まだまだ若年。

 そんな若く、駆け出しで、レベルも大して高くもない冒険者が。

 どんなちょっかいを掛けてあんな群れに追われているのか良く判らない、そんな、要は粗忽な冒険者が。


 腕の骨格を剥き出しにして、強力な魔法で獣を焼き尽くす私を見て、冷静で居られるだろうか?

 私の疑似外装は、あの数の敵を焼き払う程の時間を耐え続けられるほど、強固では無いのだが。


 悩んでいる間に2人組は――こちらに気付いているのではないかと思えるほど真っ直ぐに――私目掛けて走ってくる。


 傍迷惑極まる2人は殺すにしろ保護するにしろどうとでもなるだろうが、追うナニモノカはどうにかしなければ街道にまで被害が拡がってしまう。

 周囲に誰も居ない事を再確認して、溜息と舌打ちを残し、そして私は走る。


 何が、何のイベントもないただの移動エリアだ。

 何が、のんびり平和な旅、だ。


 数時間前の私に出会ったなら間違いなく張り倒す勢いで、湧き出た愚痴を後方に置き去りにするのだった。

昔、トレインでなにか嫌な事があったのかも知れません。

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