幕間・気分転換
念願叶っての、ひとり旅です。
天高く……秋と言うにはまだ気の早い時節ではあるが、まあ、見上げるだけで気分が良くなる程の、見事な快晴と言うやつだ。
そんな食レポの枕詞のようなどうでも良い感想を気分良く想起しながら、私はひとり、街道を逸れた平原を歩く。
魔力の扱い方が以前より多少は上手くなったようで、擬似生体外装の強度が少しだけ増した気がするが、まだ熱線系の魔法を使うと手やら腕やらの内部骨格が剥き出しになってしまう。
しかし、最近は低ランク魔法を使うことも覚え、狩りのストレスも大幅に低減した。
何事も工夫次第なのだなあ。
今までが考えなしの大火力叩きつけだった事実を猛省し、人様の目を引くことを避けてひっそりと旅を続ける。
とは言え人目を引こうにも、街道を避けてしまえば滅多に人には出会わない。
たまに狩人らしき気配を遠くに感じるが、お互いに接触しないように気をつけている様で、ばったり出くわす、なんて事にはなっていない。
私とて常識人の範疇にぶら下がっている心算なので、何者かの気配に気付いたら探知魔法も探査魔法も使うし、もしもそれが怪我人だった場合には無視するような真似はしない。
しないと思う。
……しないんじゃないかな。
なんだかんだでベルネに1年少し滞在してしまったが、お陰でたまの狩りやら衛兵隊の若い連中の訓練相手の給金やらでそこそこ稼げたし、そのお金で野菜や香辛料などを大量に手に出来たし、魔法住居内の「備蓄庫」もそれなりに潤っている。
私ひとりの旅で、あれ程の食材を使い切るにはどれ程の時間が掛かるか知れたものではないが、「備蓄庫」は私の手持ちの魔法袋とは桁違いの容量を誇る、時間停止系の魔法空間だ。
生物の貯蔵にはうってつけだが、それだけの為に使うには些か容量が大きすぎる事と、使用するには魔法住居内の「備蓄庫」前まで実際に足を運ばなければならない、と言うのが、欠点といえば欠点か。
足を運ぶ云々はともかく、容量については文句を言う部分でもないだろうが、それにしても多すぎる。
使うのが人形であることを考えると、無駄な容量だと思う。
イリーナと一緒に生活している間にも使っていたのだが、給金でまとめ買いなどしていたから、食材はむしろ増えている。
だと言うのに、容量いっぱいになるような気配は全く無い。
何を想定してこんな大容量の備蓄庫が有るのやら。
一度など、イリーナに愚痴ってしまった程だ。
その時彼女は、無理に詰め込まなくても良いと思う、と、困った顔で笑っていた。
気付くとイリーナとの思い出をなぞっている自分に気が付き、私は小さく苦笑しながら、辿ってきた道を振り返る。
旅に出ると言うと毎度泣かれるので、最終的にはイリーナを置いてこっそりと出てきた訳だが、そのイリーナは元気でやっているだろうか。
……ほぼ捨ててきた様な有様で心配の真似事とは、我ながら良い趣味をしているものだ。
あの交易の街を思い出せば浮かぶ顔、続いて浮いてくる自己嫌悪を溜息に散らしながら、黙々と北を目指す。
当面目指すのは、天険と名高い北の山々。
当然登るような気概はないので、遠く眺めたら進路を西に取り、山沿いに街道を行く予定だ。
その先の細かいプランは立てていないし、そこまでにも立ち寄る事の出来る街や村があれば、多少は足を止める予定では有る。
何故、北を目指すのか?
ベルネの西には異様に静まり返った霊脈と、何やら不穏な気配。
1年程前には気になるほどざわついていた霊脈が、その後半年ほどで不気味なほど凪いだ。
うっかり触れれば何か化け物を呼び起こしそうで、冗談でも触れてみる気になれない。
かと言って、東となると胡散臭い事この上もない聖教国。
プレッシャー的な意味では西より遥かにマシなのだが、印象で言えば西のほうが生活するのにストレスはないだろうな、と思う。
聖教国で生活できるような信仰の篤い信徒達と、無駄に野望だけがデカい腹黒い聖教会の幹部やら暗部やらの連中。
そんな楽しいお友達に囲まれての生活なんぞ、正気が何日保つか知れたものではない。
南は……そちらも山があるので、乗り越えようとしない限りは東西どちらかに行くしか無く、余程の事がなければ、山越えなんてしたくはない。
仮に苦労して山を超え、無事に南に行ったとして、そこは「マスター」の故郷に近くなる。
私自身はマスターとやらに会ったこともないのだが、「先代」には相当慕われていた。
そんなマスター作の人形が、最低あと6体有る、という現実と併せて考えると、あんまり南にも行きたくない。
「先代」は「私」がマスターに敬意を払わない事について、そもそも他人だからと言う理由で特に問題視もしなかったが、他の人形がそうであるとは限らないだろう。
しかも、「先代」に対するマスターの評価は「最高の失敗作」という、どう捉えても褒め言葉とは思えない代物だ。
こんな、魔獣どころか自分自身をも焼き尽くす攻撃魔法も使える上に、そこらの冒険者くらいなら相手にもならない程度の近接格闘も行えるような身体能力を有して、それで失敗作と言うのなら。
成功した人形というのは、どういうモノなのか。
考えたくないし見たくも近寄りたくもないので、関連資料には必要最低限以上には目を通していない。
そんなのが存在するかも知れない以上、マスターの故郷付近など、危険地帯でしか無い。
という訳で、北に向かっているのは消去法の結果なのだ。
まあ、いずれ、どの地方にもこっそりと行ってみたいとは思うものの、急ぐような理由も急ぐ程の事情もない。
そうであるなら、面倒事とは取り敢えず遠ざかって居たかったのだ。
折角のひとり旅、のんびり気ままに進みたいと思うのは人情だろう。
見上げた空で、太陽はまだ天頂に届いても居なかった。
厄介事が、面倒事を毛嫌いしている様です。