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19 人形であるということ

夜は明けました。

 1日の始まりに、清潔な服に袖を通し、身支度を整え、そして朝食の準備も整える。

 ぼちぼち在庫が少なくなってきたが、今日も卵を使用。

 とは言っても、シンプルな目玉焼きと、トーストした自家製の食パン、ベーコン代わりに塩胡椒を効かせたボア肉……猪肉(ししにく)をこんがりと焼き上げただけの、まあ、簡単なものだ。

 ベーコンの代わりになっていないのは薄々(うすうす)気が付いては居るので、見逃して欲しい。

 そんな簡単な朝食を終え、どこか緊張した面持ちのイリーナの服の裾などを整えてやってから、私達は拠点を離れ、衛兵隊宿舎の一室に出る。


 ……妙な言い方になるのだが、それ以外に言いようも無いので仕方がない。


 僅かに揺れた心を引き締め直して部屋を後にし、昨夜話し合った小会議室を目指して、連れ立って歩く。

 別に集合場所に指定されている訳ではない。

 が、逆に言えば集合場所も、もっと言えば集合しろとも言われていないので、他に居場所も無い。

 一応トラブルに巻き込まれて保護されているという体裁では有るし、勝手に出ていくのもどうかと思ってしまうし。


 実際には、私がトラブルを起こしたと言っても間違いでは無いと思うが、言わなくても良い事はあるのだ。


 そんな事を思いつつ目的の部屋の扉をノックすれば、聞き慣れた声が入室を許可してくれる。

 ドアを(くぐ)れば驚いた事に、昨夜お世話になった分隊長殿は部下の2人を引き連れ、小会議室でぼうっとして()られた。

 思ったことをそのまま口にして、アルク氏との心温まる会話のキャッチボールを楽しんでから、私とイリーナはそれぞれ席に腰を下ろす。


 アルク氏と私のまったく実りのない会話などよりも、イリーナの今後についての(ほう)が余程重要なのだ。

 なにせ、私はイリーナの傍にずっと居る訳にはいかない。

 と言うよりも、一つ所に留まり続ける事が出来ない、と言ったほうが正しいだろうか。


 私は所詮は人形。

 外見的な、経年による様々な変化が無いと言うのは、それはそれは浮いてしまうだろう。


 ……エルフ? ヴァンパイア?


 下手な嘘を()いてしまったら、いざエルフやらヴァンパイアやらに出会った時に困る事になるだろう。

 じゃあ素直に言えば良いかと言うと、そんな訳もない。

 私は人形です、と言ってしまえば、じゃあ操っているのは誰だ? と言う事になる。

 自律型です、と言ったとして、それで果たしてまともに対応して貰えるかは怪しい。


 私は例のマスターとやらが作った、私以外の自律人形については仕様書や噂話でしか知らないし、それが未だ稼働しているかも判らない。

 稼働していたとして、会いたいかと問われたら微妙としか言い様がない。


 なにせ、おとぎ話のようなその話は、大概余り良い話ではないからだ。


 唯一マスターの傍に残り、彼の死を看取るまで敵対するモノを殺し尽くした人形、とか。

 マスターの恨みを晴らすために、彼の生まれた国をほぼ壊滅状態にまで追い込んだ人形、とか。

 マスター作の人形については、大体が似たりよったりだ。


 ……本当に、傍迷惑なマスター様である。

 何がしたかったのか、詳しく聞きたい様なそうでもない様な……まあ、聞かなくても良いか。


 他の魔導師なり錬金術師なりが作った人形で有っても、平和利用されていると言った話はあんまり聞いた事がない。

 そんな、どちらかと言えば悪評ばかりの、それも御伽噺の化け物こそが私です、なんて言った所で、信用されてもされなくても、良い結果に結びつくとはとても思えない。


 イリーナだって怯えるか胡散臭いものを見る目をするか、どちらかだろう。


 となれば、通りすがりの善意の人でも装って、用が済んだらさっさとこの街から離れてしまうべきだろう。

 この街の割と近くにダンジョンが有ると前もって知っていたが、別にそれほど興味が有る訳でもなし、どうせ宛も何も無い、この身か精神が朽ちるまでの暇つぶしの旅だ。


 私は私の行動方針を改めて確認し、なまじ関わりを持ってしまった少女が、せめて少しでも長生きできる進路は何かを考える。


「んで、お嬢ちゃんは……どうしたモンかね」


 私の内心を映したかのような台詞をこぼす分隊長殿の顔をなんとなく眺め、そしてイリーナへと視線を転じる。

 冒険者を目指していた、それ以外の道を考えることも出来なかった少女。

 想像でしか無い彼女の冒険者像であっても、その行く手に危険が待ち受けていることは理解出来ていただろう。


 ……ある程度とは言え、危険であることを承知の上であったのなら、別の道も有るのでは無いだろうか? そう、例えば。


「あん? なんだよ、急にこっち見やがって。なんか言えよ、(こえ)えんだよ、お前のその無表情は」


 ……眼の前の男が、どの程度面倒見が良いのか判らない。

 精々(せいぜい)が、悪人ではない、という事が判る程度。

 それも「そんな気がする」程度の根拠もない、不確かなものだ。


 それでも案のひとつとしては、悪くないかも知れない。


 その際に生じる障害がどの程度のものであるのか判らないのだが、ここならそれを確認することも出来るだろう。

「分隊長……アルクマイオン様。ひとつ、提案というものですら無い、思いつきなのですが」

 私の呼びかけに、アルク氏は物凄く胡散臭いものを見るような、とても不審げな表情(かお)を向けてくる。

 相変わらず失礼千万な男である。


「……なんだよ。お前さんの思いつきなんざ、特に良いモンにも思えねえんだが、聞いてやるよ」


 視界の外で、イリーナが私に顔を向けた気配がする。


 私の提案も、イリーナが拒否したらそこまでだ。

 だが、私としては、冒険者にしてしまうよりも、余程良いように思える。


 私が人様の心配などして、余計な世話まで焼こうとしているとは。

 現状に込み上げる苦笑を押さえつけ、努めて口調を整えて、そして口を開く。


「ここで、イリーナを衛兵として鍛えて頂くことは出来ますか?」


 私の提案を思ったよりも真面目な顔で正面から受け止めたらしい分隊長殿は、取り出した煙草を咥え、思慮を深くしたその眼をイリーナへと転じる。

 イリーナがどんな顔で私の言葉を聞いて、どんな思いでアルク氏の視線を受け止めたのか。


 顔を見れば少しは想像出来るというのに、私は、微かな恐れによって、すぐに視線を向けることが出来なかった。

人と共に在れない人形は、去るより他に無いのです。

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