18 ささやかな騒乱のあと
自分で言うほど、冷静でも理知的でも無いようです。
私が魔法住居持ちであることを疑ったばかりか、詐欺師を見るような目を向けてきた失礼極まる衛兵3名を案内し、良い時間だし小腹も空いたという事で、私は衛兵達とイリーナ、そして自分の為の食事を用意している。
なんで私が衛兵3名の分まで用意しているのかは、なんと言うか、そういう流れになってしまったとしか言えない。
魔法住居内の様子を素直に褒められて、急に私の機嫌が良くなったとか、そういう事は決して無い。
……無いったら無い。
ごく冷静に考えれば、案内だけで終わらせて追い出せば良いものを、なんで食事まで振る舞っているのだ、私は。
野菜類のストックが無いと言うのに。
「いや、本当にスマン。まさかホントに移動拠点持ちだとは思わなくてな。昔から、そういうのを餌に新人を釣る馬鹿が居るもんでな?」
ダイニングで室内を見回しながら「ほお」だの「へえ」だの、うわ言の様に繰り返していた顎髭衛兵分隊長ことアルクマイオン氏――愛称アルク氏――が、どこか媚びるようなニヤケ顔でヘラヘラと言い訳を重ねる。
疑う気持ちは理解らなくもないが、それを出すにしても態度も言い方も有るというものだろう。
「実物を出させたらすぐに判ることでしょうに。なんですかあの胡散臭いモノを見る目は。本来なら罰として、先程の料理の材料と同等量だけ、貴方たちの部位を毟り取る場面ですよ? イリーナにショッキングな場面を見せる訳にもいきませんから、今回は見逃しますが」
人様の手料理を遠慮なく平らげた衛兵達は私の冗談に顔を青くしている。
笑い飛ばす所だと思うのだが、ノリが良いのか悪いのか掴みかねる連中である。
それを見たイリーナは、眉根を寄せた困ったような弱い笑顔で、これも私の冗談に笑っている様子でもない。
まあ、それは置くとして。
「移動拠点とはまた、随分物々しい呼び方ですね。それは確か、軍用のモノの筈では?」
私の持つ魔法住居は、簡易寝床よりは遥かに大きいが、宮殿ほど大きくも無駄な装飾もない。
実のところ他の類似品と比較したことが無いのだが、上記の2つでなければ、まあ、魔法住居で有るのだろう。
それぞれピンキリなので、私の簡易住居は多少大きいのかも知れない。きっと。たぶん。
「俺も詳しくは知らんけどよ。こんな馬鹿デカいもん、話に聞く移動拠点か宮殿か、それか魔城くらいなもんだろ」
私が大げさな表現を窘めようと放った言葉に、アルク氏が肩を竦めて応え、それが私を呆れさせる。
よく知らないと言いながら、出てくるのが大層な名前の代物ばかり。
魔法に詳しくなければ、大げさに捉えてしまいがちなのだろうか。
魔城なんて、私だって見てみたい程の代物だ。
まあ、私とて、魔法を使えるだけで、別に魔法に詳しい訳ではないのだが。
「馬鹿なことを言っていないで、さあ、戻りますよ。忘れているかも知れませんが、ここは乙女の寝室なのですからね?」
食事を終え、隙あらばゆっくりと寛ごうとするする3名と、巻き込まれのイリーナを追いだ……連れ出し、衛兵隊舎の小会議室へと戻る私達。
「寝室、ってレベルじゃなかっただろ。っ言ーか、乙女ってな誰のこった」
私が魔法住居を魔法鞄に戻すと、扉の有った辺りを眺めながら、やはり失礼な呟きを漏らすアルク。
反射的に目元に力が入るが、向けられた対象はこちらを見もしない。
小憎らしい限りである。
「……まあ、無駄に時間を使いましたが、この様な事情ですので、寝床には困らない、と言う次第でございます。外聞等問題なければ、別に部屋が無くとも問題はございません」
私は、当座のアルク氏に対する態度を決定し、せいぜい凛として見える表情を作って言う。
そんな私にやっと顔を向け直した分隊長殿は、すぐに考え込むように私から視線を外した。
「いや、それでも放り出すのは衛兵隊の評判的な意味でも、あれを外で見られるって意味でもマズい。やっぱり、適当な部屋使って貰ったほうが良いな」
ややツンケンとした態度を取った私に、しかしアルク氏は考えてから告げ、それに対して私は少しばかり彼を見直す。
確かに、魔法住居なんてモノを人目も気にせず使ってしまえば、悪目立ちは避けられない。
私から奪い取るというやや高めのハードルは存在するが、それをどうにかクリアして手に入れ、売り飛ばす事が出来たなら、それだけで一財産だろう。
その程度のお宝では有るのだ。
だからといって、使用に当たっていちいち人目のない場所を探してウロウロするのも怪しい。
何度も言うが、私ひとりだったら気にすることも無いのだが、まあ、今は状況が悪いとしか言い様がない。
そうである以上、私としてもその提案を無碍にすることは出来ない。
「お借り出来るなら、助かりますね。仰るとおり、あまり人目に晒したい物でも無いのですから」
頭に血が――通っていないのだが――のぼって取った先程の行動のことなど完全に黙殺し、有無をも言わせぬ眼光を振り撒いてから、私は平然と言う。
我ながら軽率な行動だったと反省しては居るのだが、過去に囚われていてはいけない。
イリーナを含めた会議室内のメンバーは、下手に触れるのは危険と判断したのか、単に呆れただけなのか、私の揚げ足を取るような事はしてこなかった。
そして、私達の仮の寝床として空き部屋に案内され、私とイリーナは顔を見合わせてから、うっすらと汗の匂いが染み付いた部屋の中で、住み慣れた魔法住居へと戻る。
夜もすっかり更けた。
イリーナの身の振り方と私の今後については、明日の私達に任せてしまっても良いだろう。
今日の星空を眺めていないな、などと思ってみるが、別に普段星空を見る習慣もない、そんな私なのだった。
やっと1日が終わりました。