17 人形、ちょっと怒る
会議は踊らず、中断の様です。
少女の処遇については本人の意志を確認しなければならないのだが、今すぐどうこうしなければならないモノでも無い。
むしろ、急いだ所でどうにもならない。
何をするにも、手順というものは必要なのだし、何も決まっていないのならば尚の事、勇み足を踏み出した所で空回って疲れるだけだ。
となれば取り敢えずは、今日の処は解散、と言う運びになったのだが。
「どうせ宿取ってないんだろ? 別に尋問するような事も無えしこんなムサいとこ御免だろうが、今日は諦めて隊舎使いな。小汚え部屋ばかりだが、まあ、雨風は凌げるぜ」
立ち上がって大きく伸びをしながら、分隊長殿が提案を寄越す。
確かに、今から宿を探すのは骨だし、ここまでの旅路で集めた動物たちの肉やら毛皮やらを売ることも出来ていないので、手持ちが無い。
そういう事なら、取り敢えず適当な空間を貸して貰えるのは、有り難い話だ。
「そうですね……。宿と言いますか、寝ることについての心配はないのですが、目立たずに済むなら、それは助かりますね」
私が顎先に指を添えながら呟くと、顎髭ことアルク氏は私に怪訝な視線を向ける。
なんとまあ、耳の良い衛兵で有る事か。
不審な事を言った自覚は有るのだから、もう少しその素振りを隠して貰えると、これも助かるのだが。
「あン? 寝床の心配は無いってお前、なんかアテでも有ったのか?」
私の内心など知りようも無く、しかし発言の意味までは推し量ることも出来ず、その不審にギリギリ届いていない疑問を言葉にしてこちらに投げてくる。
……まあ、事が事だけに、気になりはするか。
「アテではなく、持ち歩いているのですよ。ただの魔法空間よりは、多少はマシなものを」
私が心持ち胸を反らせて、瞳まで閉じて言い切ると、今度は反応が無い。
ちょっとした自慢では有ったので、こうまで無反応だとドヤった自分が恥ずかしくなる。
実は、案外ありふれたモノだったりするんだろうか?
先代は珍しいものだと、これまた自慢気に言っていたのだが……考えてみれば百年以上、人と関わらず過ごしていたお方だ。
先代がズレていると言うより、百余年の間に魔法技術が劇的に進んだのかも知れない。
だとすれば、文句を言うべきは世の魔導師達か、魔法教会の関係者か。
いずれにせよガッデムである。
不安やらなにやらを抱え、私は恐る恐る目を開ける。
そこでは、あんぐりと口を開いた顎髭氏と、目を見開いて固まっている若い2名の衛兵が、私を凝視しているのだった。
どうやら驚いていたらしいアルク氏と他2名が驚愕から覚めると、即座に全員が表情を胡散臭いモノを見るそれに変え、無遠慮な視線を寄越してくる。
ありふれたモノでは無かったと知って安心出来たものの、その表情を見るに、信じては居ないようだ。
「お前なあ……。見栄を張りたいのは理解るけどよ。普通のキャンプ用品を、魔法道具と偽るのは感心しねえな」
挙げ句に投げ掛けられるのはそんな言葉。
こやつら、まさかの詐欺師扱いであるか。
いや、私は怒りはしない。
この程度の事で怒りはしない。
実物を見せつけてやれば、それで済む事なのだから。
そう、私は怒ってなど居ない。
「……いやお前、何も言わねえで睨んでくるの、止めてくんねえかな? すげえ怖いんだよ、なんだか知んねえけど」
私が怒りに似た何かを抑え込んでいると、分隊長殿がその声を不安げなものに変える。
「誰の所為だと思ってやがるんで御座いますか。本来なら丁寧に捻り潰す場面で御座いますが、言葉を重ねても納得なさらないでしょう。眼球を綺麗に磨いて、よくご覧になりやがって下さい」
テーブルに突いた手の平の下で、握力に負けつつ有る天板がパキメキと乾いた音を上げ始める。
ほんの少し力を抑え損なっただけでこれとは、随分と軟弱なテーブルである。
私の手元を見た若い衛兵が、顔色を青くしているが、見なかった事にしてしめやかに無視する。
「よく見ろって……何をだよ」
アルク氏までもが私の顔と手元とを見比べて、若干顔色を悪くしている。
だが私は気にしない。
「この期に及んで誰が料理の腕を披露すると思うんですか。ここで出すのは当然……!」
丁寧に受け答えしながら、私はテーブルに預けていた腕を離して上体を起こし、魔法袋の中身を脳内で検索する。
魔法袋本体は腰に着けたベルトの一部、小銭入れのようにしか見えない5つのポーチがそれだ。
メイド服に溶け込む黒のベルトと同色かつ非常に薄型で、更にエプロンまで纏っているので目立たないそれは、容量1つあたり実に12万5000リットルと言う、数字で言われても今ひとつピンと来ない収納力を誇る。
要するに125立法メートルで、これだけ聞けば結構な容量な気がするが、もっと理解りやすく言ってしまえば縦横奥行きが各5メートルと言うことで、ワンルーム1人暮らしの荷物なら問題無さそうだが、大家族で引っ越しの際には明らかに不足するだろう。
とは言え、それが5つ。
それは各々が私の思考に連動しているので、好きなバッグの中身を手元、或いはある程度任意の場所に「取り出す」事が出来る。
とは言え、魔法袋の中から魔法住居を取り出すのは、我ながら意味不明である。
更に言えば、その内容は「コテージ」とは名ばかりの、ちょっとした豪邸クラスなのだが、その辺りも含めて一切合切「マスター」とやらの仕業なので、私としては開き直って受け入れるしか無い。
そして、開き直って取り出しのプロセスを終えた私が誰も居ない、何もない空間に手を翳すと、そこには見慣れた、胡散臭いドアが現れる。
白く磨かれた本体に、誰が使うのか判らないノッカーと、妙に洒落たデザインのノブが付いているだけの、シンプルなドア。
「さあ! 何処が普通のキャンプ用品で、どの辺りがただの見栄なのか! ご覧になって頂きましょうか!」
ノブを押し下げて引き寄せ、ドアを開けて振り返れば、見慣れている筈なのに何故か圧倒されているイリーナと、人様を詐欺師呼ばわりした3馬鹿衛兵が面白顔を晒していた。
……イリーナ、貴女は何度も見ているでしょうに。
自分を客観的に眺めるのは、苦手な様です。