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16 少女の行く末

未だ旅の途中の人形と、旅の終着へと辿り着いた少女。

しかし、別れの時にはまだ遠い様です。

 アルクマイオン氏の部下の1人(だと思う)の、真摯な(笑いを(こら)えながら)嘆願により、私は彼への刑の執行を一時停止する事に決め、その旨通告する。


 勿論「一時停止」なだけなので、いずれ執行することも併せて通告済みだ。


 アルク氏の部下には、笑い過ぎの涙を拭いながら感謝を述べられた。

 そんな部下を照れ隠しに叱り付ける、不器用な分隊長さんを微笑ましく思う。


 信頼関係とは良いものである。


「……お前、なんかロクでも無い事考えてねえか?」


 部下に良いように(からか)わ……慕われて疲れ切った顔のアルク氏が、ヒトサマの顔を見てまたも無礼な事を言う。

「失礼な方ですね、本当に。部下が上司のために涙ながらに嘆願し、上司はそれに感動しつつも素直になれない様子を眺めて、(なご)んでいただけですよ」

 仕方が無いのでキチンと私見を述べるのだが、

「人の髭をネタに、笑い過ぎて涙が出てる野郎どもを、そこまで美化する意味が分からん……」

 アルク氏は疲労気味の顔に微妙な表情を貼り付けて、端的に言うなら嫌そうに応えてくる。


 意味など勿論無いし、当然私なりの嫌がらせの範疇なのだが、それは言わぬが花なのだ。




「冒険者になりたい、ねえ」


 先程の、ほんの数分の部下たちを交えた戯れを終えた彼は、真面目な相談者たる私達に向かい合い、そして先程とは違った意味で微妙な表情をこちらに向けてくる。

 こちら、と言うか、イリーナの方へ。

 向けられた方は居心地悪そうに、アルクへと視線を向けたり逸らしたりを繰り返している。


「保護者としてはどうなんだ? マリアさんよ」


 そんなイリーナの様子に助け船を出すべきか、思った通りに反対すべきかで悩んでいた私は、不意に掛けられた私への声に、反射的に剣呑な眼差しを送ってしまう。


「誰が保護者ですか。こんな大きな子が居るように見えるなどと仰るなら、眼球をくり抜いて空いた眼窩(がんか)にドアノブでも嵌め込みますよ?」

「言う事が(こえ)えし実際にやりそうな(ツラ)すんじゃねえよ。ホントにやりそうなんだよお前は」


 私の様子に何かを感じ取ったのか、アルクは軽く両手を上げて降参のポーズを取る。


 おかしな話である。

 私としては、随分おとなしい態度だったと思うのだが。

 なにせ、まだ行動に移って居ないのだから。


 相手が野盗や賊の類なら、問答無用で有言実行である。


「……まあ、それは置いておきましょう。イリーナが冒険者になりたい、と言うことに対しての意見でしたら、私としましても賛成致しかねます。高潔な冒険者が居ないとは思いませんが、残念ながら少数なのではないでしょうか。より数の多い、性質(たち)の悪い冒険者に対して、純朴で非力な彼女では対処も対抗も難しいでしょう」


 失礼なアルクに対する感想は胸にしまったまま、少女の希望進路に対して、私は忌憚のない意見を述べる。


「だな。まだ成人前だったら冒険者に登録しても駆け出し(ノービス)だから危険な依頼は受けられない……とは言え、騙してダンジョンに連れ込む馬鹿も居るしな」


 そんな私の言葉に、衛兵隊分隊長殿は煙草を取り出しながら乗ってくる。

 未成年者の前で煙草を吸うんじゃない! という抗議の念を視線に乗せるが、顎髭殿はこちらを見もしない。


「その点は、アンタも心配なんだがな」


 どう抗議してやろうかと考えていると、漸くアルクは私に目を向けて、言葉を口の端に乗せる。

「はあ? 私が、イリーナを騙すとでも?」

 私がプンスカと不満を表現して見せれば、アルクは「あーあー」とか言いながらひらひらと両手を顔の前で振り、否定の意を示す。


「そうじゃねえよ、お前さんも騙されそうだと思っただけだ」


 うんざり顔のアルク氏が紫煙を吐き出すが、ぞんざいに言うその言葉の意味を私は数秒理解出来ず、喫煙に対して文句を言うことも出来ずに黙り込んでしまう。


 はああ? 私が騙されそう?


 あまりにも虚を突くその発言を受け回転数の落ちた頭で、ようやく脳内で言われたことをオウム返しに出来た頃、顎髭氏は言葉を続ける。

「どうにもズレてる感じだし、そのくせ自信だけは持ってやがる。腕っ節だけの世間ズレしてないヤツなんざ、口先で幾らでも丸め込めるだろ」

 半眼でそんな事を言うアルクに、何処か馬鹿にされているような憤りを感じてしまう。

 しかし、感情に任せて言葉を返すようではいけない。


 つい先程まで、売り言葉に買い言葉のラリーを楽しんだ身としては意外と思われるかも知れないのだが、実はやや状況が異なる。

 先程までは、こういう言葉に対してこう返せば面白(おもしろ)……効果的だ、(など)と考える余裕も有ったのだが。

 認めたくはないが、思考の隙間から差し込まれたその意外過ぎる言葉は、油断していた分も含めて予想外過ぎたのだ。


「いっ、言うに事欠いて、この理知的な細腕を捕まえて腕っ節だけとは、斬新な感受性ですね」


 多少上擦(うわず)る声を自覚しつつ、私は腕組みして体勢の回復を図る。

 どう見ても強がりにしか見えないのが自覚出来て、それがまた腹立たしい。


「ロクに後先も考えねえで冒険者1人ぶん投げて、そのついでで利き腕ぶっ壊しといて理知的も細腕も()えだろうがよ。どこの魔境の価値観だ」


 答える声も表情も冷ややか、と言うよりどこか投げやりで、まるで先程までのキャッチボールの攻守が逆転したような格好だ。

 ……キャッチボールに攻も守も有りはしないが。

「後先考えないも何も、全て相手が悪いでしょう。私のことは良いんです、今はイリーナの話ですよ」

 この流れはどうにも居心地が良くない。

 些か不格好では有るが、私は話題の矛先を強引に変える。


 この敗北の代償は、必ず払わせると誓って。


「まあ、良いけどよ。確かにお嬢ちゃんの問題だわな。……お嬢ちゃんはどうしたいんだ? やっぱ、どうしても冒険者になりたいか?」

 アルクは胡散臭いものを見るような目を私に投げつけた後、一転どこか優しさを帯びた眼差しをイリーナへと向ける。

 衛兵隊の一隊を預かる分隊長として、故郷の村を飛び出した天涯孤独の少女に、何かしら思うところが有るのだろう。


 ただの少女趣味の線も、無くはないのだが。


「私、他に出来ることなんか無いから……」


 短く答えて俯く少女の様子を見てしまっては、アルクの様子を(からか)う気持ちも湧いてこない。


 確かに手に職なんて持っている様子も無いのだが、年齢的にはこれから何かを身に付けようとするのは遅いという事もあるまい。

 ではそれは何か、そして私にその手助けが出来るのかと自問すれば、この現状を変えるものには思い当たらない。


「……どうしたモンかね」


 イリーナの様子に居た堪れなくなった私が視線を転じると、今度は情けない表情(かお)で、アルク氏が口を開く。

 先にそれを言われてしまっては、私としても言うべき言葉が無い。


 おずおずと私を上目遣いに見上げる少女の様子に、さてどうしたものかと考えると同時に。

 ちょっとその仕草はあざと過ぎはしないだろうかと、どうでも良い感想に逃げるのだった。

真剣さは、長続きしない様です。

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