14 会話と確認の大切さ
そして夜は更けつつあります。
顎髭衛兵氏と、どうやらその部下によって行われた鑑定スクロール使用により、茹でダコ冒険者は大小様々な犯罪行為が白日の下に晒され、一発犯罪奴隷落ちがほぼ確定らしい。
魔法とか魔法道具で犯罪歴が丸裸になる、魔法世界の恐ろしさよ。
喝破や看破、それに鑑定は、掛ける相手の実力が大きく上回っていると効果が無い。
つまり、私より大きく実力が上回る様な化け物が現れたなら、私のステータス隠蔽も即座に剥ぎ取られると言う訳だ。
肝に銘じておかなくては。
既に捕縛された茹でダコのみならず、仲間達の犯罪歴隠蔽を取っ払ったと言う話もしているので、衛兵隊は大急ぎでその身柄確保に動き出した。
明示まで掛けているので、鑑定など使おうものなら犯罪歴がピックアップされてしまい、それはそれは愉快な事になるであろう。
もう既に陽も落ちているというのに、捕縛の準備などに動き回る衛兵隊員たち。
実に慌ただしい事である。
衛兵隊舎の小会議室に取り残された私と少女が暇を持て余し、少女が椅子の上で舟を漕ぎ始めた頃、顎髭が戻ってきた。
「やれやれ忙しない事ですね。落ち着きというものを覚えた方が宜しいですよ?」
再登場するなり溜息を吐いている偉丈夫に労いの声を掛ける、私は優しいと思う。
「誰の所為であんな大慌てさせられたと思ってンだ。ああ言う魔法を使ったんだったら、もっと早く教えといてくれよ」
だと言うのに、この顎髭には私の優しさは届いていないらしい。
罰当たりな男だ。
「だったらもっと早く、関連した話題を切り出すべきでしたね。あくまで嫌がらせの心算でしたから、私の方からそんな事を率先してお話しする筈がないでしょう?」
悪戯というものは、黙っているから面白いのだ。
嬉々としてネタを明かしてどうすると言うのか。
「ああ言えばこう言う女だな、ったくよお」
椅子に腰掛け両手は膝の上、そんな姿勢から放つ私の返答に、顎髭は疲れたように椅子を引き、どっかりと腰を落とす。
椅子に同情しておくとしよう。
「まあ、お陰さんでジャックと、ロビンソン……あのローブを来た薄暗い男な、その2人は確保出来た。ダニエラは、どさくさでトンズラしちまったが」
疲れたように事のあらましを説明してくれるのは有り難いのだが、守秘義務はどうしたのだろうか?
私も少女も部外者なのだが、大丈夫なのか?
捕まえた、程度なら別に構わないと思うのだが、名前に関しては個人情報だろうに。
「おやおや、失態ですね」
しかし私はそんな疑問をおくびにも出さず、大変疲れていそうな衛兵さんに、優しく言葉を掛ける。
優しいのは言い方や表情であって、内容がそうであるとは限らない。
「いやはや、言い訳のしようも無え。ジャックが大暴れしてる隙に、さっさと逃げられちまった」
しかし顎髭氏は私の言葉を否定せず、己の失態を素直に認めた。
見た目や言動に似合わず、意外と誠実であるらしい。
「とは言え、衛兵隊に目を付けられたなら、もう時間の問題では? どうせ冒険者ギルドに抗議なりして、圧力を掛けるのでしょう?」
「人聞きが悪い言い方すんじゃねえよ。ギルド側に通報して、対処をお願いするんだよ。俺達は清く正しい、街の衛兵隊だぜ?」
私が少し悪戯に言うと、顎髭氏は面白くも無さそうに応える。
思った以上に話しやすい御仁で、一安心と言ったところだろうか?
ご本人は色々苦労してそうなので、うっかりと同情しないように気を付ける必要はありそうだ。
「はぁあ、走り回ったお陰で疲れちまったぜ。働くのは好きじゃ無えんだよなあ」
お茶を啜りながら堂々と言ってのける顎髭氏の後ろで、恐らく部下であろう2名が笑いを堪えている。
慕われているようで結構な事だ。
「頼れる街の衛兵さんは大変ですね。応援してますので、頑張って下さいませ」
私がガッツポーズまで作って愛嬌を振りまいて見せたというのに、見せられた方はと言うと。
「そういう事を、無表情で言うのは止めてくんねえかな? 却って疲れるんだわ」
可愛げのない顎髭である。
心底嫌そうに、そう言う台詞を口にするんじゃない。
引っこ抜いた顎髭を、その口に詰め込むぞ。
そして、少女は私達のそんなやり取りに頬を緩めている。
そういう顔が出来るのなら、もっと早く見せてくれてもバチは当たらなかったのだが?
「……そういや、保護とか偉そうに言っといて、名前も訊いてなかったな。俺はベルネ衛兵隊南分隊長、アルクマイオンだ。長えし、アルクで良いぜ。アンタらの名前は?」
思い出した様に言われた言葉に、私と少女は顔を見合わせる。
当たり前のように自己紹介されてから私は思い出したのだが、少女の方はどうだろうか?
ここまで比較的短い時間だったとは言え、お互いに名乗っていない、尋ねもしていないと言う体たらくだった。
旅の途上で不都合もなかったし、私視点で言えば少女が訳アリ感満載だったので踏み込みたく無かった訳だが、そう言えば少女から問われても居ない。
微妙な顔で見つめ合う私達に、顎髭……アルク氏が何を感じ取ったものか、不審げな顔でこちらを眺めている。
「……なんだ? 訳有りか? 見た感じ、姉妹って感じでも無えし、親子って風でも無えしな」
紫煙を燻らせて、なにやら不審げな顔を崩しもしないでとんでも無い事を言い出す。
いや、否定から入っているので良いと言えば良いのだが、一瞬とは言え親子関係を疑ったと言う事なのだろう。
姉妹ならともかく、親子に見えるとは何事か。
中身の年齢は特に秘すが、ガワの見た目は若々しいだろう。
……ガワとか言ったら先代に怒られそうだし、それを言い出したら、築200年以上の物件なのだが、言わねば判るまい。
築何年は違うか?
人形はこういう場合、どう言えばいいのだろう?
いっそ開き直って、年齢と言い張るべきなのだろうか。
「ええと、その……私はイリーナと言います。ワクタナのイリーナです」
私がどうでも良い事を考えている間に、困った様な顔で少女が答えた。
「ふむ、可愛らしい名前ですね」
「へえ、あの今にも無くなっちまいそうなあの村か」
少女の名乗りに私とアルク氏は同時に反応し、そして顔を向け合う。
「この子……イリーナの居た村を知っているんですか?」
「なんだその反応? まるで初めて名前を聞いたみたいな顔じゃねえか」
またしてもほぼ同時に口を開き、そしてアルク氏はぎょっとしたように顔色を変える。
正直、オッサンの百面相など、見て楽しいものでも無いのだが。
「おま、まさか? いや、嘘だよな? そんな訳……」
驚いた表情のままで、私を指差して色々言っているが、それにしても。
この街の人間は、どうしてこうも人に指を突きつけがちなのか。
「なんですかこの指は。逆側に折り畳んで欲しいのですか? 何に驚いているのかは判り兼ねますが、この子の名前を聞いたのは、初めての事ですよ?」
私が遺憾の意を表明してから事実を述べると、アルク氏のみならず、後ろで扉脇に控えていた2名の衛兵も目を丸くして私を凝視してきた。
……まったくもって、不躾な輩の多い街である。
いちばん失礼なのは誰か、鏡を見てじっくり考えたほうが良いと思います。