13 衛兵隊舎問答
そろそろ、人の名前をちゃんと聞く習慣を身に着けた方が良いと思います。
程良く小ぢんまりとした会議室内で、世間話風に進む事情説明。
思ったより話しやすいのは助かるのだが、それで良いのか顎髭衛兵。
「なるほどなあ。まあ、酒場での事情は大体判ったぜ。アンタも大概やりすぎなんだが、相手が冒険者で、かつ、あの馬鹿どもだからな」
茶を啜り終えると、おもむろに煙草を取り出し火を付ける顎髭。
お前は職務中だろうとか、火を付ける前に同席者に確認を取れとか、茶を飲んでから煙草って、逆だろう逆! とか色々思ったが……一旦は黙っておく。
今はそんな事はどうでも良い。
「そのような言葉が出るという事は、元々、何かしら問題の有った冒険者だったのですね。なぜ放置していたのですか?」
その目を見据えながら問うが、顎髭はたじろいだ様子もなく私の視線を受け止め、飄々と紫煙を吐き出す。
同席者への配慮に欠ける御仁である。
「何処の馬鹿の手引か知らんのだが、連中の犯罪歴がどう調べても出ねえんだよ。大方『隠蔽』なんだろうが、解除は白い魔法……ああ、最近じゃ神聖魔法とか言うんだったか? そいつが必要らしいんだが」
白い魔法、とはまた……随分と古い言い回しを知っているものだ。
元々、その使い手はあちこちに存在した。
だと言うのに、それを「神聖な力」と称して囲い込み、権力の下で制限し、利益に替える連中が現れた。
私が嫌う連中。
私が、私のこの魂がこの世界に転移することになった直接の元凶。
先代に世界について教えを受けていた中で知った、自分の死の原因。
「まあ、俺達衛兵は『聖教会』とは折り合いが悪くてな。そもそもの大本の『聖教国』と折り合いの良い国の方が、少ないんだがな」
顎髭氏は、紫煙と共に言い切ると、乾いた笑いを浮かべる。
聖教国。
東の、あの邪悪なナニカに覆われた、冷え冷えとした気配を放つ国だ。
積極的に近寄りたくはないし、当然友好的な目では見れない。
「それで、その教会とやらの協力も得られず、隠蔽を剥ぎ取ることも出来なかった、と?」
私の目には何がしかの感情は浮かんだのだろうか?
もしも嫌悪が浮いていたなら、顎髭氏には謝罪したいところだ。
その嫌悪は、顎髭氏に向けたものでは無いのだから。
「そう言うこったな。だからまあ、あの連中をしょっ引いた処で、何も出ねえのよ。だもんで、さっきの騒ぎはある意味、渡りに舟だった訳だ」
隠蔽されているからと言って、衛兵隊は手を拱いているばかりでは無い、という事か。
多少強引でも、好機があればその隙を突いて取り締まる、その程度の事はするのだと。
現行犯で捕まえてしまえば、隠蔽する余裕など生まれないのだ。
美味そうに煙草を燻らす顎髭氏の様子には若干の苛つきを覚えるものの、まあ、やる事はやっているのだなと感心してしまう。
見た目や言動は暴力一辺倒な脳筋衛兵っぽいと思ったのだが、案外考えて居るらしい。
だから私は、殊更に溜息を吐いて、そして口を開く。
「馬鹿なんですか、貴方達は」
流石に今の話を聞いて、その上で馬鹿呼ばわりされると思って居なかったのだろう。
顎髭氏も、そして私の隣の少女も、更には顎髭氏の後ろに控える2名の衛兵も、揃ってぽかんと口を開けっ放しにしてしまう。
だが、私はそんな4人の様子を省みること無く、更に言葉を放つ。
「なんで『魔法協会』に協力を要請しないのですか。あんな興味先行の研究馬鹿共、口先で何とでも丸め込めるでしょうに」
私が言葉を切ると、一瞬静まり返る会議室。
「……姉ちゃん、思ってたよりも遥かに口が悪いな?」
そんな空気を破り、顎髭が率先して感想を述べる。
素直なのは良いのだが、余計なお世話である。
「一般論です」
「そんな極端な一般論は無えよ」
私の憤慨を込めた反論は、一息で叩き斬られる。
酷い話だ。
「っ言ーか、魔法協会にどうにか出来るのかね? 隠蔽魔法は教会じゃないと、解除出来ないモンじゃ無いのか?」
顎髭氏は直接私に疑問をぶつけ、後ろの衛兵たちは互いに顔を見合わせている。
私は溜息を漏らす。
幾ら専門外とは言え、魔法の知識が浅過ぎはしないだろうか?
「『隠蔽』は、基本的に呪いでも状態異常でも有りません。必要なのは『解呪』でも『状態回復』でも無く、『喝破』か『看破』、そして再度『隠蔽』を掛けられないように『隠蔽阻止』と、嫌がらせに『鑑定』に反応してステータス情報が全て丸見えになる『明示』でも掛けておけば良いのです」
魔法を齧った程度の私ですら、この程度の事は思いつく。
魔法協会の連中なら、もっとエグい方法を思いつくだろう。
隠蔽阻止の代わりに、「偽証禁止の誓約」とか。
アレは、誓約を破ると死ぬんだったか?
流石にそこまではしないか。
確証はないが。
呆気にとられた様子で私の放った言葉を吟味する顎髭氏たちの様子にもう一度溜息を吐いてから、私は締めの言葉を投げ掛ける。
「私が、あの連中にしたように」
そして静まる会議室。
この様子は、私の提言を受け入れるかどうかを吟味していると受け取っても良いだろう。
衛兵なんて仕事をしている割には、中々に柔軟性に富んだ男であるようだ。
「……待て待て。最後、何言った?」
そんな風に感心していたと言うのに、顎髭は私の些細な、どうでも良い締めの言葉に引っ掛かりを覚えたようだ。
それを言うなら「今、なんて言った?」と聞いて、それに私が台詞を最初から言い直す、というのがセオリーだろう。
細かいのか雑なのか、ハッキリしない男である。
そう聞かれたら、私の答えは決まってしまうだろう、まったく。
「ですから、私が叩きのめした男と、その仲間達に『看破』と『隠蔽阻止』、そして『明示』を掛けた、と言ったのですが?」
私がキチンと言い直し、そして再び訪れる静寂。
一体何が気に入らなかったと言うのか。
そう考えたところで、短い静けさは打ち破られる。
「そういう事はもっと早く言えよ! おい、お前ら! さっきの馬鹿に『鑑定』のスクロール試して来い! いや俺も行く! 姉ちゃんたちはちょっと待ってろ!」
テーブルを叩く程の勢いで立ち上がり、私に言葉を投げてから後ろの衛兵達に指示を飛ばし、最後に私に指を突きつけてから、大慌てで会議室を飛び出していく。
不躾な指をへし折る隙も時間も無く、私達に監視も付けずに飛び出していく顎髭と他2名が消えた扉を眺めながら、失礼な態度に憤慨した私がふと視線を転じると。
少女が、なにか底恐ろしいものを見るような目を私に向け、若干身を引いていた。
何故?
乙女心とは不可思議なものである。
そろそろ、マリアの性格の悪さに気づき始めた少女です。