12 冒険者と衛兵と私
街の中だとか、人の目があるとか、実はあんまり気にしていないのかも知れません。
私の肩に手を掛けたまま、顎髭の偉丈夫は馬鹿共……もとい、冒険者達に目を向けている。
ふと、バタついた気配や物音に目を向けると、酒場の入口では顎髭と同じ装備の集団が店内に入ってきている所だった。
「ジャック手前、メンバーの面倒はきちんと見ろって毎回言ってるだろうが。手前らが自由云々言うのは勝手だが、衛兵として見過ごせない分はきっちりしょっ引くって何回言った? あ?」
飛び出した台詞を吟味するに、どうやら彼は衛兵と呼ばれる職業に就いているらしい。
しかしその言い様は、衛兵と言うよりは取り締まられる側のような物言いだ。
まあ、荒くれ者と渡り合う立場上、ある程度は已むを得ないのだろう。
「いや待ってくれよ。今回、俺達は被害者だぞ? 仲間がいきなりその女にぶん投げられたんだ、悪いのはその女だろうが」
やってきた衛兵が私の足元で気絶している冒険者に縄を掛け、引き起こす。
そのまま引き摺られて行く様子を眺めていた私の耳に届いたその台詞は、聞き捨て出来るものでは無い。
「おやおや笑わせますね。相手を見くびって下手なナンパを仕掛けて、断られて逆上して斬りかかった挙げ句に返り討ちにあったお仲間が可哀想なほど、軽薄で無責任な発言です」
上げた視線を革ジャケットに向けて、私は手短に経緯を口にする。
……若干違っている気がしなくもないが、まあ、気にしてはいけないだろう。
「おっ、お前っ! こっちが黙ってりゃあ、随分とつけあがるじゃないか! アタシ達はBランクの冒険者だぞ!」
革ジャケットが私の発言に何か反応するより早く、その隣でローブ男に止められていた露出気味女が私に指を突きつけてくる。
なんだろう、へし折って欲しいのだろうか?
「つけあがるも何も、事実でしょう。Bランクなのが仮に本当だとしたら素直に凄いと思いますが、人間性が三流では尊敬のしようも有りません。貴方も捕縛された馬鹿同様、死んだほうが宜しいですよ?」
私が心底から馬鹿にして感想を述べると、あっという間に顔を紅く染める露出気味女。
冒険者というのは、短気で短慮で向こう見ず、そうで無ければ務まらない職業なのだろうか?
「このっ……!」
「好い加減にしろ、お前ら。ダニエラ、騒ぐようならお前もしょっ引くぞ。……見慣れねえ姉ちゃん、アンタはついて来な。隊舎で話を訊きてぇんでな」
激昂しかけた露出狂見習いは、その鼻先を顎髭衛兵の言葉に止められる。
名前を衛兵に覚えられている辺り、それなりに問題児という事なんだろう。
まあ、この女も――と言うよりメンバー全員が――ステータスを盗み見てやれば、犯罪歴を隠蔽している痕跡が在った。
つまりは、それなりに色々とやらかしている、と言う訳で。
この場は短絡馬鹿1人で収めてやるから黙ってろ、と言うことなのだろうなと、妙な感心をしてしまう。
一方で私にも、隊舎に来いと告げて来た。
……騒ぎを起こしたのは事実では有るし、言い訳はそこですることにしよう。
言い訳で済めば、衛兵隊の皆さんも平和で良いのだが。
さて、移動するのは良いとして。
「畏まりました。お伺いさせて頂くのは構いませんが、連れの者も一緒にお邪魔しても構いませんでしょうか?」
私は先程の冒険者たちの首をへし折れなかった残念さを一切表情に出さずに、顎髭の方へと向き直る。
あの程度なら見逃した所で問題あるまい。
また絡まれたなら、その時に止めを刺せば良いのだ。
私の素直な言葉に何故か不審そうな顔をした後、顎髭はテーブルでガタガタと震えている少女へと目を向ける。
「お、おう、素直に言うこと聞いてくれるのは有り難えな。勿論、そっちの嬢ちゃんもついてきてくれ。ひとりでこんなトコに放っとく訳にもいかんしな」
私へと顔を向け直した衛兵は、不審そうと言うか何処か信じられないモノを見るような目付きで、左手で顎髭を擦る。
失礼な男だ、その自慢の顎髭の手入れを手伝ってしまうぞ。
引き毟る方向で。
そんな個人的な感想はともかく、こんな所に少女を1人で放っておく訳にはいかない、と言う意見には同意である。
この酒場を選んだのも、騒ぎを起こしたのも私だと言うことは、この際は小さなことだ。
おっかなびっくり付いてくる少女の手を引いて、衛兵隊舎のドアを潜った私達は、どういう訳か小規模な会議室らしき部屋でお茶まで出されて大人しくテーブルに着いている。
対面には顎髭衛兵、後ろのドアの両脇に、先程見た2名の衛兵が付いていた。
「災難だった、って割にはアンタも大暴れだった訳だが、まあ、何だ。ゆっくりしてくれ」
言って、顎髭衛兵は率先してカップを取り、美味くもなさそうに茶を啜っている。
「お気遣いは大変有り難いのですが、取り調べに際してリラックスし過ぎは宜しくないでしょう」
言う程緊張した風でもなく、私はカップを手に、しかし今回ばかりは礼儀を逸しないように気をつけて口を開く。
どうせ気をつけた所でやらかすのは理解り切っているが、だからといって心掛けなくても良いと言う事ではない。
「あン? 取り調べ?」
しかし顎髭衛兵氏は、私の態度を気にすること無く、むしろ私の発言に驚いたように声を上げる。
こちらの緊張を解そうとしているのだろうか?
しかし、取り調べ対象の緊張を解いてやる理由が理解らない。
威圧的に掛かってこられるなら萎縮するなり反発するなり対応は思いつくのだが、困惑を顔に貼り付けた挙げ句に取り調べ自体を否定するような事を言われると、私としても返答に窮する。
まさか、茶飲み話に誘った訳でもあるまいし、どういう魂胆なのだろうか?
「こりゃ、そんな畏まったもんじゃ無えよ。騒ぎに関しちゃ、あの馬鹿が突っ掛かったんだろ? ……様子見てた限りじゃ、アンタもそれなりに煽ったんだろうとは思うけどよ」
顎髭氏が再度口を開き、そして私もまた驚き、かつ、小さく納得もする。
今は牢に放り込まれているであろう茹でダコ冒険者は、割と以前から問題視されていた、と言う事なのだろう。
だったらもっと早くなんとかしておけ、とも思うが、まあ、私を割と正確に観察出来ていて、その上で見逃してくれているので不問としよう。
「まあ、アレだ。変に目立っちまったようだし。一応、保護だな」
偉そうな私の内心など知る由もない顎髭はそう言って、茶を啜る。
まさか保護される立場になるとは思っていなかった。
私は即座に言葉を返すことが出来ず、やはり状況を飲み込みきれていない少女と、顔を見合わせるのだった。
衛兵隊のご厄介になるようです。