11 対峙
丸く収める気は、あまり無いようです。
顔を真赤に染め上げた茹でダコこと冒険者男は、謝れば許してくれるらしい。
武器まで振りかぶっているというのに、随分とお優しいことで。
「謝罪? 私が、ですか? 馬鹿に馬鹿と言って申し訳ないとかですか? 隠していた心算の馬鹿さ加減を露呈させてしまって申し訳ないとかですか? それとも」
しかし、私としては謝罪すべき事柄に思い当たることはないので、きちんと相手の目を見て、確認するように指折しながら問い掛ける。
なにせ、こちらとしても別段頭が良いという自負はないし、むしろ事実はその逆だ。
そんな私よりも遥か下のレベルで憤慨されてしまうと、それはそれで意を汲むのも容易ではない。
謝罪するにも確認しなければ余計に相手を傷付け兼ねないのだから、事は慎重に運ぶ必要がある。
言い訳である。
「大人気なく馬鹿をからかった事についてですか? まあ、それらのどれかで有ってもそれ以外で有ったとしても」
心にもない言い訳は、飽きが来るのが早い。
どうしても適当な言葉になってしまうそれを耳にして、冒険者は剣を掲げたままの腕をワナワナと震わせる。
「申し訳ございませんが、雑魚相手に下げる頭の持ち合わせがございません。己の分を知って、どうか遠く、私の目の届かない所で静かに息をお引取り下さいませ」
空を切る音と共に、刃が振り下ろされる。
周囲にこの光景がどう映るのか、そんな事は知ったことではない。
恐らく、その思いは攻撃する側される側、双方同じものだっただろう。
なにせ相手はと言えば、衆人環視の元、白刃を閃かせるような馬鹿だ。
その程度の見境の無さは有っただろう。
ただ、私の方はと言えば、自棄っぱちとは対極に近い位置に居たと思う。
なにせ私の目には、それは余りにも……遅すぎる。
私は相手の手首を迎えに行くように捕まえ、きつめに握りしめながらその軌道を逸らす。
私から見て右に。
強引にその腕を引いて相手の体勢が崩れた処で、一歩踏み込んだ上で相手の脚を払い、勢いだけで投げる。
とは言えその手首をきつく握ってそのままだったので、不自然な形で捻られた骨が、耐え切れずにあちこち折れ砕ける様子が感触として伝わってくる。
そのまま頭から床に叩きつけられ、白目を剥く冒険者。
厳つい見た目の割には、言動と言いやられっぷりの無様さと言い、見上げる程の小物である。
小物過ぎて、見上げたら見えなくなりそうだ。
男が床の上で伸びてから、私と同じテーブルに着いていた少女が悲鳴を上げた。
そんなにショッキングな光景だったのだろうかと振り返ってみれば、
「お、お姉さんが斬られたかと思った……!」
だ、そうだ。
失礼なことである。
あんなにも遅い振り下ろしで斬られてあげられる程、私はのんびりさんではない。
と言うか、お姉さん、か。
酔っぱらいから言われると激しく不快だが、年下から言われてみると、なるほど案外悪くない響きでは有る。
中身的な意味での齟齬を無視出来れば、と言う注釈は、どうしても付いて回るのだが。
どうでも良い考えで一拍空いたが、私は首を巡らせると、次の獲物に目を向ける。
それは、割と近くのテーブル。
「さて? 冒険者の自由の原則、でしたか? 冒険者の大好きなそれには、確か『自由には責任が伴う』とも続いた筈でしたね」
気絶して返事のない男には目もくれず、そのテーブルで完全に動きを止めて顔を引き攣らせている、仲間と思しき連中へと視線を合わせて口を開く。
「一般人に手を出した結果がこのザマです。では、私を怒らせる自由の対価として、この男の生命を頂きます。宜しいですね?」
言いながら、私は仰向けで気絶している男の喉に、右足を乗せた。
まあ、どんな返事であってもこのまま踏み抜くのだから、実際返事など待っては居ない。
「ま、待ってくれ、そいつは酔ってたんだ、その、調子に乗って、相手の実力を測り損ねてしまっただけなんだ、許してやってくれ」
だが、私は動きを止めた。
革のジャケットを着た細い男が、立ち上がりながら早口に、謝罪に似た何かを口にしたのだ。
些か意外に思った私が沈黙と共に見守る中、同じテーブルに座る残り2人は、まだ状況を把握出来ていない様子で私に謝罪風の何かを口にした男に視線を向け、そして1人は私を、もう1人は床で伸びている男を、それぞれ口を開けたまま眺めている。
「酔っていたから、相手を軽視したから、剣を抜いて斬り掛かったのも仕方ないと言いたいのですか? 貴方も死んだほうが良いレベルの馬鹿ですか?」
革ジャケットの謝罪にもなっていない戯れ言に、私は足元の男に止めを刺すのも忘れ、思わず肩を竦める。
「そもそも、許してやってくれ、とは? 貴方は一体、何様の心算なのですか? どんな根拠でそんなに偉そうなのですか? 仲間が無礼を働いた、申し訳ない、許して下さい、と言うのが、貴方に許された台詞ですよ?」
私の少しばかり過激な物言いに、革ジャケット男は顔をひくつかせる。
その隣で、やけに露出の多い装備の女がカッとした顔で立ち上がる。
次の犠牲者かな? などとぼんやり考えていると、更に隣のローブを着た男が慌てたように露出気味女に取り縋り、大急ぎで何事か耳打ちしている。
何事かと多少気になったので聞き耳を立ててみれば、アイツはヤバい、鑑定が通らない、そのような事を耳打ちしているようだ。
見た目からして魔法を使いそうな風体では有ったのだが、この男は私を有る種の脅威と受け取ったらしい。
対してその言葉の意味が理解出来ているとも思えない露出狂見習い女と、そんな会話が耳に届いている様子もない革ジャケット男。
取り敢えず次の相手は革ジャケットか露出気味女になりそうだ。
一応念の為に全員のステータスを確認すると、全員が、先に私が転がした男とレベルに大きな差はない。
大したことはない、と言う事だ。
全員が全員、隠蔽魔法を掛けている事も同じ。
ふむふむ、実に小物気質で気に喰わない。
私は曲がったことが嫌いだとか、そういった若い考えとは無縁である。
無縁なのだが、それはそれとして他人の不正というモノは鼻につく。
なのでこっそりと、嫌がらせの魔法を、バレないように掛けてやる。
次に悪さをした時に、言い逃れが効かないように。
そんな事をしていたら、足元が少し動いたような気がした。
処理を忘れていた生ゴミが、何やら身動ぎしたようだ。
目を向けるが、特に意識を取り戻しただとか、そういった様子は無い。
やれやれ、私としたことが。
何事も半端は良くない、キチンと終わらせておかなければ。
そう考え、右足に力を籠めようとした所で――肩に手を掛けられた。
正直、この場には私の脅威になりそうな存在が皆無だったため、油断していた。
油断なんかしていたから、私は自身に匹敵するような存在が現れなければ反応しないような――まあ、つまりは普段どおりの――警戒設定だったので、迂闊にも背後に立たれるまで気にもしていなかったのだ。
気付かなかったのではない。
無いったら、無い。
新手の登場に、鬱陶しさから溜息を漏らし、何事かと振り返ろうとした私の耳に。
「姉ちゃん、その辺にしときな。あんたの足元の男はこっちで預かって行くからよ。文句は無えだろうな、ジャックよぉ」
低い、良く通る声が滑り込んでくる。
振り返った先では、顎髭の逞しい、軽鎧を纏った男。
その後ろには男と揃いの装備の若者が2人、感心するほど堂々とした立ち姿で並んでいるのだった。
衛兵さんの登場は、想定していなかったのですね。