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103 酒場の礼儀作法

人形がお酒を摂取しても、酔えるのでしょうか?

 アリスのリクエストでもあった、酒の呑める場所。

 イリスと名乗った狐面少女に連れられて辿り着いたのは、アルバレイン冒険者ギルド併設の酒場だった。


 正直に感想を言うなら、こんな事だろうと思った。


 到着するなりほぼど真ん中の大テーブルにまで引っ張っていかれ、野暮用が有るというイリスはなにやら奥のカウンターの方へと行ってしまった。

 化け物じみた存在から開放されて一息()ける、そんな安堵に浴するのも束の間。


「うはははは! 良い呑みっぷりじゃねえか姉ちゃん! 調子に乗って潰れんなよ?」

「はッ! これでも元は冒険者だ、飲めないなんて泣き言は、どっかに忘れて来ちまったからね! オッサンこそ私についてこれるかい?」


 何故か一瞬で意気投合したアリスと、刈り込んだ短髪に顎髭の陽気で頑強な眼帯冒険者が、騒がしくジョッキを交わしている。

 冒険者と言うものは、国を跨いでもやはり喧しくて暑苦しく、鬱陶しい。


 酒が飲めると上機嫌のアリスは浮かれてはしゃぎ、冒険者時代のノリでも思い出してしまったのだろうか。

 人形だから酔い潰れると言う事はないだろうが、陽気な雰囲気に当てられて、こちらに絡んでこないとも限らない。

「おいおいおいおい! マリア! アンタはなーにチビチビ飲んでんだい! ぐっと行け、ぐっーと!」

「わはははは! そうだぞ呑め呑め! 奢らんけどな!」

 頭の中で警戒していることが食い気味に起こると、すこぶる腹が立つ。

 いっそジョッキでも投げつけてやろうかと思いもしたが、まだ中身の蜂蜜と柑橘果汁入の蜂蜜酒(ミード)が残っている。


 果汁はともかく、蜂蜜酒(ミード)に蜂蜜を追加と聞いてどれほど甘ったるいかと思ったのだが、思いの外スッキリとしている。

 ベルネではこんな飲み方は知らなかったので、素直に感動してしまった。

 故に、勿体ない事は出来ない。

「ペースを乱すと碌なことが有りません。私は静かに飲みますよ」

 イライラを含む色々なことを蜂蜜酒(ミード)で流し込み、私は静かに答える。

 意味は、お前らには付き合わないから放っておいてくれ、だ。


 と言うか、最初から他人様(ひとさま)の金で飲もうなどと、みみっちい事など考えては居ない。


「ほうほう、錬金魔法師で魔道具技師か。興味深いな、工房を覗いてみたいものだ」

「えー、いやあ、そんな大したことが出来てる訳じゃ無いんだけどね? まあ、うん、今度遊びに来てよ」

 飲み屋に似つかわしくないほのぼのした会話に顔を向けると、カーラが隣に座る少女……と言うには少しばかり大人びているか? と、なにやら楽しげに酒を酌み交わしている。

 楽しげなのは結構なのだが、相手は普通の人間なのだから、羽目を外しすぎて引かれるような事にならないよう、気を付けて欲しいものだ。

 心配している風を装うものの、この組み合わせを眺めていると、知らず口元が綻んでしまう。


 酒が無ければ、なんとも普通の友人同士のようではないか。


 見た目以上にトロくさいところのあるカーラが、あの少女の助手として色々な魔道具を作ったり、ご近所のトラブルを解決したり。

 もしかしたら、そんな平和な世界が有ったのかも知れない。


 どう想像してもカーラの役どころはポンコツ助手にしかならず、私は爆笑を胸のうちに納める。


「なんでえ、思った以上に馴染んでんじゃねぇか。(わり)いな姉ちゃん、邪魔すんぜ」


 そんな想像で楽しく遊ぶ私に、真後ろから声が掛かった。

 そう思った時には、声の主は私の隣の席に腰を下ろし、私はエマと狐少女という、ある意味化け物に挟まれる形になってしまった。

 イリスは席に着くや通り掛かったウェイトレスに酒とつまみを注文し、おもむろに狐面を外す。


 あ、それ、普通に外すんだ……。


「おお? なんだイリス、遅かったな? ウイスキーはどうした?」

「るっせえなあ、欲しかったら自分で買えっ()ってんだろーが。どうした? じゃ()えよ」


 席に着くなり絡まれる辺り、あの短髪冒険者と余程仲が良いのだろう。

 さり気なく周囲の観察も含めて視線を巡らせれば、このテーブルだけでもなかなかバラエティに富んだと言うか、冒険者らしい見た目の者と、こんな場所には不釣り合いな者とが混在している。

 不釣り合いというか、十代半ばから後半程度の見た目の少女が、エマやイリスを含めて5名。

 異世界でなければ、未成年に飲酒を勧めたという事で司法のご厄介になる場面だ。


 ちなみに、私やアリス、カーラは若くは見えるが、10代というには無理がある。


 見た目と言えば、イリスはその狐面で隠れていた顔をここに来て初めて晒した訳だが、細面の、目の覚めるような美少女であった。

 エメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝いて見えるが、残念なことに彼女の魅力は、そのぞんざいでガサツな口調に曇らされている。


 もう少しで良いから、見た目相応な物言いを心がければ良いのに。


「だって、いつも酒造所からなにか貰ってきてる。酒場(バー)にお酒持ち込みとか、正気の沙汰がどうかしてる」


 口を尖らせるイリスに、少し離れた位置に座る魔法少女ライクな格好をした女子が、無遠慮に言葉を投げつける。

「まあそうよね。持ち込みもどうかと思うけど、お酒が欲しかったらイリスに頼んだほうが早いって思われても、仕方ないよ」

 その隣の、こちらは冒険者らしい冒険者スタイルの少女が、大仰に頷いている。

 並べてみれば狐面少女がひとりレベルが突出し過ぎているが、観察した限りではお互い特に気を使う様子も無く、それぞれがフランクに接している。

 いやむしろ、イリスは積極的にイジられポジションに着いているようにも見受けられる。


 かの少女は、力に物を言わせて周囲を従えるとか言う考えとは、どうやら遠い存在らしい。


 眺めているだけでも微笑ましい――出来れば離れて見ていたい――ので、ともすると、つい先刻私の背筋を凍りつかせた化け物なのだと言う事を、忘れてしまいそうになる。

 しかし、そんな彼女がわざわざ案内までしてくれたこの場所だ。

 何がしかの思惑は有って然るべきだろう。


 仲間達との心温まる会話を聞いていても、彼女の思惑がさっぱり見えて来ないのだが。


 考える袖を引かれ、何事かと首を巡らせた私は、うんざり顔をしてしまったと思う。

「マリアちゃん、ここ、楽しいねぇ! 凄いヒトがどんどん増えるねぇ!」

 輝く笑顔。

 珍しく酒が気に入ったのかと思ったが、その台詞が私の楽観を吹き払う。


 凄いヒト、と言うその表現は、嫌な予感しか含んでいない。


「屋敷に帰ってないと思ったら、まーた飲んでるのね。せめてお使いの報告くらいしなさいよ、この馬鹿ちゃん」


 エマの表情と笑顔を見て暗澹たる気持ちに包まれた私は、その声に導かれるように視線を向ける。

 うんざり顔を初対面の誰かに向けるのは流石にマズイと表情を引き締めるが、きちんと遂行出来たか自信が無い。


 そこには、イリスと良く似た、しかし赤い狐面の。

 軍服に黒髪の少女が立っていた。

 傍らには、いかにも貴族、と言う装いの少女がふわふわと浮いている。


 私はツッコむべきなのか、怯えるべきなのか、それともさっさと逃げ出すべきなのか。

 判断がつかず、ただ間の抜けた顔を晒すのみだった。

状況は刻々と悪くなるようです。

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