101 魔導師の日常と雑用
今回は別視点のようです。
こんな世界に転移……というか拉致られて、気が付けば何年だ?
なんだか馬鹿でかい力を与えられて、それでも無力感に苛まれて、そして仲間に出会って支えられて。
なんかゴチャゴチャとしたイベントを幾つかこなしたら、貴族様に保護されたり王都で王様の前でガチガチに緊張したり、小市民の心臓は破裂して無くなりそうな出来事なんかも有って。
俺と同じような存在に警戒感を抱いて色々と手を回したけど、万全とは行く筈もない。
酒場で嘆いてみたりもしたけど、溜息吐いても始まらない訳で。
そんなこんなで幾つかの問題だったり面倒事を、やっぱり皆の力を借りて乗り越えて。
最近は特に目立つ厄介事も減ったけど、だからこそと言うべきか、ここ最近の厄介事の大元とは、そろそろケリを付けるべきか、そんな事を思う。
聖教国。
やっていることは間抜けで馬鹿なんだが、関わると本当に面倒くさい。
わざわざ書面で警告っ言―か頭湧いてる馬鹿なお手紙をくれたので、いよいよ対策を考えるべきだろうと姉と話していた所に、そいつ等はやってきた。
……無関係だろうと生暖かい対応してこの街がどうにかなったら、後悔どころじゃ済まない。
俺達は、動くことに決めた。
その日も、いつもの様に朝起きて半裸で屋敷内をウロウロしてたら仲間に怒られて、きちんと着替えて朝食を摂るといういつものルーティーンをこなし、冒険者ギルドでバイトがあると言う料理人のウォルターくんと、商業ギルドで打ち合わせがあるからと連れ立って出掛けた錬金魔法師のレイニーちゃんとギルド職員のレベッカちゃんを見送り、俺はとてもヒマになった。
お飾りクランマスターは、思った以上に自由なモンなのである。
若年組も、朝から依頼選びに出掛けてしまい、とても静かだ。
「ちょっとイリス。悪いんだけどカイさんトコ行って、荷物受け取ってきてくれない?」
そんな俺に、赤い狐面を付けた、俺の双子の姉ことリリスが声を掛けてきた。
「んあ? 別に良いけど、お前が行かないのも珍しいな?」
勝手にホイホイ出掛けるか、俺を引っ張って冒険者ギルドの酒場に昼間っから入り浸るのがいつものパターンなのだが、どうしたんだろう?
「私はこの後、商業ギルドの方に顔だして、レイニーちゃんと一緒に打ち合わせなのよ。それに――」
狐面を外し、どこか面倒臭そうにリリスは赤い瞳を閉じる。
俺とリリスの外見上の違いは、狐面を別にすれば、その瞳の色しか無い。
双子ってコトになってるけど……まあ、細かいことはこの際置いておこう。
「アンタ、最近サボってたでしょ? 自分で警戒しなきゃ、とか言い出したクセに。もう北門の入場待ちの列に居るから、様子も見て欲しいのよね」
リリスの言っている意味が理解らなくて、俺は天井を見上げて数秒考え込む。
サボるって、棒振り剣術モドキは欠かしてないし、酒場だってほぼ毎日顔だしてるんだけど?
「ここ最近平和だったからって、危機感薄まってるんじゃないの? どうせここからじゃ探知も探査も届かないんだから、素直にアクセスしてみなさいよ」
溜息混じりに言われて、やっと俺は思い当たった。
思い当たってしまった俺は、やっぱり嘆息してしまう。
「危機感云々じゃなくて、単純に怖えんだよ。霊脈なんてホイホイ覗けるか、飲み込まれちまうだろうが」
リリスの手解きで、俺も霊脈とやらを覗き込めるようにはなった。
なったんだけど、そこに色んな情報が有ったり、やりようによっちゃあリアルタイムの霊脈上の情報をある程度視ることが出来たりするのも理解るんだけど。
情報云々よりも、そこに渦巻くエネルギーの奔流が怖すぎて、あんまり深く潜ったりは未だに出来ないのだ。
いざとならなきゃ、やりたくない。
とは言え、リリスが口出ししたくなるような警戒対象がこの街の北門まで来てしまっているらしいし、いざって事態の一歩手前の可能性もある。
「そういうのは、もっと早い段階で言ってくれよなァ」
溜息ついでに愚痴ってみれば。
「怖いとか情けないこと言って、霊脈に触れなかったアンタの落ち度でしょうが」
ピシャリと返されて、俺は何も言えなくなるのだった。
北門を出て徒歩数分の距離を、入場待ちの冒険者やら商人やらの列を横目に、俺はホイホイ歩く。
ゴブリン村の入り口を守衛ゴブリンくんと馬鹿話を交わしつつ通り過ぎ、若き村長のカイくんと村の状況や酒造に関して軽く話し、お土産の酒類を受け取る。
言っても俺は酒造なんか知らないし、現場の連中を信じて任せるしか無いんだけど。
衛兵の皆さんや冒険者有志の方々の協力も有り、村は平和そのものだとか。
酒造の方も順調で、樽の熟成を促進する魔道具の方も順調に稼働中、一般流通用のウオッカやウイスキー、ブランデー共に順調だそうだ。
酒造りを始めてある程度時間が経ったのも有るんだが、時間経過を早めるなんて言う、ある意味禁忌か国宝級の魔道具を作ったリリスとクランのメンバーであるレイニーちゃんは、素直に凄いと思う。
ちなみに、その二人から見た俺は、別に凄いともなんとも思われていない。
アルバレインの酒造所は、今やこの領の宝になっている。
気がつきゃ町の外に小麦やら葡萄やらの畑が出来てたりと、領主様の本気度が凄い。
その畑も衛兵さんやら冒険者のみなさんが見回ってくれてるので、害獣は勿論、不届き者もうっかりとは手出し出来ない状況だ。
頼もしいやら恐ろしいやら。
そんなこんなでお使いも終わり、カイくんの本気か社交辞令か判断の難しい呑みの誘いを適当にあしらって、俺は入場待ちの人の列を横目に、北門を潜って街へ戻る。
俺は見た目は美少女()なのだが、中身はおっさんだ。
詳しい事情は俺にも良く理解っていないから省くが、そんな理由から、男に誘われても少しも嬉しくないのだ。
どうでも良い雑念をなんとなく中断して、自分がアルバレイン北門に居ることで本来の目的を思い出した俺は、少しだけ意識を集中させる。
リリスの話だとここが現場な訳で、ここまでくれば霊脈にアクセスする必要も無い――筈だ。
まずは探知を走らせると、ビックリするくらいすぐに、黄色の要注意反応が出た。
すぐ近くに3つの反応がある。
タイミングが良すぎて作為的な何かすら感じてしまうが、ともあれ確認しなければ始まらない。
近すぎるので目視での確認をと思えば、そいつは、擁壁沿いに造られた、慰霊碑に目を向けていた。
俺の失敗で失われた、少なくとも俺はそう思っている、12人の慰霊の碑。
それを無表情に眺めているのは、銀髪の髪を風にそよがせた、メイド服の。
それも、俺的ポイント激高の、英国風のメイド服を纏った女。
旅に向く服装とは思えない。
だが、わざわざ着替えたとも考え難い。
そもそも何処で着替えるんだ。
見たところ少し大きめの、旅行用の頑強なバックパックを背負ってはいるが、どうやらその中身はほとんど空だ。
恐らく偽装の心算なのだろうし、まあ、普通はバレやしないだろう。
そんな手間まで掛けて何を考えているのか、風変わりと言うには余りにも怪しい女。
俺の目に写るそのレベルは、718。
ついでに言えば、種族は「自律人形」。
レベル100超えも殆ど見ないこの世界で、化物とも言えるレベルの高さだ。
ちらりと視線を回せば、すぐ近くに冒険者風の女と、背の高いゴシックドレスの女、それとフレンチスタイル……っ言ーか、ありゃなんだ? なんであんな短いスカートにスリットが必要なんだ?
ともかく、そんなメイド服? の少女が見える。
冒険者風以外は、どいつも旅を舐めているとしか思えない格好だ。
それぞれ、レベル721、322、912。
一番低いヤツでも300超えで、しかも揃いも揃って自律人形とか、ホントに化け物がやって来てくれたモンだ。
面倒臭さに、今日何度目かの溜息が漏れる。
とは言え連中が何を仕出かすか理解らん以上、見過ごして酒場へ直行、って訳にも行かない。
入場税まで払って街に入ったヤツを、気分で追い出せるような権力の持ち合わせもない。
ボヤきたい気持ちを脇にどけて、俺はその女の背後から声を掛ける。
案外、気付かれているのかも知れないが。
「それは、この街の馬鹿な大人の勝手な判断で失われた、子どもたちの名前だよ」
俺の声に振り返った女の表情は乏しく、やはり気付いていたのか、冷静に見える。
いや、冷静というよりも。
その瞳は冷たく、無感情と言っても差し支えが無いように思えた。
似たような境遇から、全く異なる環境を築き上げた者達。どうなるのでしょう。