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100 交易の街へ

食べ物には感謝の念を。

 偶発的な出会いであったし面倒臭いとしか思わなかった野盗……じゃなかった、冒険者崩れの群れ。

 実際にはものの数分、下手すると数秒で手足を斬り落とされた死体になってしまった訳だが、同情の念も湧かない。


 むしろ、その斬り落とした手足を霊廟(うち)の備蓄庫に放り込まねばならない私にこそ、同情して欲しいものだ。


 ちなみにエマが胴体から可食部分を毟ったり斬り落としたりしないのは、臓物に触りたくないからだそうだ。

「ちょっと加減間違えると破けて臭いんだもん。マリアちゃんは、心臓とか肝とか欲しいのぉ?」

 小首を傾げて言われてしまえば、私としても是非にとは言えない。


 心臓にしろ肝臓にしろ、呪術的な意味合いを除けば、結局は人工筋繊維や疑似組織類の素材でしか無い。

 それなら別に、それこそ斬り落とした手足で事足りる。


 私たちにとっては、肉片になってしまえばヒトだろうが獣だろうが、大差無いのだ。


 そんな肉素材の確保はどうでも良いとして、幸運だったのは、エマの殺戮衝動をそこそこ満たせた事だろう。

 これから大きな街に踏み込むのに、不安材料はなるべく少ない方が良いに決まっているのだから。


 割りとスムーズに進む列に並びながら、私はそんな安堵に頬を緩ませる。


 隣ではアリスが、頑強な壁に囲まれたゴブリンの集落とその奥に建つ大きな建物に釘付けで、だらしなく口元を緩めている。

 ベルネでも耳にした、あれがこの街名物「ゴブリンズ・ウオッカ」の酒造所か。


「マリア、街に入ったらまっすぐ冒険者ギルドに行くんだろ? 毛皮やらなんやら売らなきゃだし」


 声は私に向いているが、顔は全くこちらを見ない。

 お話する時はちゃんと相手の目を見て話しましょう、と、教わらなかったのか、この娘は。

「そうですね。出来ればその後にでも、魔法協会(ソサエティ)か商業ギルドに顔を出したいところですね」

 冒険者ギルドの用事が終わったらすぐに出るぞ、と匂わせただけで、アリスはこの世の終わりの様な顔を向けてきた。

 なんだ、やれば出来るじゃないか。

「えー? ちょっとくらい飲んでいこうよ、ずっと歩きっぱで疲れたし、休憩しようよ」

 判りやすく駄々を捏ねるが、魂胆が見え透いて居るどころか、口から漏れている。

 まあ、素直なのは良いことだと受け取っておくか。


 しかし、付き合うのは構わないが、正直気乗りしないのも本音だ。


「エマとカーラが了承するなら構いませんよ。ほどほどで切り上げて、きちんとした食事処を探す時間も頂きたいのですが」


 トアズでは機会が無かったが、ベルネの冒険者食堂併設の飲み屋では、酒はともかく料理は満足出来るものが出てきた例がなかった。

 安酒で酔っ払ってしまえば、料理の味など気にならないのだろうか。

 妙に味の濃いモノばかりで、素直にげんなりした記憶が有る。


「私は疲れてないけどぉ、アリスちゃんが休憩したいんだったら、付き合うよぉ?」


 エマが見上げるように顔を上げ、健気さを装って言う。

 傍から見たら気遣いのできる小娘に見えるのだろうが、本性を知らないというのは幸せなことだ。


「私は落ち着いて一息()けるなら、どこでも良いぞ?」


 そんなエマとは別の意味で素直なカーラが、人形のクセに疲れた表情を浮かべながら私に声を寄越す。

 黒髪に黒いゴシックな喪服に身を包んだその長身は、街に入る人の列の中でもそこそこ目立つ。

 身長はともかく、顔立ちとスタイルの良さは、それなりに男達の視線を集めてしまう。


 声を掛けたい男どもの視線も幾本も感じるが、無事に射止めてどこぞへ連れ出したとして、脱がせてみれば()()身体(からだ)だ。


 妙な意味で罪な女である。

「そろそろ寿命なのですか? 最後に砂糖水でも用意しましょうか?」

 空想でしか無い、カーラを口説き落とした男に同情してしまった私は、哀れみの視線を抑えられない。

「年寄り扱いと虫扱いを同時にこなすのはやめろ。せめて果実酒とか有るだろう、それか蜂蜜酒(ミード)か」

 エマとは違ってただただ嫌そうに、カーラは溜息混じりに苦情を述べる。

 結局コイツも酒か。


「風呂桶にエールを注いでおけば、翌朝には浮いてそうですね」

「だから、小バエ扱いもするな。私は脇腹で呼吸なぞ出来ん」


 列はスムーズに進む。

 賑やかでは有るが特に周囲で騒ぎが起こる事もなく、呑気に観察の視線を周囲に走らせれば、商人の列にはエルフの商隊なども混ざっているのが見える。

 エルフというのは本当に美男美女揃いなのだなあ、などと感心しつつ周囲の会話に耳をそばだててみれば、ほんの数年前まではベルネに客を取られ、静かに衰退していたこの街が、今では酒と銭湯のお陰で活気を取り戻したという話が、程度の差はあれあちこちで展開されている。


 冗談だろうと思っていたが、どうやら本当の事らしい。


 周囲の旅人や冒険者、聞ける範囲に居る商人の会話を聞いていると、庶民向けの銭湯がどうだとか、ウオッカとは別の新しい酒が有るらしいとか、そんな話ばかりだ。

 酒は難しいかもしれないが、銭湯に関しては、ベルネでももっと早い段階で対抗出来ただろうに。

 もっとも、銭湯なんて言う施設の所為で旅人の流れを取られたなど、俄に信じられないのはよく判る。

 何がどう転んで状況が変わるかなんて、誰にも判らないものだ。


 私だって、まさか死んで生き返ったら人形になるなんて、考えもしなかったのだから。




 呆気なく、街に入るにあたって税としてひとり銀貨1枚で、私達はアルバレインの門を潜った。

 税は最近導入されたらしく、まあ街の維持にも必要なものだろうし、私としては特に文句はない。


 門を潜ってすぐの要壁沿いに、慰霊の碑がひっそりと、街を訪れる者達を歓迎してくれていた。

 刻まれている名前は、12。


 この街の英雄か何かだろうか。

 興味も無いが邪険にする理由もない。

 少し気を取られていた間に先に進んでしまった仲間たちの方が、よほど気に障るというものだ。


 少し先で私が遅れていることに気付いた3人が立ち止まっているのを確認し、私は何気なく、碑へと視線を向け直す。

 特に意味のある行動では無かった。


「それは、この街の馬鹿な大人の勝手な判断で失われた、子どもたちの名前だよ」


 真後ろから掛かった声に、魔力炉を鷲掴みにされたような気分になった。


 人が多すぎるからと探知範囲を大幅に縮小させては居たが、だからといって油断は無かった筈だ。

 だというのに、声を掛けられるまで、そこに誰かが居るなんて、気付きもしなかった。


 まして、慌てて確認すれば探知の反応が真っ赤な――危険な存在に対して、なんの気配も感じなかった。


 雑踏の声が遠ざかったような気がする。

 私は相手を刺激しないようにゆっくりと、背筋に冷や汗を浮かべながら振り返る。


「メイド服で旅でもしてたのかい? 変わってるねェ」


 黒い髪に、モスグリーンの……これは軍服だろうか。

 コスプレと言うには造りも生地も安っぽさはないが、少なくとも私はこの世界で、こんな軍服を見た事はない。


 春先だと言うのに、薄手とは言えコートを肩に引っ掛けたその出で立ちも特異なのだが。


 メタリックな光沢を放つ、のっぺりとした、装飾らしきものの無いライトグリーンの狐面が、口から上を覆い隠している。


 怪しい。あれは、ちゃんと前が見えているのだろうか。


「俺はこの街で冒険者をやってる、イリスってんだ。よろしくな」


 背の低い、声だけで判断するなら10代なかばの少女が、その狐面から覗く口元を、いたずらに歪めて自己紹介する。

 だが、私は。


 鑑定も通らない化物との邂逅に、うっかりと声も出ない。


 こんな化物が居るのなら、先に教えておけ、と。

 心の中では、もはやずっと遠くになった、賢者様への悪態を叫ぶのだった。

旅情も風情も有ったものではありませんが、普段の行いの悪さが原因でしょう。

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