95 戦術的敗北
おや、キャロルの様子が。
人形師ザガン作の学習する人形こと、2シリーズ5体目、キャロル。
フレーム性能の方向性はエマと同じく魔法戦闘特化らしい、そんな彼女は私が保有するメンテナンスポッドを使用したら内部骨格が3シリーズ化してしまった。
具体的に言うと、魔法能力に特化していた内部骨格が、魔法能力に関する数値はそのままに、数値的に低かった耐久性能が平均値にまで引き上げられている。
いや、正確に言えば、平均値以下だった各種ステータスが平均値に、それ以上の部分はそのままの数値で引き継がれている、と言うべきだろうか。
この時点で意味が理解らないのに、更にレベルまで上昇している。
レベルは基本性能が反映しないのでは無かったか?
「ああ、それは身体のあちこちが修正されて、経験の方に内部骨格性能が追いついたんだねえ。まあ、概ね想像通りだよ」
血相を変えた私に、賢者様はのんびりと答える。
そう言う大事なことは、事前に言っておいて欲しかった。
「え? だって、持ち主は知ってるものじゃないの?」
「単に不具合を修正するモノ、程度にしか思っていませんでしたよ!」
ヘラヘラした賢者様に、私の語調は知らず強めになってしまう。
しかし、私は悪くない筈だ。
「だから、その不具合が解消したら、本来の性能を出せるのは道理だろう?」
笑みの消えない賢者様に、私は即座に何か言い返そうと思ったが、言葉が見つからない。
言う通りなのだが、それはそうなのだが。
「だとしても、200以上もレベルが上がるとか、もはやそれが不具合でしょうに!」
「いやいや、それは流石に言い掛かりだよ。2式から3式に変わったんでしょ? それくらいは上がるでしょ」
もはや理屈の通っていない、私のただの不満の塊に、賢者様は困ったように頬を掻く。
余裕顔を崩してやったのは良いのだが、当然優越感も何も湧いてくる事はなかった。
賢者様宅への戻りの途中、霊廟の玄関ホールにて「謝礼」として魔法銀インゴット2トンと、その他やべえ金属類をそこそこ展開され、一気に上機嫌な私は一部やべえ金属を自分の魔法鞄に、その他は貯蔵庫にダイレクトインする。
まかり間違って、貴重な金属をメンテナンスポッドを通じて頼もしい仲間たちに供給されてしまうのは、非常に腹立たしいからだ。
お前らは魔法銀でも食ってろ、どうぞ。
ついでに元々あった魔法銀の消費量を調べてみたが、40キロ程度であった。
その他の金属類もあちこち減っていたので、キャロルの内部骨格修復およびアップデートの際に合金化したのであろう。
先代には予め教えておいて欲しかったと文句を言いそうになるが、そもそも、これらの設備は彼女が作ったモノだったのだろうか。
そういった事を自慢気に語る性格では無かったのだが、それにしてもこの「霊廟」という施設について、先代からの説明はあまりにも簡素だった。
思えば、この「霊廟」そのものについてのマニュアルも渡された記憶が無い。
私が「霊廟」だと思いこんでいた、あの石造りの墓所らしき何かにも、そのようなモノは残されて居なかった。
しかしこの規模の施設、更には内在する様々な設備。
1シリーズを含めなければ埋まりそうもない客室の数。
そして、賢者様がうっかりと口を滑らせた、他の階層の存在。
果たして、その全容を記した何がしかが存在しない、と言うことが有るだろうか。
今までは唯のだだっ広い生活スペース程度にしか考えていなかったこの空間に、改めて興味が湧く。
だがそれを調べるにしても、特に急ぐ必要もあるまい。
分かりやすくメンテナンスルームの方向を振り返ってみたりしているアリスやカーラを引き摺る様に、私とエマは賢者様たちに続いて「霊廟」を出る。
使うなとは言っていないのだから、もう少し落ち着いてはどうなのか。
私とて、結構な努力をもって探究心を押さえ付けているというのに。
賢者様のお宅に帰還した我々は、各々先刻まで腰掛けていた席へと戻る。
キャロルの修復……というか進化か? に協力したのだから、私の疑問にも色々と答えて貰っても罰は当たるまい。
地脈とやらの記憶を探り、私の思考すら読める相手なのだから、疑問についてはいちいち口に出さずとも良いだろう。
「そういう横着は良くないと思うよ?」
……読まれているだけでも不快だと言うのに、面倒臭いことを言い出す困った賢者様だ。
賢者様の度重なる意味不明な発言の意味に気づいた者、計り知れない者、気にしない者、それぞれがそれぞれの面白顔を賢者や私に向けているが、賢者の隣のキャロルはそんな空気を気にする様子もなく、のんびりとお茶を楽しんでいる。
唯の勘だが、あれはエマと同類、と言うよりも。
賢者を良く知っているからこその、態度なのだと思う。
私はひと息吐いて、目を閉じる。
「とは言え、質問ばかりされても疲れちゃうね。ここはひとつ休憩という事で、続きは夕食の後にしよう」
質問を頭の中で整理しようと考えた矢先の賢者様の提案に、私はガックリと頭を垂れる。
どこまでも、ペースを掴ませてくれない御仁だ。
こんなお人だから、私が強硬に説明を求めても応えてはくれないだろう。
寄った眉根のシワを伸ばしながら、私は不貞腐れ気味の顔を左手側、窓へと向ける。
陽光は弱くなっている様子はないが、日の当たる方向はだいぶ変わったようだ。
とは言え、夕食までとなると随分と時間が空く。
ちらりと仲間たち(仮)へと視線を向け直せば、まだ状況を把握出来ていない様子で、手持ち無沙汰に茶やら菓子やらを摘まんでいる。
いや、茶を摘まむとは言わないか。
「……では、私達は一度、コテ……『霊廟』へと戻らせて頂きます。外へ出たほうが宜しいですか?」
どうせ時間が出来ると知れれば、皆が言い出すことは予想出来る。
案の定、私が「霊廟」へ戻ると口にした途端、カーラが真っ先に顔を向けてきた。
理解り易過ぎるのもどうかと思うぞ、ドクター・フリードマンの最高の失敗作。
「いや、さっきの場所を使って貰って構わないよ。夕食はこちらで用意するから、夕刻にでも出てきて貰えたら良いと思うよ」
にこやかな表情がそろそろ癇に障るが、言った所で変わる事も無いだろう。
「有難う御座います。お言葉に甘えさせて頂きますね」
私は考えることと反抗することを放棄して立ち上がり、一礼すると背を向けた。
皆がメンテナンスポッドを使っている間に、私は頭を休めようと思う。
白い扉に珍しく我先にと押し入る仲間たち()を見送り、一度振り返って賢者様に頭を下げると、私も足を踏み入れ、扉を閉ざす。
あの男と対峙するのは疲れる。
私は勝手に走って行ったであろう連中を追うことをせず、自室へと足を向ける。
まだ日も高いというのに、私は人形になって初めて、心の底から睡眠を欲していた。
割りと良く横になりたがっているように思っていましたが。