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序・魔法の世界の森の奥から

それは、人形でした。

 別の世界だとか非日常的なそういったモノに、憧れが無かったとは言わない。

 私……うん、「私」だって、何となく日常に倦み疲れれば、空想を遊ばせる程度の事はしたい。


 ある日突然、手に余る力を渡されて、非日常とも言える異世界で豪腕(ごうわん)を奮っての冒険の日々に躍り込む。

 良いじゃないか、素晴らしい。


 特にリスクも無く力を振り回し、何を考え込まずとも物語は都合よく進み、美女に囲まれ生活する。

 憧れが無いと言えば嘘になる。



 私の中に存在する魔力炉を中心とした「魔力機関」が魔力を収束させ、相手に向けた右腕をも飲み込んでなお余り有る程の火線として解き放たれ、襲い来る敵を纏めて薙ぎ払い、焼き払う。


 素晴らしい威力だ。


 問題は、こうして戦闘状態になると、どこかしらの擬似生体外装……要するに皮膚がダメージを負ってしまうと言う事。

 その都度生成して修復を行わなければならず、非常に面倒臭いという事か。


 例えば今回は、右腕の肘から先の外装がお気に入りの服の袖ごと吹き飛んでしまった。

 皮膚がダメージ、などというレベルでは無かった。

 メタリックな内部骨格と、申し訳程度にしか見えないのに途轍もないパワーを内包する魔力筋繊維、それに幾本かのワイヤー類が見て取れる右腕は、私の中のメカ好きな部分を刺激しなくもない。


 いや無理だ、結構グロい。


 そんな事を考えながら右腕を引き、掌なんかをしげしげと眺めたりしてのんびりと考えてしまうが、しかし、こうして自分の正体というものを否応なく自覚させられるシルエットは、幾度見ても慣れない。


 思い描く理想というものは何時(いつ)でも遠くに有るものだと痛感させられる。


 溜息を吐き散らしながら、私は襲撃者達を、恐らくは山賊達の焼け、焦げ、欠損した無残な死骸やその破片の群れを眺め、追加の溜息を漏らす。

 ()むを得ぬ事だし、()()は必要だし、贅沢は言えないと自分に言い聞かせながら、今となってはすっかり手慣れた、魔法を併用した()()()()――内臓はグロいし破ってしまうとアレなので、もっぱら手足を切り離すのみだが――を開始する。


 擬似生体外装類の生成には有機体、可能であれば動物の死体が必要なのだし、お気に入りの服も袖が吹っ飛んでしまっている以上、修復しなければならない。

 服の修復だって、材料無しには出来ないのだ。

 怪我やら何やらは、魔法でこう、どうにかなるのが異世界なのでは無いのか?


 ――そもそも普通の回復魔法が効かない身体(からだ)なのだと思い出してしまえば、湧き出る愚痴もただの溜息に変わってしまう。


 それでも山賊達の死骸や衣服の残片を適度に分解し、都度外装やら衣服を修復させながら漏れるのは、どこに出しても恥ずかしくない立派な愚痴だ。

 愚痴というものは、一度漏れれば堰を切ったように溢れ出す。

 いや、自己修復(これ)だって魔法なんだし、理想通りだろうと言われるとぐうの音も出ないのだが、しかしそれでも(なお)、想像とは随分と違うというか。

 せっかく魔法を使っているというのに、原材料を求められるというのは、夢がないと言うか、思っていたのと違うと言うべきか。


 そもそも、そもそもだ。


 私は、なんで「人間」どころか、生物ですら無い「人形(モノ)」に成り果てているのやら。

 良くも悪くも「人間」であった過去を振り返るも、現状に至る程の落ち度が果たして私にあったのか。


 不条理や理不尽が積み重なっている様は、世界が変わろうとも変わらない。そういう事かとまたひとつ、溜息が零れ落ちた。




 私にかつて起こった出来事は、有り体に言えばただの事故で有り、予測不能な事だった。

 ……誰が、出社直後の自分の背後、会社のエントランスに、コントロールを失った車が突っ込んでくるなんて予想が出来るというのか。

 理不尽な事故に文句ひとつ投げる()も無く、私は臨終を経験した。


 筈なのだが、何がどう作用したものか、この世界で目を覚ましたのだ。

 文字通りに魂の奥底から凍えるような寒気と、強く引っ張られるような感覚に目を開けば、夜より暗い――いっそどす黒い何かに覆われたきらびやかな都市らしきシルエットが飛び込んでくる。

 夜の空の下、浮かび上がる灯火は街の絢爛さよりも不吉な何かを浮かび上がらせていて、理由もなく私は恐怖した。


 死んで(なお)、生贄にでも供されるのかと。

 理由も無く、直感的にそう感じた。


 必死に藻掻(もが)いた私は、か細く私を呼ぶ声と、弱々しく引き寄せるような力を感じ、必死にそれに縋った。


 ……事の経緯を知った今では、あの時、あの邪悪な都市に引き込まれていた方がマシだったのではないのかと、そう思わなくもない。

 実際にはそちらの方が環境としては様々な意味で劣悪だったのだが、その事については追々語る事も有るだろう。

 こんな身体(からだ)では、移住しようにもどうせ一箇所には(とど)まれまい。

 旅の供も居ない、そんな私の暇つぶしのひとり語りだが、いつかは腹癒せに書にでも(したた)めて、どこぞの遺跡に思わせぶりに安置でもしてやろうかと、そう思っている。


 私の感覚で言えば、アンドロイドかレプリカントか、この世界で言えば自動人形(オートマタ)かゴーレムか。

 先代は、自己を評して単なる「人形」と称していた。


 私の知る「人形」とは随分と異なる代物だが、突付(つつ)くのは野暮かと聞き流した。


 己の境遇に唖然とし、しかし懸命に学習し、環境に慣れた頃には頼れる先代には成仏された。

 その先代のおかげで一応はこの世界と言うものを知り、自分というものを知った私は、愈々ひとりで放り出された森の木立の合間から、無駄に青い空を見上げて思案した。


 深い森の奥で「墓守」なんぞをするよりも、ふらりと世界を見て回る(ほう)が、余程面白いかも知れない、と。


 先代の語った、私がこの世界に辿り着いた理由についても、真実なのか確かめたかった。


 先代譲りのこの身体(からだ)は、見た目は華奢だが胸はそこそこ豊満である、と思う。

 ……決して大きすぎはしないが、しっかりと主張はしている。

 顔立ちも人形らしく整っていて、表情は人形と思えぬほどに変化する。

 だが、真価は外見ではなく内面に宿っている。

 文字通りの意味で、この見た目の内部、私の精神性とは別の部分に、だ。


 有り難い事に? 魔法が存在するこの世界。

 私にもそれは使用出来るため、身体(からだ)や着衣のメンテナンスも――理想とは違っていたとは言え――問題は無い。


 魔力を急速に補給する為には魔法を使用できる生物、或いは魔力を内包する植物を定期的に捕食しなければならない。

 だがまあ、人間だった頃から食事は必要だった訳だし、この世界なら普通の食事でもそこそこ魔力は回復出来るらしいので、食べ歩き観光のつもりで街に出ても良いだろう。


 旅路で、そんな街を探しながら当てもなく歩くのも悪くはない。


 そんな事を思い、気軽に散歩気分で、私は旅を始めたのだった。

 私が想像していたよりも緑に溢れ、思っていたよりも幾分物騒だった、この世界を。

人形は歩き始めました。

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