第五話 少女を拾ってきた
ここはどこだろう…
あのまま、私は川を下って…
それで途中で泳ぎ疲れて、水の中に沈んで……そのまま私は……
──いやだ…暗い…怖い……死ぬ………私はまだ…こんなところで…!!
少女は暗い意識の中で、自分に纏わりつくなにかに抗った。
溺れないよう。
まだ死なないよう。
そうしていると突然視界が開ける。
「ここは……」
目に映っていたのは、川や森の自然の光景ではなく、木目調の少し狭い部屋だった。
少女は目が覚めると見たことのない部屋で、ベッドに寝かされていたのだ。
「目覚めたようですね…」
少女は声の方を振り返る。
どこか神聖な感覚を帯びる声の先には、穏やかで神々しい一人の女性が、椅子に腰掛けていた。
「私は女神…」
「おい、起きてすぐのいたいけな少女にデタラメをすり込もうとするんじゃない」
もうひとつの男の人の声の方を振り返ると、そちらは普通の男性が細い目で女性を睨みつけていた。
「いいじゃないべつに!あたし今日のクエスト頑張ったんだから!それにデララメなんかじゃないんだし!私は本物の──」
「今は違うだろ!それにクエストだって…頑張った以上の出費を今日の酒代で使ったお前が何言ってる!とにかく何も知らないこの娘に変なことを言うんじゃありません!」
話の内容も状況も何も理解できないまま、少女は完全に置いてけぼりにされてしまっていたのだった。
***
「おっとこんなことをしている場合じゃない。君、大丈夫だった?」
「え…はい…」
全く…カリエのせいで話が少々ややこしくなってしまった。
意識が戻るまでは分からなかったが、水のように澄んだ碧眼を持ち
肩まである髪、水を被っていたからか、ボサボサになってしまってはいいるが、その美しい金色までは損なわれていない
この少女は、さっき川の近くで倒れていたので、ここの宿屋で介抱してあげているところなのだ。
服はびしょ濡れになっていたので、川で溺れかけでもしたのだろうか?
だとしたら親はどこだよ……
しばらく見ていない内に人間は慈愛の心まで無くした訳ではないよな……?
ともかくそのおかげでこの娘の服を買ってきて、今日のクエストの報酬は完全に水の泡と化してしまったのだが。
この世界は本っ当に世知辛い…!!
「俺の名前はゼーゲン、このポンコツはカリエ」
「誰がポンコツのトラブルメーカーヘッポコ女神よ!」
「そこまで言ってねえよ!というか自覚があるならそれをなんとかする努力をしてくれ!…君が川で倒れていたから宿屋で介抱したんだけど…君、名前は?」
少女は俯きながら答える。
「シュトラール……」
「そうかそうか!いい名前…だ…な…?」
あれ……?
俺はその名前に聞き覚えがあった。
いくらこの世界の常識に疎くても、有名人の名前ぐらいは知っている。
それこそ〝王族の名〟とかだ。
「あれっ……ちょ、ちょっと待て…?シュトラールって言ったか!?……おい、まさか…! 」
「はい…私の名前はシュトラール.ロイヒ.トトゥルム。トトゥルム合領国第一王女にしてクライン騎士団の副団長の座をいただいております」
この時、俺の危機感知センサーはMAXに反応していた。
──なぜかって…?
隣国の王女がボロボロになって、一人で川に溺れていたのだ。
そんな以上事態…このまま関わっていたら、間違いなく面倒事に巻き込まれる…!
権力闘争だとか王位継承権争いだとか、そんなのはごめんだ。
「あの……」
「へ…!?あ……な、なんでしょう?」
「助けていただいてありがとうございます。この御恩は一生忘れません…!」
そう言ってシュトラール王女は目に涙を浮かべてこちらに微笑みかけた。
「いやいや一生だなんてー!すぐに忘れてもらってもいいんですよぉ!…できるだけ……」
俺は今過去最高に脳をフル回転させ、このを助けるシチュエーションから抜け出すための会話の流れを画策していた。
─のだが…
しかしそれを邪魔するものが一人。
「そういえば姫様は護衛も無しにどうしてあんな所にいたの?」
あれだな。
巻き込まれ体質という言葉があるが、コイツの場合自分から巻き込まれに行く体質だな。
「聞いて…もらえますか?」
「いやいや…王族の悩みごとなんて俺たち庶民には荷が重いと思いますし……」
「何を言っているの!?庶民だからこそ話せる事ってものがあるじゃないの!シュトラール様、なんでも相談してくださいね!……どうしたの?ゼーゲン?どうしてそんな白い目で私を見るの?」
だめだこりゃ…
頭の中のプランが完全に消え去った。
どうしてこいつはこうも面倒を引き受けて来るのだろうか?
「ではお話させていただきます。実は──」
「号外ー!号外ー!」
何かを口に出そうとしたシュトラールだったが、それを何やら号外を出していた新聞屋が遮る。
しかし次はその新聞屋の甲高い声が、俺たちを絶望に叩き落としてくれた。
「号外ー!隣の小国トトゥルム合領国が、我が国に宣戦布告だよー!しかもこの国のどこかに、クライン合領国第一王女シュトラール.ロイヒ.トトゥルムが我が国に潜んでいるという噂もあって、懸賞金が国王直々にかけられてるよ!」
窓から聞こえてきたその話を聞いて、俺は静かに窓を閉じる。
そして俺たち三人は、しばらくの間沈黙して見つめ合い──
「えっと……貴方達は私を見捨てたりは……」
「「確保ーー!!」」
俺とカリエはなんの躊躇もなく、一斉に王女に飛びかかった。